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■19329 / ResNo.20)  第一章 さくらいろ (14)
  
□投稿者/ 琉 一般♪(18回)-(2007/06/25(Mon) 07:00:57)
    「今日は風が強いようだから、制服のスカートには気をつけるのよ」

    出かける前に、和沙の母は確かにそう言っていた。
    しかし、和沙がそのことを思い出したのは、もう帰宅した後だった。

    うぅ…なんで今日に限ってあんな柄…

    高校生にもなって、母親が買ってきた服や下着ばかり着ている和沙も和沙だが、
    これまで勉強漬けだった人生では仕方がない。
    けれど、さすがに今どきの女子高生で子供用のマスコットやキャラクターが
    プリントされた下着を愛用している人は少数だということは和沙も認識していた。
    だが、今回はあまりにも相手が悪かった。
    真澄は…今朝和沙と鉢合わせした時にでも偶然目に入ったのかもしれない。
    おそらく、彼女の性格からこの弱みにつけこんでくるだろうことは
    充分に想像できる。

    疲れた…

    和沙は今日一日がとても長く感じられた。
    本来なら入学式が終わったらさっさと帰るつもりだったから、
    そんなに疲れるはずはないのだが。
    気分的には体育祭やマラソン大会などでも終わったかのような
    倦怠感でいっぱいだった。

    和沙は、明日の準備をしてから今夜はもう早めに寝ることにした。
    鞄の中身を整理しているうちに、
    学年カラーについての説明用紙が目に飛びこんできた。
    どうやら二年生が紺で、三年生が黒だったらしい。
    「あ」
    注記とされているので危うく見落としてしまいそうだったが、
    それは下の方に確かに小さく記されていた。
    『なお、生徒会役員はこれとは別に白色を着用する。
    生徒会役員候補生に選抜された者も同様である』
    今朝には知らなかったが故の悲劇。

    なんだって、昨日確認しなかったのか…

    真澄が生徒会関係者だって知っていたら…あまり関わりたくないから、
    少なくともあのような行動はとらなかったはずなのに

    なんだって、今朝道を間違えたのか…

    入試の際には、他にも志願者が居たため送迎車で校内に入ったが、
    その窓から確認しておけば闇雲に迷うこともなかったのに
    和沙の心には、後からあとから後悔の念が押しよせてくる。

    とにかく…今日はもう寝よう

    布団の中に入っても、和沙の胸の内が晴れることはなかった。
    しばらくは、悶々と今日あった出来事を回想していた。
    ふと、目に映るのは…明日着ていく予定の下着。

    ハア…

    思わぬアクシデントもかさなり、
    口からこぼれるため息はより一層深いものになった。
    和沙は重苦しいため息を数回ついた後、
    今度からは自分で買い物に行こうと決意した。
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■19331 / ResNo.21)  第一章 さくらいろ (15)
□投稿者/ 琉 一般♪(19回)-(2007/06/25(Mon) 09:15:04)
    翌日、登校した和沙を待ち受けていたのは、
    同級生からの真相の追究だった。
    昨日の放課後、教室に残っていたクラスメイトには
    見られていたから、そこから一気に伝わったのだろう。
    「どうなっているの?澤崎さん」
    挨拶もなしに顔を見るやいなやこの質問である。
    「どうって…別に何も…」
    どうなっているかなんて、和沙にだってうまく説明できない。
    昨日は、訳も分からず生徒会室に引きずりこまれたので、
    和沙はどちらかというと被害者の立場なのだが。
    「だって、生徒会長が直々にお迎えにあがるなんて…」
    そう言いながら、一同はみな顔を赤く染める。

    あのう、もしもし?
    …だめだ。イッちゃってるよ、この人たち。

    「そ、そんなにすごい人なの…?」
    和沙の口からは思わずそんな言葉がこぼれたが、
    それは逆に、火に油を注ぐ結果になってしまったらしい。
    「すごいなんてもんじゃないわ!
    今年度の生徒会長、高柳真澄先輩といえば…
    お父様はお医者さまでありながら、医療系メーカー産業の
    トップシェアを誇る大企業経営者でいらっしゃるの。
    その高柳家のご令嬢でありながら、品行方正、博学多才、
    スポーツ万能、それに加えてあの美貌!
    あの方は全校生徒の憧れですわ」
    息継ぎしないで、こんなに長い説明をよく言えるものだと感心する。
    でもやっぱり、興奮しすぎて息を荒げていた。

    しかしねぇ…さらに性格極悪という肩書きもあるんだけど…

    こればかりは『知らぬが仏』である。
    和沙だってできれば知りたくなかった。
    しかし、昨日の一件だけでこの調子だと、
    あったことを馬鹿正直に話したらどんな目に遭うのか。
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■19332 / ResNo.22)  第一章 さくらいろ (16)
□投稿者/ 琉 一般♪(20回)-(2007/06/25(Mon) 14:16:19)
    「今年の生徒会候補生は、どなたが選ばれるのかしら?」
    クラスメイトは、早くも違う話題に夢中だ。
    これでやっとひと安心…とも言っていられない話題である。
    『生徒会役員候補生』

