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■2196 / inTopicNo.21)  ─友情考
  
□投稿者/ 秋 ちょと常連(78回)-(2004/08/02(Mon) 11:34:08)
    あの人の結婚が決まってから四ヵ月程経とうとしていた。
    あの日から、私は用もないのにふらりと屋上に足が向く。
    何故好きになったのか。
    何故彼女だったのか。
    目を閉じて想いを馳せても、何も応えてくれやしない。
    瞼を軽く開いた先に広がるのは、青い青い空だけだ。
    時折目を細め、けれどじっと見つめる。
    私はまだ、動けずにいる。

    「弥生!」

    不意に背中から掛けられた声に、私は驚いて咄嗟に振り向いた。
    「やっぱりここに居た」
    声の主はにかっと笑うと、そのまま私に近付いてくる。
    私は再び視線をフェンス側へと戻して、空を仰いだ。
    ガシャンとフェンスにもたれた彼女に、
    「…よくわかったね」
    呟くように言った。
    「そりゃわかるよ」
    ははは、と彼女は可笑しそうに言う。
    あの人が結婚すると知ったあの日。
    屋上でぼんやりと時間を費やしていた私を見つけてくれたのは彼女だった。
    そして、今も。
    視線を落として、私も隣の彼女に倣ってフェンスにもたれた。
    しばらく互いに何も発せず、宙を眺める。
    「あのさ」
    彼女の声に、私はそちらに目をやった。
    「真知、昨日正式に入籍した」
    あくまでも淡々と、けれどはっきりと口にしたので、
    「…そう」
    私は意外な程あっさりと、息をするように言葉を吐き出した。
    じいっと私を見つめる彼女。
    「何?」と、私は訝しげに首を傾げた。
    すると、彼女はにかっと笑って。
    「弥生にはさ、あたしが居るじゃん」
    あの時と同じ言葉をあの時と同じ顔で口にした。
    私はつい苦笑してしまって。
    目元の涙を拭いながら、
    「何で皐月は言って欲しい時に言って欲しい事を言ってくれるのかなぁ?何で皐月にはわかっちゃうのかなぁ?」
    そう言うと、
    「どれだけ付き合ってきてると思ってんの」
    にかっと笑う。
    「居て欲しいと思う時に何でいつも居てくれるの?どこに居ても見つけてくれるの?何で必ず駆け付けてくれるの?」
    皐月は。
    穏やかな目をして私を見ると、私の髪をくしゃっと掻き上げた。
    「友達だからさー」
    冗談めかして言って。
    けれど。
    ふっと、優しく微笑み掛けた。
    頬の涙も風に晒されて心地良く冷えてゆく。
    きっと皐月はこの先も、何も言わずに私を探してくれるんだ。
    ふらりふらりと不安定な私を、皐月ならどこに居たって見つけてくれる。
    人知れず涙するのではなく、それを見届けてもらえる心強さを知っているから。
    大丈夫。私は大丈夫だ。
    ぐしぐしと目元を拭う私を見て、ハンカチを探しながら「やっぱりないや」と肩をすくめて見せる皐月に、少しだけ笑ってしまった。


    見上げた空はあの日と同じように憎たらしい程澄み渡っていて。

    けれど、あの時と同じように隣に居てくれる人も居る。

    秋空切々。

    嗚呼、

    本日は失恋日和なり。




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■2197 / inTopicNo.22)  ─それでも。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(79回)-(2004/08/02(Mon) 11:35:07)
    ひとり、廊下を歩いていた。
    放課後の、それもこんな時間に校舎に残っている生徒はやはり居ない。
    だから目的の教室に入ろうとした時に人の影を見つけたら、誰も居ないと思い込んでいるだけに、少しばかり驚くのは私だけではないはずだ。
    だけどそれがどうしたって話なので、足を止めずにそのまま教室に入る。
    「笹木。何やってんの?」
    電気も点けずに窓際の席に座ってぼんやりしていた笹木は、掛けられた声でようやく私に気付いたという風に顔を上げた。
    「…茜」
    「電気点いてないしさー。暗くない?」
    「……茜こそ、どうしたの?」
    「ん?私?今まで部活だったんだけどさ、帰ろうと思ったら忘れ物に気付いて。宿題出てたじゃん?ノートなきゃ出来ないよね、あれ。めんどうだなーって思ったんだけどね、一応取りに来た」
    べらべらと喋って、最後に「まぁやるかわかんないけど」そう付け加えたら、「もう…」と、呆れたように笹木は笑った。
    「帰らないの?」
    当然の疑問をぶつける。
    机の上に何も広げられていないところを見ると委員の仕事や勉強をしていたのではないだろうし。もっともそれは、電気の点いていない薄暗い教室から容易に想像が出来るけれど。
    「んー…ちょっとねぇ…」あやふやな言い方をして、困ったように笑う笹木。
    「部屋に帰りづらいってゆーか…」
    それを聞いて私は軽く息を吐く。
    「川瀬?」
    単語だけをポンッと差し出してやった。
    笹木はまた曖昧に笑う。
    「喧嘩でもした?」
    今度は私が呆れたような声を出して。
    「……喧嘩は、してない」
    「じゃあ何」
    「…お節介って言われた」
    言って、笹木はうつむいた。
    「また余計な世話焼いちゃったの。川瀬を、怒らせた…」
    それで帰れないって?帰りづらいって?
    まったく二人揃って世話が焼ける…。
    私は大袈裟に溜め息をついてみせた。
    そして。
    「相変わらず生真面目なんだから」
    再度呆れ気味に言う。
    笹木は「え…」と、私を見た。
    「川瀬のそれはその場限りじゃん。言った本人だって、もう既に忘れてるよ」
    部屋に戻ったらケロリとしておかえりーなんて言うんだよ、きっと。やれやれとオーバーに肩をすくめながら言う。
    「だからやつの事は気にするだけ無駄。考えるだけ無駄。全てにおいて無駄」
    妙に力説してみたら、
    「それは茜の主観が入ってない?」
    笹木は呆れて笑った。
    はいはいそうですねー、と軽く返事をして。
    「川瀬だってわかってるよ」
    穏やかに言ってみせる。
    「だけど照れ臭いからお節介だの世話焼きだの、つい言っちゃうんだよ」
    あいつ性格悪いからさー、はははと笑うと、「もー」と笹木はふざけて睨みつける振りをした。
    呼吸をひとつ置いてから。
    「ちゃんとわかってるよ、川瀬は」
    わからない程馬鹿でもないから。
    もう一度言う。
    「うん…」
    笹木は短く応えた。
    窓の外には茜色の空が広がっていて。
    差し込む夕日の赤い光が、暗がりの教室をぼんやりと包み込んでいた。
    そっと、笹木に手を伸ばす。
    笹木はきょとんとした顔で私を見て。
    私はその指先を、彼女の頬に触れる手前で止め、笹木のふわふわの巻き毛を指でつまみ上げた。
    「何?」と、首を傾げる笹木に、
    「糸屑ついてた」
    ひょいとつまんだそれを見せる。
    「ありがとう」
    そう言った笹木は、いつものようにおっとりと微笑んだ。
    「もう暗いし、帰りなよ」
    窓に目を向けて言う。
    「うん、そうする。でも茜は?帰らないの?」
    「んー、まだ。ノート探さなきゃ。ほら、私のロッカーって汚いし」
    はははと照れ笑いすると、普段から整理しとかないから…と、やっぱり笹木は呆れていた。
    見つかるまで待ってるよ?そんな事も言ったけれど。
    私は「お構いなく」と、その申し出を断った。
    「じゃあまた寮でね」
    立ち上がってドアの方に向かう笹木は途中で私を振り返ると、片手を振った。
    私もそれに応えて軽く片手を上げる。
    笹木はにっこり笑って。
    夕日は相変わらず窓から差し込んでいて。
    その光が笹木の色素の薄い髪と穏やかな横顔を照らしていた。
    くるりとドアの方に向き直ると、緩やかな髪を揺らせながら笹木は教室を後にした。
    私は、まだ上がったままになっている掌をゆっくりと閉じ。その拳になったものをそのまま下ろした。
    ふぅ、と。意志とは関わりなく大きな溜め息が漏れる。
    先程の拳を解いて、ついさっきまでそこに居た笹木の机にすっと指先を滑らせた時、
    「片思いの吐息、ってところかな」
    背後から声がした。
    ゆっくりと振り向く。
    「──知らなかった、皐月の特技が気配を消す事だったなんて」
    それとも覗き見が趣味とか?口角を少し上げて、声の主に皮肉めいた言葉を投げた。
    「失礼な。入るタイミングを逃しただけでしょ」
    皐月は悪びれる様子もなく私の方へと近付いてきて。
    「そんな恐い顔するなってー」
    へらっと笑う。
    それでも私の顔を強張ったままだった。
    そんな私をじっと見て。
    ふっと息を吐くと、眉をひそめて苦く笑いながら、
    「指先の行方は、本当はどこだったの?」
    穏やかに言った。
    私はぴくりと反応して、けれど平静を崩さず。
    「……さっきの言葉もだけど、どーゆー意味?」
    「さっきの言葉と合わせて、そのまんまの意味」
    しばらくお互い視線を絡ませ、沈黙が続く。
    軽く息を吐いて、皐月。
    「あたしさ、前から思ってたんだけど。いい?」
    「……何」
    「茜が川瀬を目の敵にするのって、ただ合わないだけ?」
    「何が言いたいの?」
    「それもあるんだろうけどさ。他にも理由があるんじゃないかなー、って」
    私は皐月を睨みつけた。
    彼女は全く動じる様子もなく。
    「例えば……」
    確かめるように一言。
    「───笹木、とか」
    私はぎりっと奥歯を噛んだ。
    やっぱりか、皐月は呟き、呆れたように頭を掻く。
    「不毛だよ」
    また溜め息。
    「そーゆーのって不毛だ」
    哀れむような声。
    「不毛過ぎる」
    最後のひとつは一番意志が篭り、それでいて冷たかった。
    私はもう一度奥歯を噛んで。
    「……皐月がそれを言う?」
    皮肉たっぷりに言い放った。
    「…どーゆー意味よ」
    皐月は、わかりやすい程明快に、その顔付きを不快に歪め。
    むっとしたような視線を私に向ける。
    私はそんな彼女を冷ややかに見ながら。
    「弥生」
    一言だけ言い捨てた。
    皐月の表情が固まり。
    瞬間、皐月はすぐに激しい感情を秘めた瞳で私を睨んだ。
    一歩タイミングを違えば掴みかかるかもしれない、そんな緊張感が漂う。
    沈黙のまま視線を逸らす事も出来ずに、長い時間、私達は互いをただただ睨みつけていた。
    膠着状態が続く中、
    「───…やめよ」
    先に皐月が緊張を緩め、息を吐いた。
    「あたしらがこんな事言い合ってたって、それこそ不毛だ」
    こんな探り合いに意味はない、そう呟くように言ってもう一度溜め息をつくと、やれやれと頭を掻く。
    私も緊張を解きながら、
    「先につっかかってきたのは皐月じゃない」
    少しだけ口を尖らせて言う。
    「だーかーらー!やめようって言ってんじゃん」
    「はいはい」
    オーバーリアクション気味に肩をすくめて見せ、大袈裟に溜め息。
    二人、顔を見合わせると、さっきの殺伐とした雰囲気とは打って変わって何だか笑い合ってしまった。
    薄暗い教室に笑い声が響く。
    それは徐々に掠れて、渇いて、寂しげなものへと。
    「あたしもあんたも、知らなくていいやつに気付かれて馬鹿みたいだよねぇ」
    ふっと、笑みと共に皐月が漏らす。
    「本当にわかってほしい人は知らないっていうのにさ」
    ははは、と笑む皐月。
    それは自嘲にも似た響きを持って。
    私は何も言わず、ただ視線を落として応えただけだった。
    皐月は自分の姿に私を重ねていて。
    私もまた、彼女に。
    同じ想いを抱いているから互いに気付いてしまったんだ。
    「不毛だよ」
    皐月が言う。
    自分を見ているようで、さぞかし私に苛立っただろう。
    「でも、どうしようもないんだよね」
    私は答えた。
    自分を見ているようで、私も皐月がもどかしかった。
    「…うん、そうだ」
    皐月は顔を伏せ、床に向かって呟いた。
    手を伸ばせば指先程度は触れ合う距離に私達は居るのに。
    決して何かを求める真似はしなかった。
    傷口を舐め合うよりも、いっそえぐり取ってしまった方がいいと、そんな不器用な術しか持ち合わせていないから。
    想いの共有なんてまっぴらだった。
    けれど。
    それでも今は、ただ近くに同じ理由で涙を流す相手が居る事に救われる。
    「そろそろ帰んない?」
    下を向いたままで私は言った。
    皐月は鼻をずっと啜って、「ん…」とだけ言った。
    バッグを手にしてすたすたとドアの方へ歩く。
    振り向かなくても、皐月は後ろからついて来ている事は十分わかった。
    「お腹空いたな…」
    何の考えもなしにぽつりと漏らしたのと同時に、タイミング良く背後からぐぅぅと腹の音が鳴る。
    私は一瞬ぴたりと動きを止め。
    ゆっくり後ろを振り返る。
    はにかむ皐月と目が合うと二人して大笑いしてしまった。
    ひーひーと腹筋が疲れる程大袈裟に笑った後また顔を合わせると、互いの頬を伝う涙の跡に気付いて、困ったように笑ってみた。
    「不毛な事は散々わかっているのにね…」
    皐月の言葉をそのまま借りてぼそりと口にしてみると、何だか妙に馴染んでしまって。
    苦く苦く笑んだ口の中は、わずかに塩の味がした。


