ビアンエッセイ♪

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 発言ランク ファイル一覧 検索 過去ログ

[ 最新記事及び返信フォームをトピックトップへ ]

■20708 / inTopicNo.61)  犬に願えば 36
  
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(53回)-(2008/03/05(Wed) 08:49:41)
    「あいつはなー…。まぁちょっと曲がってるというか何というか。」




    ゲンさんがシズカについて口を開く。





    「生前、相当嫌な思いをしたみたいよ。会社でイジメられたとか何とか。」





    フジさんの意見。




    「社会人…だったんですか?」




    「24歳で亡くなったと聞いてますわ。」




    シラトリさんのくちばしがキラリと光った。




    あれ。
    私とそんな変わらない…年だったのか。




    「何。ハルカちゃん興味が湧いたの?」



    止めときなさい、と。フジさんは私に促す。




    「あんまり危険そうには見えないですけど…」




    「そこが問題なの。シズカはね、他人の“対象者”を食べちゃうのよ。」



    「へ?」



    どういう意味?





    「送り手を操るんですわ。」




    シラトリさんの口調は極めて冷静だ。




    「…ま。まさか、ヴィンセント?」




    噂の?




    クリーチャー?





    「そういう事だ。ヴィンセントもなぁ、別に悪いヤツじゃないんだぜ?」



    「え。ゲンさん、悪魔みたいなのじゃないの?」



    「ははは、そんな空恐ろしいヤツじゃねーよ。」




    「要は使い手によって…動物によってね、変わるのよ。大抵問題のある死者の送り手になるからそう見られるけど。」




    ゲンさんとフジさんはお互いにコクコクと。



    同じリズムで頷いた。




    複雑だな…。




    「あまり関わらない方がいいですわ、ハルカ様。子犬で対象者がいるとなると…」




    「そうね。シズカに狙われないように気をつけた方がいいわよ。」



    そうだそうだ、と。




    三人…三羽は頷いた。




    ふーむ…。





    元来─
    私は他人にはあまり興味が湧かないタイプの人間だから。




    「ですね。まぁ、関わらないようにしときます。」




    シズカの事は─




    大して気にも留めない存在になるだろうと、
    思っていた。






    でも私はその時、
    気付いてはいなかった。





    「ところでハルカ様、明日の朝も川にいらっしゃいません事?」




    「え。なんで?」




    「あのお方をゆっくり拝見出来るんですもの。ハルカ様に気を取られて…。」




    「はは、は…。」







    遠くからシズカが─












    私を見ている事に。




    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20710 / inTopicNo.62)  犬に願えば 37
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(54回)-(2008/03/05(Wed) 23:24:09)
    それから数日後─



    私は再びサトに会いに、マンションを訪れた。



    玄関が開いた瞬間、




    「………やっぱり来た!良かった〜。」




    サトは満面の笑みで、私を迎えてくれた。




    何をするでもなく─




    愚痴を聞いたり、
    テレビを見て笑うサトを眺めたり。




    そのたびに、
    相変わらずな満腹感に襲われた。




    それは決して嫌なものではない。




    サトの結婚式の準備は、着々と進んでいるようだ。




    文庫本が積まれていたスペースに引き出物のカタログや、タイムスケジュールが置かれているのを見て。




    正直…。




    私はホッとしていた。




    心からそう思えるのは、自分が犬だからという諦めではなく。




    ゲンさんやフジさん、それからシラトリさんに出会った事が大きい。




    もちろんラフィの存在も外せないけれど。




    ともかく─


    環境って人の心理に大きく左右するんだなと正直に思った。




    自分は死んでいる、という事実以上に。




    犬になってしまった事実に早くも馴染んだ自分がいたからだ。




    そして今夜も─




    サトが眠るまで、
    私はただ。




    側にいただけ。






    そして。
    サトがおやすみ、と。
    私の頭を撫でた瞬間に。




    私の口の中に甘い味が広がって、




    今までに無い満腹感に包まれた。







    “幸せ”






