■2112 / inTopicNo.5) |
─not saying friendship《Thanks,friend》
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□投稿者/ 秋 ちょと常連(64回)-(2004/07/26(Mon) 16:42:19)
| 先輩の背中は薄暗い廊下へと消えていって。 残された私はソファにどさっと体を埋めて、天井を見上げた。 先輩の言葉を繰り返しながらぼうっと宙を眺め。 うつらうつらし始めたときに、 「笹木?」 突然、目の前に見慣れた顔が現れた。 「川瀬!」 慌てて飛び起きる。 「憧れの寮長がこんな所で居眠りなんて、寮生が見たらどう思うだろね」 淡々と言う川瀬に、 「どうしたの?」 ソファに座り直しながら尋ねると、彼女もその横に座った。 「こっちの台詞。なかなか戻って来ないから」 「探しに来てくれたの?」 ついそんな事を訊くと、川瀬はそっぽを向いて押し黙った。 むっとしたような彼女の様子が可愛らしくて。自然と笑ってしまった。 川瀬は照れ隠しからか、わざと私を睨んでみせ。 「…さっきの、気にしてんのかなって思ったから」 素っ気なく言い捨てる。 「心配して損した」 憮然として、ふん、と鼻を鳴らす。 「お節介なんてしょっちゅう言ってくるじゃない」 「どこで傷つくかなんてわかんないだろ」 ソファの上であぐらを掻きながら川瀬は言う。 そんな彼女をきょとんと見ていたら、「何?」と、怪訝な顔をした。 「気にしてくれてたんだな、って。でもあれは私も悪いし」 「単に照れ臭かっただけだから」 え?と首を傾げる私に、川瀬はいつもの顔で答えた。 「同性に告白されんの見られて恥ずかしかっただけ。八つ当たりに近かった」 ごめん、なんて決して口にはしないけれど。それだけでも十分伝わる。 私は川瀬に笑顔を向けた。 川瀬は居心地が悪そうにむっとした。 「私の心配はしてくれるのに、好意を持ってくれてる子には冷たいの?」 明らかに嫌そうな顔を見せた彼女は、やっぱり嫌そうに口を開く。 「…別にあいつらはあたしじゃなくてもいいんだし」 「どういう事?」 「女子高だからさ。あたしが他より背高くて髪短いから男の代わりにしてるだけって事」 それでもあたしは女なのに、と怒ったように言う。 そんな川瀬にくすっと笑みをこぼしてから、 「そうだね。川瀬だってちゃんと女の子なのにね。どんなにがさつで大雑把で口が悪くても」 「笹木!そりゃどーゆー意味──」「こんなに綺麗な顔立ちしてるのに」 川瀬が言い終わる前に、彼女の顔を覗き込んで言った。 そしてにっこり笑顔を見せる。 川瀬は言葉が出ずにぱくぱくと口を動かし、耳まで紅く染まっている。 誰からも無愛想だと思われる川瀬、けれど本当はこんなにもわかりやすい。 私はもう一度微笑んだ。 彼女はむっとして、顔を背ける。 そんな様子に笑みが込み上げ、そっと彼女の髪に触れた。意外にも川瀬は、その手を振り払ったりはしなかった。 少しだけ穏やかな気分になれた私はずっと恐くて聞けなかった言葉を口にする。 「結局一年経っちゃったけど、無理矢理同室に決めちゃって…本当は嫌じゃなかった?」 川瀬は黙ったまま、私に頭を触らせていた。 「私のお節介で、本当は放っといて欲しかったんじゃ…」 「笹木のお節介は嫌いじゃない」 掠れる声の私を遮って、川瀬はこちらを振り向きながらそう言った。 「笹木以外と同室って考えらんないし、笹木のお陰でちょっとは集団行動出来るようになれたと思う」 面倒臭そうに頭を掻きながら川瀬は続ける。 「やっぱ対人関係が嫌な時もあるけど。クラスにも馴染めたし、友達だって…少しだけど作れた」 だから変な事で悩んでんじゃねーよと、川瀬は私の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。 「点呼後に寮長がずっとこんな所いちゃ駄目だろ」 そう言って、すっと立ち上がった川瀬はやっぱりすらりと手足が長くて。 談話室の入口まで歩くと、 「部屋戻ろ」 少年の顔をして私を振り向いた。 早く立てよ、と私を急かす川瀬はわずかに口角を上げる。 そんな彼女がやけに可愛らしくて。普段からこんな風に笑えばいいのに、なんて思った。 「川瀬」 無意識に口から漏れる。 「ん?」 「今、楽しい?」 言った後にはっとして。川瀬を見たら訝しげに私を見ていた。 訂正しようと慌てて言葉を投げる。 「今のなし──」「楽しいよ」それに被せて川瀬が言った。 きょとんとする私に、 「楽しいよ。笹木が楽しくさせてくれた」 低いけれど穏やかな声で微笑む。 ぼやっとそれを眺めている私の視線に照れ臭くなったのか、「帰るぞ」背を向けて歩き出した。 何だか嬉しくなって。 部屋に戻ったらあの写真を一緒に見よう。そして、このつまんなそうな顔をした子があなたですなんて、からかってやろうっと。 そんな事を思いながら彼女の後を追う私に、 「友達だから」 ぼそりと呟いた。 「さっきの答え。笹木の心配はするの、友達だから」 言い終わらない内にすたすた部屋ヘと戻ってしまった。 ……川瀬は狡い。 私をこんな気持ちにさせときながら放ったらかしだなんて。 前を歩く川瀬の背中が、今夜はやけに近かった。
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