    私達はそれぞれに、何かを抱えていて。
    隠し通さなければと思う半面、
    どうか見つけてほしいという願望も確かにあって、
    行き場のない感情を持て余しながらも、
    危ういバランスの中で何とか自分を繋ぎ止めている。
    痛い思いは、出来ればせずに済ましたいけれど。
    捨て切る事も出来ずにいるから、ただ笑うしかない。こんな形でしか示せない恋もあるのだと。




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■2204 / inTopicNo.23)  感想
□投稿者/ 篤川 一般♪(1回)-(2004/08/02(Mon) 14:10:13)
    初めまして o(^-^)o  読みながら懐かしいなぁ綺麗だなぁと感じました。久しぶりに笑ったような泣いたような暖かさが残りました。このヒロイン達が私は好きです(*^_^*)ずっと見ていたいです。頑張って下さい!

    (携帯)
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■2230 / inTopicNo.24)  感想です
□投稿者/ ゆん 一般♪(1回)-(2004/08/06(Fri) 21:25:06)
    どの話にも自分の高校時代に感じたことのある気持ちが詰まっていて胸がいっぱいになりました。
    この時代は誰もが主人公なんですよね。一つ一つの物語にそれぞれのエピソードがあって素敵です。
    個人的には川瀬と笹木の関係がほほえましくて好きですが「それでも。」では泣きそうになりました。普段は明るい子のこんな姿にやられます。
    まだまだ彼女たちを見続けたいので続編を期待してます。お願いします。

    (携帯)
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■2234 / inTopicNo.25)  待ってましたよ!
□投稿者/ ぴーす 一般♪(2回)-(2004/08/07(Sat) 05:33:20)
    最近サイト見てなくてひさびさに見てみたら続き書いてあったんで嬉しかったです☆秋さんの読んでるとスゴイ状況が思い浮かんでくるんですよ♪であったかい感じするしやっぱいぃ!!ホント思います★それと自分の言葉励みにしてくれてありがとうごさいますm(__)m応援してるんで頑張ってください!!続きまってますね(>_<)

    (携帯)
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■2260 / inTopicNo.26)  篤川さんへ。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(80回)-(2004/08/09(Mon) 23:15:46)
    はじめまして。
    各話の主人公達を好きだと言ってくださった事を嬉しく思います。私自身にも自分が生み出した事もあって愛着がありますから。
    時々更新していくので、目に止まった時、気が向いた時、読んで頂けたら幸いです。
    感想、ありがとうございましたm(__)m

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■2261 / inTopicNo.27)  ゆんさんへ。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(81回)-(2004/08/09(Mon) 23:24:19)
    2004/08/13(Fri) 18:38:57 編集(投稿者)

    感想を書いてくださり、ありがとうございました。
    少しでもこの時代の雰囲気やもどかしい感情を共有して頂けたのなら良いのですが。
    次は誰が主人公とは明言する事は出来ませんが、この先も見続けてくださると嬉しいです。

    (携帯)
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■2262 / inTopicNo.28)  ぴーすさんへ。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(82回)-(2004/08/09(Mon) 23:33:55)
    再度の感想を有り難く思いました。
    ぴーすさんの読後に何か少しでも残るものがあったなら、私としても嬉しい限りです。
    不定期な更新となりますが気長にお待ち頂ければ幸いです。
    感想、本当にありがとうございました。

    (携帯)
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■2287 / inTopicNo.29)  ─near by but far away《twins》
□投稿者/ 秋 ちょと常連(83回)-(2004/08/11(Wed) 15:34:49)
    ─あなたはちっとも気付いてくれない。