    与えるよりもむしろ得ていた事の方が多い事に。




    今更ながらに、



    生前の私は気付いていなかったんじゃないかと。




    サトの静かな寝顔を見ながら思った。






    その後─


    完全にサトが深い眠りに着いたのを確認して、


    私はそっと玄関から外に出る事にした。




    サトの家のドアは、
    エントランスがオートロックでない分。




    部屋のドアは閉まれば鍵がかかる仕組みになっている。




    ズボラなサトを心配して玄関に鍵を付けたのは、他ならない私だから。




    こんな時に役に立つとは思ってもみなかったけれど…。




    パタンと閉まる玄関を確認して、




    私は廊下を歩き出す。






    月光が─









    私の目の前の道を、









    明るく照らしていた。





    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20711 / inTopicNo.63)  犬に願えば 38
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(55回)-(2008/03/05(Wed) 23:28:39)
    よいしょ、よいしょ、と。階段を降りて。



    エントランスを抜けて、人通りの無い道路へ出る。



    街灯が小さく点る夜─




    月明かりの下、




    私はお座りをして少し考えていた。




    このまま川まで行って、朝までシラトリさんを待ってみようか、とか。




    1つの臭いを頼りにずっと歩いてみようか、とか…。




    不思議と不安は無かった。



    眠くもならない事をふと疑問に思ったけれど。



    犬の夜行性と死んでいる事実が私の体を納得させた。




    肉球の感触を確かめていた、




    その時─







    …………。




    え。




    電柱の陰から、


    誰か、が……。




    独特のフォルム。




    あれは。




    それがシズカだと分かるまで、そう時間はかからなかった。




    私を視界に入れると、シズカはそっとこちらに近付いて来る。




    「びっ、くりした…」




    いくら死んでるとは言え物陰から急に出てこられると。



    怖いって。






    シズカはゆっくりとした動作で私に近付き。



    上方を見た─




    「あなたの対象はここに?」




    小さな声で、
    呟く。


    まだ幼さが残る。
    高めの声…。




    「ん?んー…そう、ですけど…」



    「ふうん…」



    子猫ながら、優雅な動作といった所か。




    尾の先がセンサーのように揺れていた。




    「………対象を食う、ですっけ?聞きましたよ」




    「……噂好きの鳥類。」




    「?」





    ………嫌みを、
    言ったのか。





    「あなたは、どうやって与えるの?」




    対象者に、と。




    座っていた私の周りをゆっくりと歩いて。




    何故だろう、
    のんびりしたやり取りをしているはずなのに。




    張り詰めた緊張感。




    確実に、
    “いい感じ”
    ではない。




    むしろ─



    テリトリーを侵された気がした。



    敵意と悪意は、
    ビンビンに伝わって来る。



    私を“肯定”している態度ではないからだ。



    私は自分を肯定しない人間に対しては昔から、


    関わろうとする意欲さえも失うタイプだった。


    戦うなんてまずもって有り得ない事だったし。




    けれどこの体の緊張はなんなんだろう。










    犬としての、
    本能なのだろうか。




    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20712 / inTopicNo.64)  犬に願えば 39
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(56回)-(2008/03/05(Wed) 23:32:09)
    「どう与える、って言われても…」




    ただ側にいるだけ、とは何となく言いづらい。




    「…気付いていない訳ね。あなたもまだ。」




    ふん、と。
    シズカは鼻で笑った。




    「は?」




    人に馬鹿にされるのは、あまり好きではない。




    間違えた、…猫か。




    「所詮、私達は動物。人間なんてね、人によってしか幸せなんて得られないものよ。」




    「…………。」




    そりゃ…、
    そうだろうな。




    妙に説得力がある。




    頭の良い子なのか。





    「そんな虚しい行動、やってられないわ。」




    んー…。





    「だから壊すの?対象者との関係を。」




    警戒心は持ちつつ、私は質問した。




    「築くよりも壊す方がよっぽど簡単だからよ。」




    シズカも私と距離を取りつつ、そう呟いた。






    …………。




    それもまぁ、




    一理なくもないか。



    けど。




    「でもシズカ、さんでしたっけ?あなたも所詮は猫ですよね。」



    何が出来るんです?




    私が言うと。




    「そこが私の違う所よ。」




    ペロリと小さな舌を出す。子猫ながら、




    背中の毛が逆立つような嫌な感じがした。





    「私には、いるのよ」




    「はい?」




    「彼がね」




    シズカが示した先に。





    …………。




    いつの間にいたのだろう。




    人間─





    いや違う?




