ビアンエッセイ♪

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■21651 / 親階層)  深海 1
□投稿者/ kuro* 一般♪(1回)-(2012/09/28(Fri) 17:47:17)





    去年同様、多くの被害者を出した猛暑がようやく終わり、秋がやって来た。
    風が冷たくなり、気温も下がって、随分と過ごしやすい季節になった。
    しかしこの時期になると台風が多くなるのも恒例のことで、今年も例外ではなく。
    ここ最近の天気予報では、現在上陸するおそれがある台風の話でもちきりだ。
    それを知った学生達が台風による休校を切に願うのも、毎年見られる光景である。
    その全国共通の光景は、ここ、私立天草学院でも見られるわけで―――――










    「ねえ、今朝の天気予報見た?ますます台風が近付いてるんだって!」



    「見た見た!来週から再来週辺りが危ないんでしょ?休校にならないかなー」



    「上手くいけば休校になりそうだけど・・・・どうなんだろうねー?」




    朝から教室は台風の話で賑わっており、まるで蜂の巣をつついたような騒ぎだ。
    おはよう、という挨拶の次には、誰もが台風の話題を持ち出しているせいだろう。
    しかも今回の台風は小さくはないようで、上陸すれば休校は確実なものとなる。
    寮暮らしをしている生徒達と言えども、やはり休校となれば嬉しいらしい。
    学年もクラスも関係なく台風へ興味を示し、休校への期待をせずにはいられない。




    高等部2年の雨月薫もまた、クラスメイト達と朝から台風の話をしている最中だ。
    しかし彼女は内心台風による休校も期待していなければ、台風への関心もない。
    彼女の性格上、自分から強い関心を示すような事柄や人物なんて、希少なものだ。




    戸籍上、生物学上ではれっきとした女性だが、女性にも男性にも見える薫。
    そんな薫に一方的に恋心を抱いたり、ファンになったりする女子生徒もいる。
    天草学院が女子校で、身近に一切男性の存在がないのも原因の1つだろう。
    休憩時間や放課後に告白されたり、周りを囲まれたりすることはざらだ。
    しかし、当の薫は誰を特別扱いするわけでもなく、特に恋人もいないようだ。
    その癖相手がときめくような台詞を言ったりするものだから、余計に人気が出る。
    今では天草学院のシンボル的存在とまで言われるような存在になってしまった。




    そんな天草学院のシンボル的存在兼王子様は、女子の輪の中から逃げ出した。
    確かに女の子達は可愛いと思うし、嫌いだとは思わない、寧ろ好きな部類に入る。
    しかし寮から校舎に行く途中からずっとまとわりつかれては、流石に疲れる。
    行き先を曖昧に誤魔化して教室から逃げ出した薫は、深い溜め息を吐いた。




    「はぁ・・・・今日は早く来すぎちゃったからなあ・・・・」




    朝礼が始まるのは8時50分、現在の時刻は8時15分、かなり時間がある。
    今日は普段よりも早く起きてしまい、普段より早く校舎の方にやって来た。
    あっという間に囲まれてしまうのはいつものことで慣れてはいるが、疲れる。




    (今は1人でどこか静かな場所で、ゆっくりと時間を過ごしたい・・・・。)




    周りからの熱い視線や呼びかけをかわし、静かで人がいない場所を探し歩く。
    図書室は受験生である高等部3年生の先輩方が勉強をしているだろう。
    保健室に行くと、もしその姿を見られたら、後から面倒臭いことになる。
    空き教室はきっちりと鍵が閉められて、その鍵は事務室に置いてある。
    生徒達が続々と寮から校舎の方へ移動してくる中、発見は難しそうだった。










    〜〜〜〜〜♪




    薫が4階に来た時、誰かが弾いているのであろうピアノの音色が聞こえてきた。
    その音色は、澄み切っていて透き通るような、綺麗で優しい音色だった。
    ピアノが弾ける人は数多くいるが、ここまで綺麗な音を出す人は知らない。
    薫はその音色に導かれるように、4階の1番奥にある音楽室へと歩いて行った。




    音楽室のドアを音をたてないように気を付けて開けると、1人の生徒がいた。
    緩くウエーブがかかった肩ぐらいまでの髪を風で揺らしながら演奏する姿。
    彼女は薫と同じ高等部2年の生徒で、彼女の名前は確か―――――