    「はーやっ」
    談話室の大きなソファにぐでーっと体を預けて夕食を終えた寮生達とくだらないお喋りをしていると、あたしが占拠するソファの余ったスペースに誰かがどさっと座った。
    呼ばれた先をちらりと見る。
    「あ、沙矢」
    そこに居たのはあたしと同じ顔をした似たような名を持つ姉だった。
    にこにこした笑顔をあたしに向けていた沙矢は、
    「…早矢?どうしたの」
    あたしの顔を覗き込むなり眉をひそめた。
    「何が?」
    何を言われているのかわからなかったのであたしも訝しげに訊ねる。
    「何かあったでしょ」
    真っ直ぐにあたしを見て、きっぱりと言い切る沙矢。
    きょとんとしてみると、沙矢は自身の眉間を人指し指で示してみせて、
    「微かにしわ寄ってるよ。早矢、何か怒ってる」
    大袈裟に眉を寄せた。
    一瞬だけ呆気に取られ。
    参りましたと、あたしは観念したようにわずかに溜め息を吐いた。
    「ちょっと部活で嫌な事あったから。それで少し不機嫌…」
    ずばり言い当てられた事に何だかバツが悪くて、照れ隠しからぽりぽりと鼻の頭を掻く。
    「……よくわかったね?」
    沙矢は当たり前だと言うように得意げに笑ってみせた。
    さっきまであたしと取り留めのない話をしていたサチと梓はそのやり取りをぽかんと見ていて、
    「早矢が怒ってるなんて、喋ってて全然気付かなかったー」
    「沙矢、すごい!ほんとによくわかるね!」
    「早矢って態度に出ないからわかりづらいんだよなぁ」
    口を開くなり騒ぎ立てた。
    そう、沙矢はいつも気付いてしまう。
    あたしの機微に。
    熱がある時だって、捻挫をして平静を装っている時だって、落ち込んでいるけれどそれを見せないように明るく振る舞っている時だって。
    誰も気付きやしないのに、何故だか沙矢だけは見抜いてしまう。
    どんな隠し事だって沙矢には通用しないんだ。
    「それだけわかるのってやっぱり姉妹だから?」
    サチが興味津々というように目を輝かせる。
    「でもさー…私、お姉ちゃん居るんだけど、はっきり言って仲悪いよ?あいつの考えてる事理解できないし、したくもないもん」
    その隣で梓が冷静に言い放つ。
    「…じゃあ双子だからとか」
    サチは少しばかり自信なさ気におずおずとそう口にすると、「きっとそうだよ!」また顔を輝かせた。
    「普通の兄弟とか姉妹より、双子の方が絆強そうだもん!」
    妙に力説するサチ。
    それを横目で見ながら、梓は小さく息を吐き、
    「中学の時のクラスメイトに双子が居たけど、やつらの仲の悪さときたらもう…」
    こんな事を言い出したので、すっかり自信を無くしたサチはしょげてしまった。
    それをネタに、更に梓がサチをつつく。
    そんな彼女達の様子を眺めながら、あたしと沙矢はお互いを見やってくすりと笑みを漏らした。
    姉妹だから、とか。
    双子だから、とか。
    実際のところ、どうなのかはわからない。
    ただ、あたしに関する事ならば沙矢は一番の理解者だという事が事実として残るだけだ。
    けれど他の誰でもなく、あたしの変化に一早く気付くのが沙矢だというのが、何となく嬉しく思う。
    談話室でサチ達と別れ、部屋へと戻る途中、あたしは沙矢に疑問をぶつけてみた。
    「サチも言ってたけど、沙矢は何でも気付いちゃうよね。誰も気付かないのに。どうしてわかるの?」
    沙矢はキョトンと首を傾げて、考えるような仕草。
    少ししてから口を開いた。
    「…そう言えば何でだろ?何となくわかっちゃうんだよねぇ」
    これという決定打が見つからず、沙矢はうーんと頭を捻る。
    しかし、ぱっと顔を上げるとあたしを見てにっこり笑った。
    「でもね。早矢がどんなに誤魔化したって、いつもと少しでも様子が違えばわたしには絶対にわかるよ」
    これだけは確実だ、無邪気に言う。
    ごくりと唾を飲み込んだあたしは、
    「そーゆー事を真顔で言うの恥ずかしいよ」
    紅潮する顔を背けてぼそぼそと悪態をつくしかなかったのだった。



引用返信/返信 削除キー/
■2288 / inTopicNo.30)  ─near by but far away《with a sense of pathos》
□投稿者/ 秋 ちょと常連(84回)-(2004/08/11(Wed) 15:36:30)
    いつものように部活を終えて寮に帰ったら、いつもよりも帰宅が遅かったらしくて。
    部屋に居た沙矢は既に夕食を済ませた後だった。
    仕方なく一人で食堂へ向かうと、同じように部活で遅くなったという茜先輩と一緒になったので共に夕飯を食べる事になった。
    食後もすぐに席を立つ気が起きず、だらだらと話を続ける。
    茜先輩はくるくるとその表情を変えて何でもないような話に色をつけていく。
    先輩は底抜けに明るい。常々思う。
    誰に対しても屈託なく笑うし、何より面倒見が良い。
    寮の一年生は先輩を慕っている。
    他の二年生や三年生より、茜先輩はずっと身近で親しみやすいからだ。
    家族と離れて暮らしている中で、こうした先輩の雰囲気は姉のように感じられるのかもしれない。
    あたしだって時々、先輩がお姉ちゃんだったらと考える時がある。
    実の姉が同じく寮に入っていて、その上同室であるというのに、そんな事を思うものではないなと。
    それに気付いて少し笑った。
    「早矢ー?」
    食堂の入口からあたしの名を呼ぶ声がした。
    視線を先輩からそちらへと向ける。
    「あ、茜先輩。こんばんわ〜」
    声の主はあたし達の方に歩み寄って来ると、向かい側に座る茜先輩へも声を掛けた。
    「沙矢はもうご飯食べたの?」
    茜先輩も屈託なく笑う。
    「はい、わたしは帰りが早かったから」
    にこっと沙矢は答える。
    そしてあたしに向き直ると、目の前のテーブルに置かれている空の食器とあたしの顔とを交互に見比べて不機嫌そうに顔をしかめた。
    「沙矢?どうしたの?」
    不思議に思い、訊ねてみる。
    「…早矢」
    沙矢はわざとらしく声を落とし、仰々しく眉根を寄せた。
    「トマト食べなかったでしょう?」
    ぎくりとして。
    「え、何で?」
    上擦る声を押さえながら弁解してみる。
    「お皿見てよ。残さず綺麗に食べてるじゃん」
    「大方、茜先輩に食べてもらったんでしょ」
    そうですよね?と詰め寄るようにして茜先輩を見る沙矢に、先輩は苦笑した。
    「あんまり早矢を甘やかさないでくださいよー」
    唇を尖らせる沙矢。
    「どうしても食べられないって言うからさ」
    茜先輩は困ったように笑って沙矢をなだめる。
    確かに、サラダに添えられていたトマトをあたしは食べなかった。先輩に食べてもらったのも事実であり。
    あたしはバツが悪くて前髪をいじった。
    「何でわかったの?私が早矢のトマト食べたって」
    当然とも言える疑問を先輩は口にして、当然だと言うように沙矢は答える。
    「だって早矢がトマト食べた後に平気な顔してるわけないですから。それに食べる以前にお皿の端っこに追いやって残すだろうし。わたしが好き嫌いしないで食べなさいって何度も言ってからやっと嫌々食べるんですよ?自主的に食べるなんてまず有り得ないし、食べたら食べたでしばらくぶすっとしてるもの。早矢、人に押し付けといて食べた振りするのはよくないよ」
    最後にあたしを見て溜め息混じりにそう言う沙矢の言葉を聞いて、茜先輩は吹き出した。
    「沙矢凄い!凄すぎる!」
    お見通しじゃん!と、お腹を抱えて笑う先輩を横目で見やり、お手上げだとばかりに軽く両手を上げてみせた。
    笑いすぎでは?とこちらが心配する程ひとしきり笑った茜先輩は、目尻に涙を溜めたまま思い出したように言った。
    「そういえばさ、何か用があって来たんじゃないの?沙矢は」
    あ、と短く声を上げて沙矢は照れ笑いを浮かべた。
    「そうだった。そろそろお風呂入ろうと思ったから、早矢がご飯食べ終わってたら一緒に行かないかなって」
    「わざわざ呼びに来てくれたんだ」
    目だけで沙矢の方を向いたらにっこり笑った。
    「行く行く。じゃあ部屋に戻んなきゃ。洗面用具取りにさ」
    あたし達の会話を傍らで聞いていた茜先輩は「私はこのまま談話室行くから」と、皿の乗ったトレーを持って立ち上がった。
    先輩はもう一度沙矢の顔を見ると吹き出すのを堪えるように口元を緩める。と、それを察した沙矢が「もう…」と軽く先輩を睨みつけると今度は声を上げて笑った。
    「早矢、何やっても沙矢にばれちゃうんだから悪い事出来ないね?」
    あたしにそっと耳打ちすると、「双子って面白いなー」そんな事を呟きながら食器を片付け、先輩は食堂を出て行った。
    その背中を見送りつつ、もっともだなぁ、ぼんやり考えて。
    あたしの脇腹を沙矢が肘でつつく。
    行こう?と促すような視線を受けてあたし達もその場を後にした。