    “無臭”だ…。




    長身で、
    とても細身。



    短い黒い髪は、ツンツンと立っている。




    小さな顔に、
    涼しげな目元。




    “下界”に紛れていれば恐らく。




    イケメンの部類。





    良く見ると─




    不思議な事にとても人の良さそうな目をしていた。




    それが余計に魅力を高めている。




    夜の闇から現れた彼は─



    ゆっくりと屈んでシズカを持ち上げると。


    手の上で、
    大切そうに撫でた。




    「……………。」





    まさか。





    これが噂の、









    「彼はヴィンセント…」





    私の送り手。


    と。












    シズカは小さく呟いた。




    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20716 / inTopicNo.65)  犬に願えば 40
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(57回)-(2008/03/09(Sun) 00:59:58)
    「ヴィンセント…」




    私が呟くと、




    …え。



    彼は─



    少年のような笑顔で私に微笑んだ。



    クリーチャーでも、



    はたまたモンスターでも無く…。



    とても悪魔には、
    見えない…。




    ニコニコ、と。
    私を見下ろしていた。




    とても魅力的な笑顔。






    「あなたの送り手は?」




    手元のシズカが、
    私を見下ろしながら言う。




    「え?…ラフィ、ラファエルだけど。」




    「あー…あのおばさんね。」




    お、




    「おばさん!?」




    メスだったの!?




    「…何も知らないのね、本当に。」




    呆れるわ、
    とシズカはため息を吐く。





    「いやーだってラフィは猫…」



    って別に言う必要も、無いか。






    「とりあえずあなたの対象者、頂くわ。」







    ……………。



    「はい?」



    何だって?






    「……見たところ、単純そうな女だしね。」







    …………。




    カチンと来た。






    「ウー……」





    今までに無い“状態”が私を襲う。




    全身の毛が逆立ち。




    喉の奥から唸り声が出た。




    「…無駄よ。所詮は犬。あなたには何も出来ない。」




    行くよヴィンセント、とシズカの声を合図に。




    ヴィンセントは私を見ずに、



    ゆっくりと回れ右をして。




    夜の闇に─




    消えて行った。





    ウー…。




    ふう。





    静寂が少しずつ、私の体を落ち着かせて行った。





    “私が頂くわ”






    多分ムカついたのはこの言葉よりも…。






    “見た所単純そうな女だしね”







    こっちだ。







    私はサトの部屋を見上げる。




    んー…。





    どうするかなぁ。









    とりあえず、
    ラフィに相談しよう。






    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20717 / inTopicNo.66)  犬に願えば 41
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(58回)-(2008/03/09(Sun) 01:03:22)
    「ニャるほど。」




    ヴィンセント&シズカのコンビに出会った旨を、ラフィに伝えると。




    ラフィはさほど驚く様子も無く、
    ゆっくりと頷いた。



    「どうやってサトに近付くつもりなんでしょう?」



    “私が頂くわ”



    挑戦状とも言うべき、シズカのあの言葉。



    サトの家の前で箱の中にでも入って。
    飼って下さい、とでもお願いするつもりだろうか。



    「ヴィンセントが仕掛けるだろうニャ。」


    シズカが使う手ニャよ、と。



    「え?」



    「対象者…サト、ニャったな。サトと婚約者の間に割り込むつもりニャて」



    「…………。」



    割り込む、って。




    「ヴィンセントに出来ない事はニャい。」





    やれやれ、と。
    ラフィはため息をついた。



    「何でそんな面倒な送り手がいるんですか?」




    ったく…。



    「神のみぞ知る。神が作った人間、それがヴィンセントと言う訳ニャ。」



    神が作った人間…。




    「エヴァみたいですね…」



    「なんニャ?それは。美味いニャか?」




    「食べ物じゃないですよ。たまーに休みの日にパチンコやってたんで。」




    あれは稼がせてもらったなぁ…(遠い目)




    「パチンコニャと?けしからん!」





    コン!っと。
    私の頭上に、
    久々にヒットした杖。





    「いだっ!いいじゃないですかー…暇な時に何してたって。」



    そんな怒んなくたって…。




    「とにかく。対象者から目を離すニャいように。」



    「へいへい…。」




    何だか面倒だ…。



    「ポイントは順調に溜まって来てるニャよ。」



    ペラペラとノートを捲るラフィ。



    「あ、忘れてた…。」



    本来の“仕事”があったんだっけ。



    「頑張ってニャ♪」



    ラフィは普段から上がっている口角を、
    さらに持ち上げた。




    「そういえばラフィってメス…女性なんですか?」



    そうだ。
    これを聞こうと思って…。



    「誰から聞いたニャ?」



    「へ?いや、シズカが…。“あのおばさん”って言ってたから。」



    「…あの小娘め。余計な事を…ぶつぶつ」



    「おーい、」



    「なんでもニャい!早よ行くニャ!」



    コンっと私の頭に再び杖がヒットして。



    「いだっ!」









    私はまた頭を抱えた。




    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20718 / inTopicNo.67)  犬に願えば 42
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(59回)-(2008/03/09(Sun) 01:06:14)
    目を離すな─