    「・・・・あら?」




    彼女が入口の所に立っている薫に気付き、演奏していた手を止めてしまった。
    ぼーっと彼女を見ていたらしい薫ははっとして我に返り、視線を合わせた。
    そう、確か、彼女の名前は、和宮乙葉・・・・実家は大企業というお嬢様だ。
    彼女も薫と同じく、この学院のシンボルのように扱われている人気者だ。
    前に同じクラスの生徒が彼女のことを話していたのを、小耳に挟んだ記憶がある。




    「貴女は確か・・・・雨月さんではなくって?」




    ふわり、と微笑んだ乙葉の声は、これぞ鈴を転がすような声、という感じだ。
    女性らしく可愛らしい、ピアノの音色と同じ澄んだ声で、話しかけてきた。
    乙葉はピアノの蓋を下ろして閉じると、立ちあがって薫の方へと歩み寄った。
    身長は薫が170センチを超えるせいもあるが、10センチぐらい低い。
    下から見上げるようにして視線を合わされ、乙葉の目に薫の顔が映る。




    (あ、この子、髪もだけど、目も色素薄い・・・・茶色っぽい、)




    「・・・・?雨月さんではなかったかしら?」




    薫が自分をしっかりと見つめたまま何も言わないので、乙葉が軽く首を傾げる。
    それに合わせて髪がさらりと左側に流れ、微かにシャンプーの匂いがした。




    「ああ、ごめんね。・・・・そう、僕は雨月。雨月薫。君は?」



    「私は和宮乙葉。貴女と同じ学年なんだけれど・・・・ご存じなかった?」



    「クラスの子が話しているのを聞いたことがあってね、名前だけは知ってたよ」



    「まあ、有名な雨月さんに知って頂けていたなんて・・・・光栄なことね」




    くすくすと笑う乙葉は、流石薫と同じぐらいの人気を集めるだけのことはある。
    綺麗な声に柔らかい口調、女性らしく美しい容姿に、優雅で上品な動作・・・・。
    口調や動作はお嬢様だからなのかもしれないが、それでもどこか心が惹かれる。




    「私のクラスの生徒達も、よく貴女について話しているのよ?人気者ね」



    「君だってかなりの人気があるそうじゃないか」



    「でも貴女は私の名前しか知っていて下さらなかったのね」



    「それは・・・・・ごめん」



    「別に気にしていないわ?寧ろ少し心が楽よ、先入観がなくて」




    私も貴女のことは名前しか知らないからおあいこね、などと笑いながら言う乙葉。
    乙葉もまた、実際に近くで人気者の薫を見て、噂に違わぬ人物だと思っていた。
    イギリス人の祖母の血を受け継いだふわふわとした金髪に、薄い青色の目。
    顔立ちも髪型も背格好も、街中を歩く男女を片っ端から圧倒しそうなほどだ。




    「実はちょっと静かな場所で過ごしたくてね。僕もここにいても構わないかな?」



    「ええ、いいわよ。お好きなだけどうぞ」



    「それともう1つ・・・・君のピアノ、もっと聴きたいな」



    「あら、お気に召して頂けたのかしら?」



    「うん、とても綺麗な音色だったよ」



    「ふふっ、じゃあ弾かせて頂くわね」




    薫は1番前の机の上に座り、乙葉はピアノの蓋を開くと、再び演奏をし始めた。
    綺麗なピアノの音色が流れる中、2人はゆったりとした時間を楽しんだ。
    そして時計の針が8時40分を過ぎた頃、その時間は遂に終わりを告げた。




    「ありがとう、楽しい時間だったよ。久しぶりに落ち着けた」



    「それは何よりだわ。また機会があったらお会いしましょう」



    「君はいつもこの時間にここに来るの?」



    「ええ、ピアノを弾くのが好きなの。毎朝8時ぐらいからここにいるわ」



    「じゃあ・・・・これからは毎日ここに来てもいいかな」



    「断る理由なんてないわ、勿論大歓迎よ」




    乙葉を教室まで送り届ける最中、薫は初めて心が安らいだ気がした。
    それは乙葉も同じで、薫と一緒にいても、全く苦にならない気がしていた。
    今までは自分のことを知っていて近付いてくる人ばかりで、対等ではなかった。
    だけど乙葉も薫もお互いのことは名前しか知らず、話していても対等だ。




    2人はこの学院内で、初めて自分と対等に渡り合ってくれる相手を見つけた。




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