    部屋へ向かう廊下を歩いている途中、反対側から寮長である笹木先輩の姿が見えた。
    「ねぇ、前から来るの笹木先輩じゃない?」
    沙矢が言うので、やっぱりそうかと思いながらあたしは頷いた。
    「笹木先輩っ!」
    無邪気に笑って手を振る沙矢に、笹木先輩も微笑みを返した。
    「今からお風呂ですか?」
    距離が縮まったところで笹木先輩の手にした洗面用具を目敏く見つけて沙矢は言う。
    ええ、と笹木先輩はふわふわとした声で穏やかに笑った。
    「川瀬も一緒よ」
    後ろを指差す。
    反射的にその指差された先を見ると、笹木先輩の後方、少し離れた所から面倒臭そうにこちらへ歩いてくる川瀬先輩が目に入る。
    隣に立つ沙矢がわずかに息を飲んだ気がした。
    「川瀬、早くー」
    のんびりした口調で急かす笹木先輩。
    追い付いた川瀬先輩はやはり面倒臭そうに笹木先輩の脇で立ち止まった。
    ちらりと、あたし達二人を高い目線から一瞬だけ見て。すぐにその鋭い目はすっと逸らされた。
    肩越しに沙矢の緊張の高まりが伝わる。
    それに気付かない振りをして、
    「こんばんわ、川瀬先輩」
    声を掛けると、つまらなそうに「ん」とだけ応えた。
    横目で沙矢を見る。
    先程茜先輩や笹木先輩とはきはき話していた時、また、普段の堂々とした態度とは違い、随分大人しい。
    借りてきた猫みたいだ。
    目を伏せて、やっとの事で「こんばんわ…」消え入りそうな声でぼそぼそと呟いた。
    川瀬先輩はそれにも「うん」と頷いただけで、「笹木、行こう」笹木先輩に声を掛けるとあたしと沙矢の横を通り過ぎてすたすたと行ってしまった。
    「もう川瀬ったら…」
    呆れたように呟いて、
    「無愛想でごめんね」
    悪い子じゃないんだけど、と笹木先輩は苦笑しながら川瀬先輩の後を追って行った。
    二人の姿が見えなくなると、固く強張った沙矢の体からくたっと力が抜けた。
    はぁぁ、と。
    大きく沙矢が息を吐く。
    「どうしよう…ちゃんと顔見なかった。挨拶もしっかり出来なかったし…失礼だったよね?川瀬先輩、呆れなかったかな?ねぇ早矢」
    紅潮した頬に両手を添えて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
    「あー…最悪ぅ……しかもこんな気の抜けた格好だし…もう少しましな服着てれば良かったぁ」
    うなだれて、その場にしゃがみ込んでしまった。
    頭を抱えて呻いている。
    あたしも沙矢の脇に屈んだ。
    「川瀬先輩だって普通の部屋着だったじゃん」
    軽く声を掛けると、
    「先輩はそれでもかっこいいからいいの!」
    がばっと伏せた顔を上げる。
    けれどすぐに情けなく眉尻を下げ。
    「…顔だって、すぐお風呂に入るからいいやって思ってぼろぼろだし。今日体育あったから汗臭いし。もう…ほんと最悪ー……」
    沙矢は大きく息を吐いた。
    あたしはぼりぼりと頭を掻きながら。
    「何でそんなに気にすんの?」
    「だって…どうせなら一番良いわたしを見てもらいたいもん。先輩はわたしの事なんてちっとも気にしてないってわかってるけど、それでもせめて目の前に立つ時は綺麗な姿でいたいじゃない」
    あたしの目を真っ直ぐ見てそう言った後、照れ臭くなったのか、沙矢はへへっと笑った。
    あたしは沙矢の髪をさらりと一掬い摘み上げると軽くすくように弄ぶ。
    そして一言、「見栄っ張り」と言ってやった。
    沙矢はふてくされたように唇を尖らせて、
    「何よー。憧れるのも大変なんだからね」
    頬を膨らませた。
    やがて沙矢は何かを思いついたという風な顔をすると、
    「早矢は?いないの?そういう人」
    上目遣いであたしの顔を覗き込む。
    「いないよぉ」
    あたしはおどけたように答えると、
    「やっぱりね」
    予想通りだとふっと力を抜いた。
    「それじゃあわかんないか」
    そう言って、溜め息をつく。
    私はまた、同じ顔をした姉の髪をさらさらと撫でて、
    「大丈夫、沙矢はいつでも可愛いよ」
    にっこり笑って言った。
    沙矢は一瞬絶句して。
    「早矢に言われてもなぁ…」
    呆れたように、けれどどこか可笑しそうに、くすくすと笑った。



    どんなに些細な事だって、他人には決してわからない事でさえ、何でも気付いてしまうあなたでも、私のこの想いにだけは気付かない。
    そう。
    あなたはちっとも気付いてくれない。
    多分、この先も。
    ずっと、ずっと。




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■2289 / inTopicNo.31)  ─1/2
□投稿者/ 秋 ちょと常連(85回)-(2004/08/11(Wed) 15:37:30)
    唐突に。
    川本真琴を聴きたくなった。
    だから日曜の昼下がり、昼ご飯を食べ終わってのんびりしているところをがばっと起き上がって、
    「どこか行くの?」
    と尋ねるルームメイトに、
    「ツタヤ」
    そう簡単に答えて。
    部屋を出て、寮の裏手の駐輪場から自分の愛車を探し出すとふわりとそれに飛び乗った。
    全速力で漕ぐ。
    風を感じる余裕もない程に。
    目的地には案外すんなり到着して、探しものも案外あっさり見つかった。
    少し昔のアルバムを一枚手に取り。
    それをそのままカウンターへと持って行くと、行きと同様、全速力で帰路を辿った。
    駐輪場に自転車を乱暴に置いて、急ぎ足で部屋へと戻る。
    あたしの帰宅に、読んでいた雑誌から目を上げた彼女に声も掛けず。
    ケースからCDを取り出してデッキにセットすると、ルームメイトにただの一言も許可を得ずに無遠慮に音を打ち鳴らした。
    歌詞カードをばっと広げて。
    あぁ、この曲。
    この言葉。
    流れる声に耳を傾ける。

    唇と唇。
    瞳と瞳と、手と手。
    神様は何も禁止なんかしてない。

    目を閉じて、じっと聴き入る。
    背後から、彼女が立ち上がる音。
    ゆっくりこちらに近付いて、あたしの後ろで立ち止まった。
    彼女の足に背を預け、顔を上げると瞼を開けた。
    あたしを見下ろすルームメイトが一人。
    膝を床につく恰好で屈む。
    「神様は何も禁止なんかしてない、ね」
    ふっと息を吐いて。
    「そうかな」
    あたしの頬に手を掛けると、優しく唇を塞いだ。
    わずかの時間、触れ合うあたし達。
    そっと、それを惜しむかのように唇を離す。
    「どうせ個と個なら。その半分この欠片を二つ重ねて、離れずに済むように繋ぎ合わせてしまいたいよね」
    笑って。
    もう一度、甘い、甘い、キスを落とした。
    あたしは。
    どうせならこのまま溶け合って一緒になってしまいたいと。
    そう思った。



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■2290 / inTopicNo.32)  ─朧月夜
□投稿者/ 秋 ちょと常連(86回)-(2004/08/11(Wed) 15:38:26)
    十五夜はとうに過ぎたというのに、今夜はとても月が綺麗だからと、不意にお月見をしようと思った。
    突然の事だからお団子も何もなく。
    だったらせめてススキでもと思って。
    夕飯を食べ終えてごろごろしているルームメイトを揺り起こす。
    彼女は快く頷いてくれたから、夜の散歩にレッツゴー。
    寮の玄関まで行く途中に寮長さんと会ったけれど、点呼時間までには帰ってきてね?、そう言っただけで面倒な外出申請の措置を見逃してくれた。
    外に出る。
    丸い丸いお月さま。
    月明かりの下で、私と彼女、ふたつの影が道路に伸びる。
    住宅街を通って路地裏を抜ければ、そこには広々とした空き地が広がりを見せ。
    背の高いススキがそこをぐるっと囲むように群生していた。
    しばらくぼんやりと空を眺める。
    「月とススキ、か」
    彼女が呟き、
    「団子があれば、もっとお月見らしかったのにね?」
    楽しそうにあたしに微笑み掛けた。
    そっと、彼女に手を伸ばして。
    指を絡める。
    それに気付き、彼女はまた楽しそうに笑う。
    「手、繋いだまま帰ろうか」
    「いいの?」
    思わずじっと凝視してしまったあたしに、うん、と頷いて。
    「人通り少ないし、月の光もぼんやりしているから。誰にもわからないよ」
    目を細めた。
    光が朧ろげで輪郭がぼんやり映るこんな夜って朧月夜って言うんだっけ?、あぁ違う、朧ろ夜は春の夜だ、隣でぶつぶつ呟いている彼女の肩に頭をもたれる。
    視線の先はお月さま。
    くすりと彼女が笑った気がして。
    「私はあんたを照らす月になりたい」
    こんな事を言った。
    「ここに居るよ、って居場所を示す月になりたい」
    そうあなたが言うのなら。
    だったらあたしは。
    あなたを見上げて想いを馳せる、そんなススキなのでしょう。
    まだぼんやりと上を見上げる彼女の手を、あたしは頑なに握りしめた。
    指先からでも徐々に浸透して、繋がるのではなくひとつになれたらいいのに。
    上空にはふらふらと、青白い光を放つ心許ないお月さまが一人。