    と言われても。




    犬の私が出来る事と言えば限られている訳で…。



    「と、いう訳でやっぱりシズカに目を付けられてしまいました…。」




    いつもの丘公園。




    「そうなんだ…。困ったわねぇ。」




    樫の木のから─
    地上の私と会話しているのは、




    フジさんである。




    「ラフィから目離すなって言われてるんですけどね。サトの勤務先は渋谷ですし…。」



    「渋谷…子犬じゃ動き辛いわよねぇ。」



    クルクル、とフジさんは喉を鳴らせた後。



    パタパタと私のすぐ目の前で、羽を休めた。




    「スクランブル交差点とかもう二度と渡れなそうだな…ちょっと寂しいかも。」




    「子犬とはまるで縁の無い場所よね。…ゲンに頼んだら?袋に入って。」




    「あれ無理!気持ち悪くなるんだもん…。」




    ぷるぷる、と頭を振ると。




    「ゲンは女の子には優しいのよ。きっと助けになってくれるわ。」




    フジさんは私を見ずに、そう言った。




    ……………。




    「あのー…。」




    そういえばちょっと、気になっていた事が。


    あったのだ。




    「何?」




    「フジさんと…。」





    ゲンさんって。




    仲いいっすよね。




    「何、ハルカちゃん。」




    「いや、あのー…」




    付き合ってんですかー?なんて、


    聞けるはずもない。


    烏と鳩だし…。





    私が気になっていた理由には根拠があったのだ。




    なぜなら─




    ゲンさんから、
    フジさんの匂いがする事が…。


    たびたびあった。




    また逆に─




    フジさんから、
    ゲンさんの匂いが。




    する事がたびたびあった。






    今日も実はそうなのだ。





    私の鼻は─




    そんな事さえも1つのセンサーとして機能してしまう。




    「何よーハルカちゃんったらモジモジして。おしっこかな?」




    「違います!…えー、あのー…。」




    勘違いだったら悪いから…。




    黙っとくか。




    うん。




    「もうすぐサトが帰って来ると思うんで…行きますね〜。」





    私が慌ててその場から立ち去ろうとすると、




    「あらあら。頑張ってねー。」





    フジさんもすぐに飛び上がって、




    どこかに消えて行った。




    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20719 / inTopicNo.68)  犬に願えば 43
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(60回)-(2008/03/09(Sun) 01:08:57)
    ふんふんふーん♪


    っと…。




    サトが帰って来る気配と匂いは無かったので。




    夕日の眩しい川へと、私は足を伸ばした。




    シラトリさーんっと…。いるかな?




    キョロキョロと見渡していると。




    川の中ではなく、
    長い芝生の中に。




    見覚えのある白い羽。




    珍しく、
    羽を休めているのか。




    いたいた…。




    「シラトリさーん。」




    タッタッタ、と。
    シラトリさんのすぐ近くまで寄ると。




    「あらハルカ様。珍しいですわね、この時間に…。」



    スラリと立ち上がって、私に向かって長い首を曲げて挨拶をする。



    「サトがまだ帰って来ないんですよねー。」




    私も尻尾を振って、それに応えた。




    「そうですか。」



    シズカの事を話そうと思ったけど…。



    シラトリさんの顔を見てホッとしたのか。



    何となく、
    話すのをやめた。




    「どうしたんですの?ボーっと私の顔をご覧になって…。」




    あ、いけね(笑)




    「いえ、シラトリさんって。どんな顔してたのかなーって。ふと思ったんです。」




    きっと美人さんだったんだろうなぁ…。




    「イヤだわハルカ様ったら!オホホホ!」




    シラトリさんはぶうん、と羽を回したので。




    ころん◎
    ↑私




    「ははは…。」




    「あら、ごめんあそばせ。」



    ひっくり返った私を見てシラトリさんはくちばしで起こしてくれる。




    「見てみたくなるものなんですね。どんな人だったのか…。」




    「ゲン様は大体想像がつきません事?」


    「ですね(笑)ははは。」


    「オホホホ…。」





    その時ふっと─





    遊歩道に目を向けた時。





    ………………!





