| 私にとって恋とは、絶対的な憧れだった。
理想に忠実な人物像を探し求めているわけではない。 だからもちろん、好きになれないところもある。 ただ、どうしても気がつけば目で追ってしまう。 側に居ると妙に気にかけてしまう。 その人の言うことは何故か素直にきいてしまう。 そんなことの繰り返しで私はようやく気づいたんだ。 ああ、これは恋なんだって。 …一目惚れなんてありえないと思っていたのに。
それは、桜の蕾が少しずつ開きはじめた四月のことだった。 ハアッハアッハアッ… 今年から高校生になる澤崎和沙は、とても焦っていた。 入学式があるというのにあわや遅刻しそうだったからだ。 だが別に、寝坊したとか電車を乗り過ごしてしまったとか そういう失態のせいではない。 和沙は自分が入学する学校の広さを読み違えていた。
地方都市の郊外にある百合園女子中学高等学校は、 中高一貫性の私立女子校で、いわゆる金持ちのご令嬢が通うお嬢様学校。 平成になって出来たわりと新しい学校だが、 すでに有名大学に何人も卒業生を輩出している進学校である。 お嬢様学校でありながらも独自のカリキュラムを導入して、 文武両道を重んじ、現代で活躍する女性の育成に力を入れている。 新鋭産業の経営者だけでなく、噂を聞きつけた老舗大企業の社長までが 娘をこぞって入れたがる、名門校だった。
和沙はここに特待生として入学する。 百合園女子高では、特別入試で選抜された若干名の優秀な学生に、 入学金を含めた学費免除という特例措置をもうけている。 ごく普通の一般家庭で生まれ育った和沙が入学できたのも そういう理由によるものだ。 しかし、いくら特待生とはいえ初日から遅刻というのはまずい。 加えて和沙は入学式で新入生代表挨拶を担当することになっていた。
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