    物悲しいのも満たされないのも、全てを月のせいにして。




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■2291 / inTopicNo.33)  ─tears
□投稿者/ 秋 ちょと常連(87回)-(2004/08/11(Wed) 15:39:24)
    彼女は時々言葉が足りない。
    だからあたしは無性に寂しい時がある。
    寮は意地悪だ。
    こんな時に一人泣く事も出来ないなんて。
    布団を頭から被って、声を押し殺して、それでも溢れ出す何かを堪えて。
    あたしはどれだけの夜をそうやって乗り越えるのだろう。
    今日も同室の彼女は、床に座ってベッドの縁を背もたれに、黙々と雑誌を読んでいる。
    ページをめくる細く長い指を、あたしは勉強机の椅子に馬乗りになってぼんやりと眺めていた。
    ゆっくりと立ち上がる。
    彼女の隣にちょこんと座り。
    その横顔をじっと見つめる。
    視線に気付いたルームメイトはあたしの方に向き直り、何?と穏やかに笑んだ。
    それだけで。
    あたしは堪らなく切なくなると言うのに。
    察してよ。気付いてよ。お願いだから。
    覗き込んだ彼女の瞳に映るのは、今にも泣き出しそうな子供の顔した女の子が一人。
    あたしは求めるように彼女の首に腕を伸ばし、そのままぎゅっと巻きつけた。
    彼の人は、躊躇う事なくあたしの背中に優しく腕を回す。
    彼女の体温が伝わり、彼女の鼓動が聴こえる。
    包まれた腕は揺るぐ事なく、解かれる事なく。
    それをあたしは知っていた。
    あたしの首筋に彼女が口づけると、そこから広がる熱に、あたしはようやく安堵の息を漏らした。

    想うよりも言葉に代えて。
    言葉よりももっとずっと簡単に。
    そう、抱き締めて。
    それだけでわかるから。




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■2292 / inTopicNo.34)  ─ひとつだけ。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(88回)-(2004/08/11(Wed) 15:40:53)
    「欲しい物をあげる」
    あたしの誕生日が近付いてきたある日。
    同室の彼女がこんな事を言いました。
    「当日までプレゼントが何か秘密にして驚かすのもいいけど、本当に欲しい物をあげて喜ぶ顔が見たい」
    目を細めて楽しげに笑うこのルームメイトは、子供のように邪気がない。
    あたしは彼女の胸を背もたれに、ぽすっと体を預けた。
    やっぱり彼女は楽しそう。
    くすくすと笑う度に漏れる吐息があたしの首を撫でてくすぐったい。
    あたしはますます後ろに体重を掛けて彼女にもたれかかる。
    「何でもいいの?」
    「何でもいいよ」
    「どんなものでも?」
    「望むものを」
    背中越しにでもくすりと笑ったのが伝わる。
    「あんたは何を望む?」
    くるりとあたしは向きを変えて、背中の彼女と向き合う格好になった。
    そのまま胸元に顔を埋めて、両脇から腕を差し入れ力を込める。
    「本当に何でもいいの?」
    彼女はあたしの背中に手を回して優しく抱き留めた。
    「何でも。私が出来る事なら叶えてあげる」
    何がいい?と、楽しそうな声を落とす。
    「まだわからない…」
    「そう?考えたら教えてね」
    あたしは応える代わりに顔をゆっくりと上げて、背伸びをしながら彼女の唇に口づけた。


    望む事?
    …あるとすれば、ひとつだけ。
    あなたと一緒になってしまいたい。
    心も身体も、全部、全部。
    孤独を感じる隙間もない程。
    それ以外、あたしは望みはしないのに。
    多くを望みはしないのに。



引用返信/返信 削除キー/
■2293 / inTopicNo.35)  ─agonizing wish
□投稿者/ 秋 ちょと常連(89回)-(2004/08/11(Wed) 15:42:18)
    夢を見た。
    幸せで、満ち足りて、とても寂しい夢。
    内容は覚えていない。
    ただ。
    目を醒ましたら知らない内に泣いていた。
    寂しくて寂しくて仕方がなかった。
    急いで布団から飛び出して、ルームメイトのベッドを覗き込む。
    同室の彼女は穏やかな寝息を立てていた。
    ほっと、息をつく。
    早い時間に起き出してしまったあたしに眠気が再度襲ってきて。
    そのまま彼女の布団の中へ潜り込む。
    「…どうしたぁ?」
    寝呆け眼の彼女はまどろみながらあたしを迎え入れる。
    「こっちおいで」
    導かれるまま彼女の腕の中にすっぽりあたしは収まった。
    彼女は満足そうに微笑むとまた寝息を立て始める。
    包まれた腕の心地良さの中で、あたしは夢の続きを思い出していた。
    あたしという個と。
    彼女という個と。
    ふたつの別々の個体が溶け合って、ひとつの同じ個体に生まれ変わる。
    それは、とてもとても幸福で。
    それは、とてもとても穏やかで。
    一緒になれた事が嬉しくて堪らない。
    いつも共に居られるから淋しさなんて感じ得ない、そんな事は有りはしないと。
    けれども。
    一つになりたいと、ずっと切望していたのに。
    それだけを願い続けていたのに。
    あたしと彼女が同じ個体なら。
    抱き合えない。
    この身を抱いてもらえない。
    お互いの鼓動を確かめ合う事も、お互いの温もりを伝え合う事も。
    髪の毛の一本さえも掴めずに。
    それすら叶わない。
    孤独からは解放されても、寂しさからは逃れられないのだと。
    切ない。
    切ない…。
    手を伸ばせばすぐに指先が触れ合う距離に。
    名前を呼べばすぐにその声が届く範囲に。
    そう、そこに居て。
    そしたらあたしは寂しくないから。

    あたしを包み込むように眠る彼女の心音を聴きながら、あたしも再び眠りに落ちた。
    次に目覚めた時は、きっとあたしは恐くない。




引用返信/返信 削除キー/
■2322 / inTopicNo.36)  ハマりました!
□投稿者/ 野良 一般♪(1回)-(2004/08/15(Sun) 01:47:22)
    すぐにファンになりましたよ!こんなにいろいろな話をよくたくさん思いつきますね!?秋さん天才!

    五月の花嫁ではやられた!って思いました(>w<)てっきりまーちゃんとは付き合ってるものだと・・・見事に引っかかってしまいましたよ(^_^;

    皐月も茜も切ないですね〜(>_<。この二人の微妙な距離も気になります。でも登場人物みんないい!好感がもてます(^-^)

    今後も期待してますね☆
引用返信/返信 削除キー/
■2360 / inTopicNo.37)  野良さんへ。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(90回)-(2004/08/18(Wed) 00:15:56)
    はじめまして。
    書きたい物を書き、それに対して感想を頂けるととても嬉しく思います。
    日常生活の中でのある一幕、取り留めのない話ばかりですが、楽しんで読んでくださるのなら幸いです。
    感想をありがとうございました。

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■2528 / inTopicNo.38)  ─目を閉じて、君は何を想う。
□投稿者/ 秋 ちょと常連(91回)-(2004/09/01(Wed) 14:06:59)
    玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けると弥生が立っていた。
    「あら、弥生ちゃん。いらっしゃい」
    居間から顔を覗かせた真知が声を掛ける。
    「こんにちは、早川先生」
    にっこり笑って弥生。
    「先生なんて、家ではよしてよー」
    真知もわずかに照れながら微笑みを返す。
    弥生との付き合いは長い。
    昔はこの家にも頻繁に遊びに来ていた。
    だから当然、真知とも彼女が教師になる前から馴染みがあるわけで。
    学校から出たら、真知は教師からただのあたしの姉に変わり、弥生に対しても教師の顔を見せない。
    もっとも、やはり校内ではいくら身内とは言え公私混同はしないけれど。
    「うちに来るの久しぶりじゃない?」
    あんまり遊びに来なくなったわよね、と真知は微笑みながら弥生を招き入れる。
    弥生も、そうですねー、なんて相槌を打って家の中へと入ってきた。
    弥生を居間に迎え入れ、テーブルを挟んで真知の向かい側へ適当に座らせる。
    その様子を見てからお茶を入れてこようと廊下に出たら、背中から弥生と真知の優しい笑い声が聞こえてきた。
    その声であたしはしばらくそこから動けずに、胸を押さえて二人の声に耳を傾けていた。
    どうか──…と。
    祈るような想いで。