    鼻よりも目で先に認識する事もあるものだ。





    「どうしました?…ハルカ様。」





    「…………。」




    「あれは…、まさかヴィンセント?」




    シラトリさんの体から、緊張が一気に吹き出して来る。





    そう。
    ヴィンセント、だ。





    意外と行動に出るのが、早かった…。







    隣で笑顔を惜しげもなく浮かべているのは、









    サト。









    ウー…。





    喉の奥から、






    唸り声が湧いて来る。




    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20720 / inTopicNo.69)  犬に願えば 44
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(61回)-(2008/03/09(Sun) 01:12:22)
    「ハルカ様、落ち着いて。」



    シラトリさんは唸り声を上げていた私の背中に、そっと白い羽を乗せた。



    「…あれがサトです。」


    「隣にいらっしゃる女性?」



    「ええ。対象者です」




    ふうん…、と。
    シラトリさんは全てを察知したのか。


    低い姿勢のまま、
    芝生の隙間から遠くを窺っていた。




    サトは─


    私と知り合った頃、待ち合わせの場所に私がいるのを発見した時のように。


    はしゃいでいた。




    ゆっくりと歩く2人は、まるで恋人同士だ。




    ………どうする。


    携帯も無ければ、
    (あってもどうにかなるものでもない)




    私が出て行って、
    吠えたてても…。




    私は、犬だ。




    「ハルカ様。今は耐えて。」




    すぐ近くでシラトリさんの声がする。




    「…ヴィンセントは、女性を誘惑するんですか?」



    「…女性だけではありませんわ。」



    何もかも、です。


    救いようの無い、シラトリさんの答えだった。




    ただ芝生の隙間から、ジッと2人を見ていると。




    ふいにヴィンセントが、立ち止まった。



    そして、
    迷う事なく。



    こちらを見る。




    その顔は─











    ニヤリ。









    「……………。」
    「……………。」







    無言のまま、
    私とシラトリさんは向かい合った。





    突然立ち止まったヴィンセントにサトは気付き、すぐに戻り。




    再び2人は歩きだす。




    歩く速度を若干上げた2人は、




    段々と小さくなり。




    遊歩道から消えて行った。






    …………。




    「あんにゃろーめ…」






    笑ってた…。




    「落ち着いてハルカ様。」




    シラトリさんは悲しい小さな瞳をして。


    頭を私の背中にこすりつける。





    「………………。」





    もうすぐ結婚するって時に…。




    私は伏せの状態から立ち上がって、





    「ハルカ様!待って!」




    すぐに駆け出した。





    もう覚えたその“匂い”は無いだろうかと、


    全神経を集中させる。





    車が通っても、
    買い物帰りの女性がいても構わず走った。




    私が向かう先の匂いはどこかにあるはず。






    探せ。










    シズカを探せ。




    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20721 / inTopicNo.70)  犬に願えば 45
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(62回)-(2008/03/09(Sun) 01:14:47)
    タッタッタッタッ─




    ハァ、ハァ。




    「ママー。見てー。」
    「あら、可愛いわね〜」



    ハァ、ハァ。




    「何あれ!」
    「わんこ?マジ触りたーい♪」




    どこだ…。




    どこにいる。




    商店街や、




    ショッピングモールの駐車場。




    風下にあたるエリアをくまなく探す。




    ……………。




    ん?




    記憶通りの、
    探していた匂いが。




    チラッと鼻を掠める。




    これだ!




    どこだ…。




    再び走り出し、シズカの匂いをトレースする。




    段々と人通りの無い、工業地帯へと。




    上を見上げると、




    偶然にも私が事故った環状線の延長に当たる道路が見えた。




    今は感傷に浸っている場合ではない。




    ガツンとやらねば、
    気が済まない。




    ………ここかな?




