| 僕はうつむいて、肩で息をしてたから、 道場の入り口から誰かが入ってきたのに気がつかなかった。
「強いやつがいるって言うから来てみれば、こんなやつが相手か? こんなやつ、お前らだけで何とかなるだろ。」 はぁっ・・はぁっ・・・悪かったな、こんなやつで。 顔をあげると、僕と同じくらいの身長の、気の強そうな女の子が立っていた。 髪の毛赤い・・・地毛なのかな・・・と僕は関係のないことを考えてしまった。
「まあ、そういうな。これでもうちの部員達を大勢相手にしたんだから。」 部長がその子に説明する。 「一年の白川だ。今度はこいつがお前の相手だよ。」 ニヤニヤしながら、部長は僕に言った。
「さっさと終わらせて、帰らせてもらうからな。約束の件は忘れるなよ。」 そういって、その子は僕の前に立つ。 この子の相手をしたら終わりかな・・・
その子は無造作に近づいてくる。えっ・・・なに? と、その瞬間、右足での上段蹴り。 何とか、腕で受けたけど、胃に衝撃がはしる。 うっぐっ・・・膝蹴りか・・。 思わず、床に膝をつくと、顔面に蹴りが飛んでくる。 くっ、受けられない。 とっさに、床を転がって距離をとった。 「ふぅ〜ん・・・逃げるのはうまいんだ。」
やばいな・・・この子強い・・・ 鳩尾にもらった膝蹴りで、吐き気がこみあげる。 躊躇なく蹴りが落とされる。 上段、中段、下段、急所を狙った蹴りと、突き。 受けようとする腕をとって、関節を極めようとしてくるから、 思うようにガードもできない。 半端なガードの上から、何発ももらって、後退する。 腕がしびれて、感覚がない・・・
痛い・・・怖い・・・ なんで僕はこんなことしてるんだろう・・・ 甘くなったガードを吹き飛ばして、 中断蹴りが入り、僕は壁際まで吹き飛ばされた。 だんっ、と壁に叩きつけられ、僕はその場にうずくまってしまう。
ううっ・・・なんだよ、この子・・・ こんな危ない子、相手にできないよ・・・
近づいてくる・・・僕は必死で立ち上がった。 相手は構えて、たんったんっとリズムをとりながら、 恐怖心をあおるように、僕に届かない距離で、蹴りをだしてみせる。 怖い・・・ あんな蹴りは受けられないよ・・・ 僕はじりじりと後ろへ下がる。 背中が、道場の壁に触れた。
「もう逃げ場はないよ〜、なにかしてごらんよ。」 怖い・・・怖いよ・・・ 近づいてくる相手が怖くて、たまらなくなり、 両手で相手の足元にすがりつくようしにて突っ込んだ。
「このっ、邪魔だっ!」 一瞬頭の中が真っ白になって、吹き飛ばされた。 すがりついた僕の側頭部を相手の突きがとらえたんだ。 そのまま蹴りももらって、口の中が血の味がした。サビの味がする・・・。 ぬぐった袖口に、血の染みができた。 頭がぼーっとする。
血だ・・・ 真っ赤だ・・・
僕、何でここにいるんだっけ? なんだっけ? 何か・・・理由があった気がする・・・ 大事な・・・ 顔を上げると、周りには道着を着た人が大勢いた。
・・・そっか、空手部の見学に来て・・・
悠稀のところにいかなくちゃいけなくて・・・
彼女の役に立ちたくて・・・
そばにいるのにふさわしい人になりたくて・・・
それで、僕は・・・
意識がはっきりとしてくる。
「つまらないね、そんな情けない戦い方しかできないんなら、 さっさと終わりにしよう。」 赤髪の子がそう言いながら近づいてきた。 僕は立ち上がってぐっと、拳に力を込める。
大丈夫だ・・・、手も足も動く。 顔を上げて、相手を見据える。 そこに立っていたのは、僕より少し幼い感じの、赤い髪の女の子だった。 今までこわばっていた全身から、すっと、力が抜けていくのがわかる。
僕には、目指すものがあって・・・ あの人にふさわしいやつになりたいから・・・
こんなところで、止まれない。
頭を狙って、こめかみ、顎と突きが入ってくる。 ガードしたまま、わざと一歩踏み込み、ヒットポイントをずらす。 相手が息をつくために引いたその瞬間、右の掌底を胸へ叩き込む。 一瞬、相手の動きがとまる。 そのまま懐へ入ると、袖を掴み、一本背負いで投げる。
だんっ・・・と大きな音が道場中に響く。 そのまま相手は動かなくなった。
掌底自体には、そんなにダメージはなかったかもしれないけど、 あのタイミングで入れると・・・ 一瞬息が止まって、動けなくなるんだよね・・・ そんな状態で投げられたら、受身も取れないし、 全身に衝撃がはしって、しばらくは起き上がれないだろう。
あとは、部長か・・・ 僕は、部長の前に立つ。 そしてそのまま膝をつき、床に両手をつける。 「ご指導ありがとうござしました。」 頭をさげる。 「とても、ハードな練習で、やっぱり僕にはやっていけそうにはありません。 今日はこれで失礼します。」
部長は唖然としたみたいで、固まったまま何も言わずにいる。 そのまま立ち上がり、道場を出ることにした。 他の部員達も、遠巻きに僕を見ているだけで、何もしてこなかった。
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