    「ねぇ皐月。まーちゃん、もう家出て相手の人と暮らしてるよね?たまに実家に帰って来たりとかは…しない?」
    ある日の休み時間。
    あたしの席へとやって来た弥生は唐突にこんな事を言った。
    あたしは今まさに早弁しようとメロンパンを手に、大口を開きかけたところで。
    ふぇ?と、間抜けな声を上げて傍らに立つ弥生を見上げた。
    じっと見つめるあたしの瞳に、躊躇いがちな弥生の表情。
    しかし、意を決したように真っ直ぐあたしを見つめ返して来た。
    あたしの手を取ると、ずんずんと歩き出す。
    あたしはわけがわからずに、メロンパンをくわえながらただ弥生に引っ張られていくだけ。
    屋上へと続く踊り場まで来ると、弥生はようやくその手を離した。
    口をもぐもぐと動かしているあたしに構わず、真剣な顔付きであたしに向き直る。
    大きく深呼吸をひとつして。
    「覚悟を決めたの」
    そう言った。
    ごくり、と。あたしは唾と共にメロンパンを飲み込んだ。
    「潔く失恋してくる」
    弥生が何を言っているのか、簡単に理解出来た。
    真知に想いを告げる、そういう事だ。
    「だからまーちゃんとしっかり話をしなくちゃならない。学校だとそうはいかないから、まーちゃんがもし家に戻る時があればと思って」
    弥生の真剣な眼差しを逸らす事も適わず、あたしはやっとの事でぼそぼそと口を動かした。
    「真知、さ。結婚しちゃって、それだけでも失恋決定なのに…それでも弥生は告白するの?」
    その言葉に弥生は一瞬だけキョトンとしてみせ、すぐにくすくすと笑った。
    そんな弥生にあたしは少しむっとして。
    「わざわざ言う事ないんじゃないの?」
    ぶっきらぼうにそう言っても、やっぱり弥生の顔は穏やかだった。
    「確かにそうかもしれないけど。私はこの気持ちを消化させてあげたいの。燻ったままじゃ前に進めない。その為の、けじめみたいなものかな」
    その穏やかな顔のまま弥生は言う。
    あたしはふぅーと長い息を吐き、ばかみたいに真っ直ぐな親友の顔を改めて眺めた。
    「今週の日曜日。部屋の整理しに帰ってくるよ、真知」
    素っ気なくそう呟く。
    「ありがとう」
    弥生は短く答えた。
    あたしはそれが聞こえなかった振りをして続ける。
    「その日さ、親は夜まで居ないんだ。真知は部屋の片付け終わっても親帰ってくるまで居るって言うから昼頃おいでよ。弥生が来たら、あたしは適当にどっか行くから。あとは真知と二人だよ。弥生の好きなようにすればいい」
    髪を掻き上げながら淡々と告げると、弥生は嬉しそうに微笑んでいた。
    もう何も言う事がないあたしの両手を取って、ぎゅっと握る。
    じっとあたしを見て。
    「ううん、居て。皐月もそこに居て」
    ゆっくりと言った。
    相変わらずあたしは何も発する言葉が見つからない。
    あたしが黙っているのを確認して、弥生は続ける。
    「逃げ出してしまいそうになるから。それに…」
    一旦言葉を切り、大きく息を吸った。
    そして。
    「私の気持ちに気付いてくれた皐月だから、その想いを最後まで見ていてほしいの」
    きゅっと、心臓が締め付けられる思いだった。
    これ以上弥生に何かしてあげられる事はないと悟ったあたしは、ただ「…うん」と、そう小さく頷くしかなかった。

    どうか…もうこれ以上傷つかないで。
    それで楽になれるのなら、早く終わらせてしまえばいい。
    そんな風に祈りながら。

    ごくりと飲み込んだ唾は、もうメロンパンの味はしなかった。



    ティーポットと人数分のカップをお盆に乗せて居間に戻ると、弥生と真知は他愛のない話で盛り上がっていた。
    弥生の隣に腰を下ろす。
    相変わらず二人ともにこにこと笑っている。
    あたしはカップに紅茶を注ぐと二人の手元に置いた。
    そのまま自分の分に口を付け、ちらりと横目で弥生を見る。
    弥生は平然とした顔で真知との会話を続けていて、その表情からは何を思っているのかなんて窺い知れない。
    あたしの方が緊張しているくらいだ。
    口の渇きが治まらず、あたしはカップの中身をずずっと飲み干した。
    「私が居たらお邪魔だろうからそろそろ自分の部屋に戻ろうかな」
    会話が一段落し、紅茶も飲み終えた頃、そう言って真知は立ち上がろうとした。
    真知はあたし達の目的を知らない。
    弥生はあたしに用があって遊びに来たと思っているだろうから、妹とその友達が居る場にそう長居をしまいと思うのは自然だった。
    「…真知!」
    ここで行かれては困る。
    引き止めようと咄嗟に言葉が口を突いて出た。
    何?と言うように、真知は中腰のまま静止してあたしを見ている。
    「あ……えーと…」
    呼び止めたものの後に続く言葉が見つからず、あたしは言葉を濁しながらへらへらと笑ってみせた。
    「皐月ちゃん?どうしたの?」
    言葉を探している間にも真知は次第に怪訝な表情になっていく。
    うー…と、頭を抱えそうになった時、
    「私ね、今日はまーちゃんに用があって来たの」
    弥生が口を開いた。
    そうなの?と真知があたしを見る。
    あたしが無言でこくりと頷くと、中腰の姿勢を保っていた真知は再びその場に腰を下ろした。
    そして真知がゆっくりと弥生の方に向き直ると、空気が震えるような錯覚を覚えた。
    弥生の緊張があたしにも伝わってきているのか。
    …いや、緊張しているのはあたしだけなのかもしれない。
    弥生はとても穏やかな顔をしていたから。
    大きく息を吸う弥生。
    穏やかな表情を更にふっと緩ませて。
    「まーちゃん。今、幸せ?」
    優しく問い掛けるように言った。
    真知は少しばかり驚いて、「うん…」と小さく答えただけで、照れたように顔を紅く染めてうつむく。
    「ずっと好きだった人と結ばれたから。恐いくらい幸せ」
    はにかみながら本当に嬉しそうに口にする。
    弥生の微笑みは消えない。
    真知を見る目を細めて。
    「私ね」
    柔らかい口調のままに。
    「まーちゃんが好き」
    はっきりとそう言った。
    真知はがばっと顔を上げて弥生を見た。
    驚いているのだろう、目をぱちくりさせながら。
    弥生は構わず続ける。
    「ずっと好きだったよ。まーちゃんが先生になる前から、ずっと」
    そして、にこりと笑い掛ける。
    真知は困ったような顔をしていたけれど、相変わらず弥生は穏やかだった。
    「安心して。私はそんな顔をさせたくてこんな事言ったわけじゃないから」
    その言葉に、真知はキョトンとした表情を弥生に向ける。
    その顔を見て、弥生はぷっと吹き出した。
    「やだー。もしかして変な意味に取った?そんなんじゃないってー」
    「……え?」
    「まーちゃんが好き。でも皐月の事も好き。勿論、家族も。そーゆー好きなの」
    勘違いしないでよー、と弥生はますます可笑しそうに笑う。
    「そう…そうよね」
    真知は肩の力が抜けたと同時に、微笑んだ。
    それを見て、満足そうに弥生も頷く。
    「だからね…」
    一呼吸置いて。
    「まーちゃんの事、好きだから幸せになってほしい。泣いてるところなんて見たくないの。他の誰よりもまーちゃんの幸せを願ってる」
    あたしには胸に詰まされる言葉だった。
    弥生の次に、あたしは弥生の想いをよく知ってしまっているから。
    これは弥生の本心から出たものだろうけれど、あたしには到底言えやしない。
    「まーちゃんを泣かせたら旦那さん殴っちゃうから」
    冗談めかして笑う弥生に、真知は「弥生ちゃんたら…」と、苦笑を浮かべる。
    この場で笑っていないのはあたしだけだった。
    そして。
    「弥生ちゃん、ありがとう」
    何にも知らない真知は、心から嬉しそうに応えた。
    「結婚おめでとう、まーちゃん」
    弥生もまた。
    彼女の強さに、切ない想いに、代わりにあたしが泣ければいいのに。
    二人のやり取りをあたしは黙って見ていた。
    「私の用事はこれでおしまい。じゃあ帰るね!」
    そう言うと、すっと弥生は立ち上がった。
    もう少しゆっくりしていけば?と声を掛ける真知に笑って手を振って居間を出ていく。
    あたしも弥生の後を追い掛けて、一緒に玄関の外へと出た。
    くるりと弥生があたしを振り向く。
    その顔は、今にも泣き出しそうだった。
    「私…うまく笑えてた?」
    先程とは打って変わって情けなく呻く。
    「おめでとうって、ちゃんと言えてたかなぁ?」
    母親とはぐれた迷子のように不安げにあたしのシャツの裾をそっとつまんで。
    「ねぇ、皐月ぃ…ちゃんと最後まで見てくれてた?私はちゃんと伝えられてた?」
    あたしは裾を掴んで離さない弥生の手に右手を軽く添えて、余った左手で弥生の頭をぽんぽんと撫でた。
    そのまま優しく手を頭に乗せる。
    「うん、見てた。全部見てたよ」
    もう我慢しなくていい、頭に乗せた左手に少しだけ力を込めて自身の胸に引き寄せる。
    二、三度頭を撫でてやると、弥生は緊張が解けたのか、堰を切ったように泣き出した。
    必死で堪えていた何かを全て吐き出すかのように。
    お気に入りのシャツだけど、この際涙と鼻水にまみれても目を瞑ろう。
    泣きじゃくる弥生にそっと声を落とす。
    「弥生はすごいよ。よく頑張ったよ。あたしは弥生の気持ち、ちゃんとわかってるから」
    一度だけ両腕を弥生の背中に回して、鳴咽が漏れる隙間もない程ぎゅうっと抱き締める。
    すぐさまぱっと離れて、
    「お疲れ!」
    にかっと笑顔を向けたら、やっと弥生は微笑んだ。
    「ありがと、皐月」
    ずずっと鼻を啜って。
    「すっきりした!」
    本当に晴々した顔をあたしに向けた。
    「宙ぶらりんなままより、言っちゃった方が完全燃焼できるものだねー」
    あははと笑った弥生は、
    「…でも、もう少しだけこうして居させて」
    そしたらすぐに立ち直るからと、あたしの胸にこつんと頭をもたれた。
    「しょうがないなー」
    あたしはわざとらしく大袈裟な溜め息をついて、それでも胸は苦しくて仕方がない。
    あとどれだけの時を、あたしはこんな想いを抱えたまま過ごすのだろう。