    見上げると、
    窓が所々外れていて廃墟となったビル。




    工事中のフェンスが、放置されていた。




    私は迷わず、
    飛び込んだ。




    …おっとと。




    砂煙が舞う。
    長い間放置されているビルなのかもしれない。




    匂いを辿り、
    暗い階段を進む。




    目的地である三階部分へと辿りつき、
    広いフロアに足を進めた。




    ……………いた。




    ぶち抜かれた壁が、外界とは遮断されずに。




    下界を見下ろせる場所に─




    シズカは座っている。





    「ウー…………」




    私は憤りを隠せずにいた。




    サトは。




    サトは幸せな結婚を、これからするんだから。




    お前ごときに邪魔させる訳にはいかないと。




    「………意外と早かったじゃない」




    私に気付いたシズカは、ゆっくりと振り返って。私を見た。





    「ウー…………。」





    「ヴィンセントは優秀でしょ?」






    あっという間に落ちたわよ、あの女。






    シズカの言葉をきっかけに。








    私はシズカを目掛けて、








    勢いよく襲いかかった。






    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20722 / inTopicNo.71)  犬に願えば 46
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(63回)-(2008/03/09(Sun) 01:18:38)
    湧き上がるような、相手に襲いかかる感情。




    人間の時には─




    無かったものだ。




    …違う。





    「ウォウ!!」



    人間の時にもあったけど。



    表現の仕方が、
    私には良く分からなかったんだと思う。







    シズカに一気に飛びかかった私は。





    砂煙を上げて。


    取っ組み合いになる。




    逆さまになったシズカの上に馬乗りになる。




    はたから見たら、




    子犬と子猫が。




    じゃれ合ってるようにしか見えないだろうけど…。




    「ウー…」




    シズカを見下ろし、小さくても鋭い牙を向けた。




    「……………。」





    子猫のシズカは、
    何も言わない。




    どころか、
    完全に力が抜けていて。




    やる気は、無かった。




    すると─






    「…あの対象者は、あなたとはどういう関係?」





    やっと口を開いたと思ったら…。











    「それを言う必要がある?」






    そんな事聞いてどうする。




    シズカは何かを探るように私の目を覗いていた。









    「無いわ。でもあなた、本音は別にあるんじゃない?」











    「…………どういう意味?」




    ドキリとした。








    「対象者の結婚、私がぶち壊す事をよ。」












    「……………。」














    「そうなればいい、って。」








    どこかで思ってない?











    「……うるさい。」





    違う。











    「どうして私を置いて幸せになるんだ、って。少しも思わなかったの?」










    違う。












    「うるさい!アンタに何が分かるの?」










    違う。




    違う。




    違う。











    「……分からない。けど、今のあなたは、」










    結構惨めよ。






    「………………。」









    「好きだったんでしょ、あの女の事。」












    「うるさい…」













    うるさい!













    私はシズカの喉を目掛けて、














    思いっきり、













    噛み付いた。







    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20723 / inTopicNo.72)  犬に願えば 47
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(64回)-(2008/03/09(Sun) 01:23:06)
    首元に牙がめり込んで行く感覚を感じながら。




    「ウー……」




    シズカは何も言わない。




    私は何もかもを、見透かされていた気がして。




    怖くて怖くて。




    噛み付いた自分の口の力を抜く事が出来なかった。




    ……………?




    ふと疑問が浮かんだ。




    なぜなら、
    シズカはいつの間に私の首に手を伸ばしていた。



    まるで、




    “抵抗する気がない”




    それに気付いた私は、
    口の力を緩めた。




    シズカの口から小さな声で、




    「─────。」




    今。



    なんて…。









    とそこで。






    いてっ!!




    私は急激に首周りの肉が引っ張られる感覚がして。




    すぐに宙に浮いた。




    …………。




    ヴィンセン、ト。




    いつの間に。




    猫づかみされた私は。




    ヴィンセントの顔の目の前に─





    「………………。」






    怖い。




    無、表情…。





    笑顔は一つとして無く、


    冷たい目が、
    そこにはあった。








    ふいに強い力で、体が振られたと思ったら。





    私は弧を描いて、






    「………ギャン!!」




    壁に激突した。



    強い衝撃を受けた頭や背中の痛みを、
    すぐに理解出来ない。




    ヴィンセントはシズカを持ち上げて、手のひらで大切そうに撫でる。





    シズカはぐったりとしていた。







    再びヴィンセントは私を見ると、




    長い足をゆっくりと動かして私に近付いて来る。





    や、



    やだ…。







    動けない私は目を瞑ると─









    「そこまでニャ。」









    聞き慣れた声に目を開けると、






    ラフィ…。






    ずんぐりとした後ろ姿。



    確かにラフィだ。






    「ラファエル。」






    ヴィンセントが口を開いた。







    「悪いがこちらに非はニャいわ。」




    失礼するニャ。と、





    振り返って私を優しく抱えながら。






    「…もう心配ニャい。」




    静かにそう呟いて。




    光に包まれた後。





    一瞬にして天上へ。




    気付くと私はラフィの大きなお腹に顔をうずめて、










    大声で泣いた。




    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20724 / inTopicNo.73)  犬に願えば 48
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(65回)-(2008/03/09(Sun) 01:32:22)
    天空─