    『あたしはあんたの幸せを願っているよ』

    弥生には見えないからいいか、と。
    空を仰いで、一雫だけ涙を落とした。
    心の中で呟いた声はきっと弥生に聴こえない。
    目を閉じて、君は何を思う。
    あたしは何を想う。





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■2529 / inTopicNo.39)  ─hurts
□投稿者/ 秋 ちょと常連(92回)-(2004/09/01(Wed) 14:07:59)
    四時間目の体育の授業で職員室の窓ガラスを豪快に突き刺す程の見事なホームランを決めて、授業の終わりと共にやって来た昼休みにお小言を散々聞かされていた私はようやくそこから解放された。
    皐月と陽子がバカな事を言って盛り上げ、弥生と郁がそれにツッコむ。その様子を笹木と比奈が笑って見ている傍ら、相変わらず川瀬はむすっと黙っているんだろう。
    そんないつものランチタイムの光景がありありと浮かんで、私も早くそこに合流しなければと早足で廊下を進む。
    しかし教室のドアを開いた瞬間、私は面食らった。
    昼食を取るメンバーは笹木と皐月の二人だけ。
    川瀬が居ないのは清々するというのが本音だけど、席を囲む面々に陽子や郁達が居ないのは何故だか心許ない。
    決してしんみりしているわけではないけれど少しばかりお喋りのトーンを落としながらお弁当を頬張る皐月の隣の席へと座った。
    「あ。おかえり、茜」
    「うん、ねぇ他の皆は?」
    「郁は部活の昼練、弥生と比奈は委員会の集まりだって。陽子に至ってはさっきまで居たけど職員室に呼び出された。帰ってくる時に会わなかった?」
    あいつはまた何やらかしたんだか、もぐもぐと口を動かしながら皐月は言った。
    「ふうん。…川瀬は?」
    別にあんな奴がこのランチの場に居なくてもどうって事はないし、むしろ居ない方が私の食は進むのだけど、居るはずの人物が訳もなく居ないというのも何となくむずむずした気分になるので、仕方なしといった感じで私は忌まわしいその名を口にした。
    瞬間、空気がピリッと痺れた気がした。
    見れば、先程から何も言葉を発していなかった笹木が顔をしかめている。ご丁寧に眉間にシワまで作って、珍しく不機嫌を露わにして。
    皐月を見ると、あーぁといった風に溜め息をついた。
    私の耳元に顔を寄せ、皐月は耳打ちした。
    「茜、地雷踏んだよ」
    「はぁ?」
    笹木じゃないが、わけがわからなくて私まで顔をしかめる。
    「今、その名前は笹木にはタブー」
    皐月は肩をすくめてみせた。
    「何が原因かわかんないけど。喧嘩してるんだってさ、川瀬と」
    「笹木が?」
    隠さず素直に驚きを表していると、
    「全部聞こえてるんだけど…」
    向かいに座る笹木が私達二人を見て呆れていた。
    …そりゃそうだ。
    最初こそは小声のものの、私達のそれはこそこそ話に適した音量ではない。
    聞かれていたのなら遠慮はいらないか、と勝手に解釈して私は笹木に向き直った。
    「珍しいね、喧嘩なんてさ」
    皐月も、うんうんと頷いた。
    笹木と川瀬は頻繁にその仲をこじらせてはいるものの、それは川瀬が単に機嫌が悪いだけだったり、川瀬を怒らせたと笹木が勝手に勘違いしたり、つまりはまぁそんなもの。
    何のやり取りもなくてもこの二人の関係は自然と修復されていた。
    そこには、笹木と川瀬、両者の性格によるところが大きいだろうけれど。
    笹木がすんなり折れたりだとか、川瀬がその出来事自体を忘れていたりだとか、ね。
    どれも喧嘩と呼べる代物ではなかった。
    だからこんな風に笹木が不機嫌さをあからさまに表したり、「喧嘩をしている」という言葉が珍しい。
    もしそうだとしてもこの二人の怒りは持続しないし、そもそもいつもなら笹木の方から謝ってしまうだろう。
    それで終わるはずだ。
    なのに。
    「ほんと。笹木が怒ってるって珍しい」
    何の気無しに皐月が漏らす。
    「怒ってるってわけじゃ…ただ、ちょっと…」
    どう言えばいいのか、といった感じで笹木は唇を尖らせた。
    「なら、笹木から話し掛ければ済んじゃう事じゃないの?」
    弁当の残りをかき込みながらそう言う皐月に、「何で私が」というように笹木は少しむっとした。
    成程、やはりこれは「喧嘩」なのだ。
    引かない笹木を見て改めて実感する。
    そう言えば、今朝は一緒に登校していなかった。
    夕べの点呼で部屋に廻って来た笹木の表情も、どこか暗いものだったっけ。
    という事は、この喧嘩は昨日から。
    それも夕飯を過ぎてから、かな。
    どうせ川瀬がいつものように笹木の親切心を踏みにじったんだろう。
    それに対して、笹木が珍しく反発した。
    ま、そんなとこでしょ。
    やれやれと心の中で呟いて、私は職員室からの帰りに購買で買ってきたレモンティーにストローを挿し込んだ。
    たまには川瀬から折れればいい。
    笹木が長時間自分に構わなければ、きっと向こうから音を上げる。
    いつだって笹木の方から行動を起こしてくれるなんて思うなよ。
    これは奴が笹木の有り難みを再認識する良い機会だ。
    大体、笹木は川瀬に甘過ぎる。
    これを機会に笹木も川瀬を放っとく事を覚えればいい。
    ずずずとレモンティーを啜って今回ばかりは我関せずを貫こうとした矢先、やめとけばいいのに、ちらりと笹木を見てしまった。
    ず…と、もう一口啜る。
    あーぁ、本当に察しの良い自分が恨めしい。
    笹木と川瀬の事は放っとこう。放っとこうと思った矢先にこれだ。
    手持ち無沙汰に自身の緩やかな髪の毛先を眉根を寄せながらいじっていた笹木の顔が、目を伏せた一瞬だけふっと寂しげなものとなったから。
    素直に相手と接する事が出来なくて辛いのは何も川瀬ばかりじゃないという事か。
    この喧嘩の終結を誰よりも切望しているは、他でもなく笹木だ。
    わかってたけどさ。
    わかってたけどね。
    笹木が一人の相手とずっと口を聞かずに通すなんて無理な話なんだ。
    今にも駆け寄りたくて、話し掛けたくて、むずむずしているはず。
    笹木も変なところで頑固だから、引かないと決めた手前、折れ際を測り兼ねているのだろう。
    私もとことんお人好しだ。本当に損な性分を請け負っていると思う。
    じゅるじゅると残りのレモンティーを吸い取って、紙パックをぐしゃりと潰した。
    人知れず、軽く息を吐いてから。
    「あほらし」
    私の声に髪をいじる笹木の指先が止まった。
    「何でこじれてんのか知らないけどさ。どうせ続かない喧嘩なんだし、さっさと仲直りしちゃいなって。大体さ、同室なんだから寮に帰れば嫌でも顔合わすんだよ?ずっとこうだと気まずいじゃん」
    伏せていた顔をゆっくりと上げた笹木はなかなか情けない顔だった。
    もう一声、もう一押し、というところか。
    決め手となる最後の一手が欲しいらしい。
    これはまだ迷っている顔。
    「笹木に謝れって言ってるわけじゃないよ。たださー、あいつにも謝るチャンスをあげれば?って事。川瀬ひねくれてるから、せめて機会くらいは与えてやんないと」
    笹木は口をきゅっと結んだ。
    「笹木からそのきっかけを作ってあげるくらいはいいんじゃないかなー、ってね」
    あくまでも淡々と私は言った。
    無論、これは川瀬の為なんかではなく。
    さぁ、もう一言だ。
    「川瀬、中庭に居たよ」
    笹木は驚いたように目を見開いて私を見る。
    「職員室から戻ってくる途中で見た。渡り廊下通って来たから」
    あんなの見ちゃって気分害したー、冗談めかしてそう言うと、笹木は勢いよく席を立った。
    そのまま一直線にドアへと向かう。
    教室から出ていく直前、くるりと私に向き直って「ありがと!」一言そう叫んだ。
    ほうらね?
    背中さえ押されれば、笹木はすぐにでも川瀬の元へ駆けてゆく。
    笹木が見せた顔は吹っ切れたように笑っていた。
    あれならもう大丈夫だろう。
    廊下を走る笹木の足音が聞こえなくなるのを確認して視線を戻すと、呆れ顔で私を見ている皐月の姿が目に入った。
    ばーか、と声には出さずに口だけを動かして言う。
    余計なお世話だ、私はイーッと舌を出した。
    はぁっと吐き出した息に皐月の溜め息が重なって、二人同時に互いの顔を見た。
    普段なら爆笑してしまうようなこんな場面も、何故だか今は力無く笑っただけ。
    「損な役回りだねぇ…」
    私にだけ聞こえるような声で皐月が言った。
    「…まぁあたしもなんだけどさ」
    はははと困ったように頬を掻く。
    「………皐月さー」
    そんな皐月から私は顔を背け、やはり皐月にしか聞こえないくらいの小声で話す。
    「やっぱりまだ、好きなんだ?」
    弥生、と続けなかったのはただ単純に続けられなかったから。
    「……うん」
    息をするように皐月は答えた。
    「そっか…」
    私は意味もなく椅子の上で体育座りをしてみる。
    それを見た皐月は「何だよ、それ」と、少し笑った。
    「片思い同士ですねー」
    「ですねー」
    「良いお友達ってか」
    「うん、それだ」
    「陰ながら支える、みたいな」
    「ははは!」
    「つーか、報われないコンビ?」
    「…やだなぁ、それ」
    へへへと皐月が笑って。
    ふぅ、と長く息を吐く。
    くるりと首を動かして私に顔を向けると。
    「いっその事付き合っちゃう?」
    「……冗談でしょ?」
    「冗談だよ」
    あっけらかんと皐月は言ってのけた。
    そう簡単にいったらどんなに楽か、そんな言葉を落として皐月はうーんと伸びをする。
    そりゃそうだ、と私も少し顔を上げた。
    ちらりと横に視線をずらすと、窓から覗く爽やかな秋晴れに今気が付いた。
    その眩しさに、すっと目を閉じる。
    自分の位置はわかっているつもり。
    あの人に掛ける言葉も。
    振る舞う態度も。
    彼女に対する私を見て、皐月が何を言いたいのかなんて、それだってやっぱり私はわかっている。
    無理は少ししかしない。
    誤魔化しこそしても、嘘だってつかないつもりだ。
    だから。
    「ばかだけど、見逃してよ」
    目を閉じたまま皐月に向かって声を掛けたら、何も言わずに髪だけ撫でた。