    「…たんこぶが出来てるニャ。」






    ラフィのお腹に手を伸ばして─





    後頭部の痛みにも気付かない位。




    私はびんびん泣いた。





    「辛かったニャ。」





    優しく言われたから。




    ………余計涙が出た。






    「……誰でも見透かされたくない真実があるニャ。」





    …………うん。






    「…お前さんは悪くニャい。」







    …………うん。







    「…ラフィは優しいんだね。」






    見上げると、




    でっかい口で。




    「…ずっと見ておったからニャ。」




    ニッと。
    口角を上げて笑った。




    私はラフィのお腹に寄りかかりながら、






    「………私ね。」




    「ニャ?」




    「幸せなんて、サトに訪れなければいいって。本当はずっと思ってた。」






    「…………。」






    「思いたかったよ?別れてからずっとさ。…でもなかなか思えなかった。」


    幸せに、なんて…。





    「それが普通ニャて。忘れられない人ならニャ。」







    ぽんぽん、と。
    ラフィの肉球が、私の背中を撫でた。






    「…だから正直、私が死んでいる事を気にしてるサトを見てホッとしたんだと思う。」





    未だに─
    動かない時計を持っていたサト。





    「………別れた恋人にそう思わせたくて死んでいくバカもいるニャよ」






    「私もそう思った事あるよ。でも、虚しいね。」






    「そうニャ。」





    唯一生きて行く事だけが可能性のある道なのに。





    死んでからでは、
    何もかもが遅い。





    だけど─






    「ラフィ。もうヴィンセントを止める事は出来ないの?」




    体を離して、
    ラフィを見ると。




    「お前さんはもう無理をしなくてもよいニャよ?対象を外す事も出来る。」




    「…ううん。」


    もう、大丈夫。





    「………ふむ。実は少し手を打ってあるニャ。」




    「え?」






    「ヴィンセントの影響を受けない人間がおる。稀に存在するニャ。」




    「…………本当に?」






    「お前さんの対象者と関わるように、運命をいじっておいたニャ。神には内緒でニャ。」




    ふふん、と。









    ラフィは笑った。




    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20725 / inTopicNo.74)  追いついた〜
□投稿者/ アイズ 一般♪(1回)-(2008/03/09(Sun) 22:24:47)
    お久しぶりです。読み速度が遅くなりました、アイズですm(__)m
    やっと追いつきました〜って、元気でしたか?楽しく読まさせていただいてますwまさか、あのカップルが出るとは^皿^
    そのカップルの1人をちょっと某ファストフード店で見かけましたので、画像を添付させていただきますm(__)m多分、自分がイメージしたナツさんはもう少し細くて色白だと思っていますが・・・どうでしょうか??(苦笑)
    ではまた、体調には気をつけてください

120×160

1205069087.jpg
/8KB
引用返信/返信 削除キー/
■20726 / inTopicNo.75)  アイズさん
□投稿者/ つちふまず ちょと常連(66回)-(2008/03/10(Mon) 08:25:10)
    おはようございます☆
    久しぶりですね(笑)
    画像付きだからドキドキしましたよ(^0^)♪

    ナツさんのイメージですか!なるほど…。

    この方素敵ですよね☆
    私もいつだったかエビフィレオを頬張りながら…、

    「む!」と目に留まった記憶があります。

    私のナツさんのイメージはですね?
    実は朝に必ずと言っていいほど立ち寄る、

    『DEAN & DELUCA』というデリのお店にいます☆

    いつもその人にラテを注文するんですが、
    あまりに美形過ぎて顔をまともに見た事がありません(笑)

    カウンターの高さがちと悔しい所です↓

    スタバやタリーズも敵わない位…、
    1日の初めに元気を頂けるスペシャルラテな訳ですが。

    でも今日は、たまには朝マックにしましょうかと思っております(^0^)