    何でもない振りや何でもない言葉を、いつまで掛け続ければいいんだろうね、私達は。

    あぁ。
    胸の奥がしくしくと傷む。
    この痛みは、もうしばらく消えてくれやしないのだろう。
    顔を上げるのが苦しくなる程の暖かな陽射しが、何だか笹木を思わせた。




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■2530 / inTopicNo.40)  ─風運び
□投稿者/ 秋 ちょと常連(93回)-(2004/09/01(Wed) 14:08:53)
    そよそよと秋の風に誘われて、わたしは中庭のベンチに腰掛けた。
    うーん、と大きく伸びをする。
    今日はとても穏やかな風がそよぐ日で、木陰の下のベンチには日溜まりが出来ていた。
    柔らかな初秋の陽射しを目一杯浴びて、午後の授業なんか放ってここで昼寝としゃれこもうか、なんて思いも頭を過ぎりながら。
    あくびを一つ噛み殺したところで少し離れた木の影に人の気配を感じた。
    目だけをそちらに向けると、名前を何と言ったっけ、けれど何度も見掛けた事のある上級生の姿が目に映った。
    すらりと背の高い少年のような出で立ちで、成程、クラスメートが騒ぐのも無理はない。
    名前こそ思い出せないものの、廊下ですれ違う度に友人達が黄色い声を上げていたからよく覚えている、その人は確かに見知った人物だった。
    その姿を初めて見た頃よりも少しばかり髪が伸びたように感じるけれど、それでも中性的なその風貌に変わりはない。
    では今わたしが抱いている違和感はなんだろう。
    暖かなまどろみの中で、わたしは彼の人をのんびりと眺めながらもう一度あくびをした。
    彼女はベンチに座るわたしの存在に気付く事なく、ここから少しだけ距離を取った木陰に佇んでいた。
    足元に子猫が近付く。
    この中庭でよく見掛ける茶色と黒の縞模様の野良猫だ。
    足元に擦り寄る子猫に視線を落として、彼女はそのまま屈み込んだ。
    子猫を抱き上げ、膝の上に乗せる彼女。
    指先で子猫の喉元をくすぐるようにしてあやす姿が微笑ましく、同時に子猫に向ける柔らかな笑顔に驚いた。
    この人はこんな顔をするのか、と。
    廊下で目にする度に思っていた。
    無表情で淡々としている。
    きっと周囲に興味がないんだろうな。
    整った顔をしているのは認めるけれど、それ程皆が騒ぐような人物だろうか。
    何を映しているのかわからない瞳からは冷たさしか感じた事はなかった。
    けれど。
    今、わたしの目の前に居るこの人は、穏やかな表情で子猫と戯れている。少し伸びた前髪から優しい眼差しを覗かせて。
    その雰囲気が、笑い方が、これまたわたしが見掛けた事のある上級生の仕草によく似ていた。
    しばらく子猫の相手をしていた彼女は、ふとその手を止めた。
    「………ん…」
    どこか寂しげに、ポツリと漏らした呟きは、わたしには届かなかった。
    「ご…め………」
    苦しそうに、何度も同じ言葉を繰り返し口にしているように見える。
    「………ん…っ」
    最後の呟きは、囁きとなって風の中へ消えていった。
    子猫もまた、その腕からするりと抜けてゆく。
    わたしの前を通り過ぎると、にゃーお、と甘えた声を出して、すぐ近くで立ち止まった。
    ふわふわの巻き毛を緩やかになびかせた上級生。
    面倒見が良いだとか、優しい上に美人だとか、クラスメートの話の種にされているので耳にした事もしばしばあったこの人がすぐそこに立っていた。
    足元で自身の体を擦り寄せて甘えた声を出す子猫を優しく抱き上げ、目を細めて笑う。
    彼女もまた、指先で子猫の喉元を優しく撫でた。
    ごろごろと、子猫は気持ちよさそうな声を出す。
    「あなたは素直だね…」
    ふふふと微笑んで呟いた。
    それはどこか寂しそうで。
    またぽつり、誰にともなく呟きを落とす。
    「人間は面倒臭いから」
    やっぱり子猫はごろごろと喉を鳴らしていて。
    「素直なのが一番だよね?私も…あいつも」
    もう一度漏らしたその時、風に消えた囁きがどこからともなく届けられた。
    その囁きは風に乗り、空気を淡く染めてゆく。

    ─ごめん。

    風はわたしの横を通り抜け、彼女の長いウェーブの髪を撫でていった。
    「……ばかだなぁ。素直じゃないんだから…」
    どこか可笑しそうに呟くその声には日溜まりのような暖かさが含まれていた。
    「でも、あいつらしいよね?」
    足元に優しく子猫を下ろすと、柔らかな微笑みを子猫に向けた。
    あぁ、さっきのあの人の仕草はこの人によく似ているんだ、今更ながらにそう気付く。
    穏やかな瞳も。
    柔らかな笑顔も。
    雰囲気が変わったと思わせたあの違和感は、あながち気のせいなんかじゃないのだろう。
    彼女はもう一度子猫の頭を撫でると、わたしの前を歩いていった。
    「かーわせっ、昼休み終わっちゃうよ?」
    温かなトーンで木の下に座り込んだ彼の人に声を掛ける。
    名前を呼ばれた本人はバツが悪そうに顔を上げた。
    二、三、言葉を交わして、緩やかな髪の彼女は終始ふわふわと微笑んでいる。
    むすっとしていた彼の人も、つられるようにふっと笑みを浮かべた。
    半年間でこうも印象が変わるものかなぁ、と何度目かのあくびを噛み殺していると、二人連れ立って中庭を後にした。
    もうそろそろチャイムの音が鳴り響く事だろう。
    甘える相手がわたしだけとなり、ようやく構ってもらいにやって来た子猫の頭を一度だけ撫でて、わたしはベンチから立ち上がった。
    その場で大きく背伸びをして。
    目を閉じて、風を感じる。
    目付きが悪いとしか思っていなかったその瞳は、けれど、とてもとても綺麗だった。


    たまにはこんな日もいい。
    こんな日があってもいい。




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