    I'm lovin'it !
    1日頑張りましょう。





    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20783 / inTopicNo.76)  私もファンです。
□投稿者/ みい 一般♪(1回)-(2008/04/09(Wed) 09:51:08)
    久しぶりにこちらを覗いたら
    つちふまず様の作品を目にしてニンマリ

    本当に毎回楽しみにしていて過去の作品幾つか
    テキストにして保存してあります(笑)
    学校の先生の、タイトルがどうしても思い出せず…
    お気に入りだったのに何処か消えちゃって(涙)
    また書いていただける日がくるの楽しみに気長に期待してます〜
引用返信/返信 削除キー/
■20796 / inTopicNo.77)  犬に願えば 49
□投稿者/ つちふまず 一般♪(1回)-(2008/04/16(Wed) 21:10:10)
    ヴィンセントの影響を受けない人間─


    そんな人がいるんだろうかと、ふと疑問に思ったけれど。


    ラフィからその人の存在を知らされた時、




    「あ!あの人…ですか。はいはい。」




    妙に納得してしまった。




    私も“出会った事のある”人物だったのだ。




    「お前さんも感じたニャ?変わった空気の持ち主ニャったろう。」




    ラフィも上から見ていたのか。




    「ええ。何て言うか…人間離れ?してました。」




    「とりあえず、その人物と接触するニャ。いずれヴィンセントと対象者も現れるニャろて。」




    「飼われるんですか?」




    「一時的にニャがな。そのための子犬ニャろて。」




    よいしょ、とラフィは腰を上げて。




    座っていた私の人間の頭を撫でた。




    「シラトリさんに怒られそうだけどなぁ…」




    キーッ羨ましいですわ!とかなんとか…。







    「シズカはお前さんに惚れてるのかもニャ。」






    え。




    「はい?」




    …………今。




    なんと?






    「抵抗してなかったニャろ。お前さんに噛みつかれて。」






    ……………。







    「それが好きに繋がるとは到底思えませんが…」





    「送り手には人間の姿としてしか見えんニャよ。下界にいる時はニャ。」




    「そうなんですか?」





    それは知らなかった…。






    「私にはシズカがお前さんを抱きしめてるようにしか見えんかったニャよ。」




    恐らくヴィンセントにもニャ、と。




    ラフィは言った。






    「………良く思われてるなら、こんな事しないでしょうよ。」





    「確かにそうニャ。ふぉっふぉっふぉ!」






    シズカの本心は良く分からないけれど。





    あの時─






    私が首元に噛み付いた口を離そうとした時。






    小さな声で、
    確かにシズカは言った。









    ─あなたも同じね









    一体何が、
    同じだと言うのだろう。



    んー…。










    「久しぶりニャ♪」



    え。



    「はい?」



    どこかに向かって呟くラフィ。




    「挨拶ニャ♪」



    「…誰に?」



    見渡せど、
    誰もいる訳もなく…。










    「下界ニャ♪」






    ラフィは笑った。




    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20797 / inTopicNo.78)  みいさん
□投稿者/ つちふまず 一般♪(2回)-(2008/04/16(Wed) 21:22:53)
    どもども(^0^)
    返事遅くなってすんまそん。
    ニンマリ。
    ニンマリ…。
    ぐふふ(懐)

    やれ人事の季節だの新しい仕事だの、
    簡単に言えば忙しい。
    言い訳ですハイ。
    更新滞ってましたね。
    亀さんペースですが暇な時に書きます♪
    応援して下さいね☆

    あ、そうそう。
    nasty girls…。
    だー恥ずかしい。
    画面メモもプリントアウトも厳禁ですよ…。
    (著権は無いけど)

    最近携帯小説の作者が良くメディアに出てますね。(新聞で読んだ)
    私も1000ページ以上書いたんだからとっときゃ良かったかなぁとふと思ったり。

    けど録音した自分の声を聴くみたいに恥ずかしいから絶対無理だと思ってみたりと。
    ダハハ。


    『イカれてる彼女達』


    が。
    つちふまず的和訳です。ニシシ。




    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20915 / inTopicNo.79)  NO TITLE
□投稿者/ 美紀 一般♪(1回)-(2008/06/08(Sun) 23:36:22)
    続き、楽しみにしています(≧ω≦)

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/

<前の20件

トピック内ページ移動 / << 0 | 1 | 2 | 3 >>

このトピックに書きこむ

Mode/  Pass/

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 発言ランク ファイル一覧 検索 過去ログ

- Child Tree -