    嫌な響きだ…

    昨日の放課後、まさに指名された自分。
    いや、指名というより実際は押し付けもとい強制に近いが。
    「噂では、今年は五月の選抜会はやらないそうよ」
    「まあ!私、来月はぜひとも立候補するつもりでいましたのに…」
    「あら、私だって…」
    彼女たちは心底残念そうな顔をしている。
    確かに、斎の話だと来月まで待っている余裕がないのは本当らしい。
    また、彼女の説明によると百合園高校生徒会というのは、
    学校の創立当初から学園の中枢母体に位置づけられ、
    役員に就任することはこの上ない名誉なことだという。
    生徒会の歴代役員だけが参加できる同窓会も開催され、
    まだ歴史の浅い学校ということもあってか、
    輝かしい実績を持つOGとの交流も盛んなのだそうだ。
    生徒会役員はもちろん全校生徒の投票により決定されるが、
    前年度の候補生は抜群の知名度と豊富な経験から、
    立候補すればほぼ確実に当選できるようだ。
    だから、クラスメイトが悔しがっているのも
    単に今年の生徒会役員に憧れているだけではなくて、
    そういう利点も含まれる。

    「でね、前評判では一年生では澤崎さんが有力らしいわ」
    自分の名前が出た途端に、和沙は一気に視線が向けられるのを感じた。

    うっ…

    どうやら、彼女たちの中でこの話題はまだ終わってなかったようだ。
    こうやって注目されることに慣れていない和沙は、
    さりげなくを装って教室の席から離れようとした。
    …が。
    「澤崎さん!」
    側に居た生徒に肩を掴まれる。
    「は…はい」
    反動で、思わず和沙は仰け反ってしまった。
    「ねぇ、もしかして候補生のお話を打診されて、もう了承なさったの?」
    それは、イエスであり、ノーであるから何とも返答しずらい。
    候補生に指名されたのは確かだが、まだ本当の意味で了解したつもりはない。
    だが、昨日の一件からもおそらく役員は
    もう決定したものだと解釈しているだろう。
    遅かれ早かれ、この話がクラスメイトに伝わるのは時間の問題なのかもしれない。
    「ええと…昨日はちょっとした用事で生徒会室にお呼ばれしただけで、
    そういう話は生徒会から正式発表があるまで他ではしないでほしい
    と言われまして、ここでの発言は控えさせていただきますわ」
    和沙は、こう答えるだけで精一杯だった。

    「今日はできるだけ教室には居ない方が良いかもしれない」
    小声でそっと伝えてくれた希実からの忠告は的得ている。
    昼休みになると、和沙はお弁当を持ってそそくさと教室を離れた。
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■19334 / ResNo.23)  第一章 さくらいろ (17)
□投稿者/ 琉 一般♪(21回)-(2007/06/25(Mon) 18:51:59)
    百合園高校には、普通でいうところの学食にあたる
    大きなカフェテリアがある。
    和洋中はもちろん、本格的なイタリアンからエスニック、
    有名店から直送される色とりどりのスイーツまでも充実していた。
    ただ、さすがはお嬢様学校。
    学食とはいえ、どれもかなりお値段が張る。
    学割されていても、平均して千円弱はかかってしまう。
    この学校に通う生徒なら普通はたいしたことのない金額だが、
    庶民生まれの和沙にしてみれば、高校生のうちから
    昼食にお札を払うほどの食事など考えられなかった。

    これだから、金持ちのオジョーサマは…

    百合園に進学を決意した時、ある程度のカルチャーショックは
    覚悟していたが、こういう歴然とした差を見せつけられると
    つい皮肉めいてしまう。
    つくづく場違いな学校に入学した、と思う。
    普通のサラリーマンの父に、専業主婦の母。
    ごく一般的な家庭に生まれ育った和沙が百合園に合格した時、
    両親は馴染めるかとても心配していた。
    来年には、百合園女子大学が設立される。
    このまま特待生選抜の成績を維持できたら、
    自分はまたも学費免除の優先入学を決めることができる。
    和沙の将来の夢を実現するためには、その入学が不可欠だった。
    だからこそ、高校生活などたかが三年間。
    そう思わずしてはやっていけないのであった。

    意気込んだところで和沙は我に返り、
    校舎からは随分と離れたところまで来てしまったことに気づいた。
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■19335 / ResNo.24)  第一章 さくらいろ (18)
□投稿者/ 琉 一般♪(22回)-(2007/06/25(Mon) 23:35:06)
    この場所は大庭園の敷地のようである。
    薔薇の香りが辺りに広がるから、小庭園が近いのかもしれない。

    やがて視界が開けると一つの温室が見えてきた。
    規模からするとそこまでバカみたいに巨大ではないが、
    それでも真新しくて洗練された温室であることが見て取れる。
    中に入ると、水のせせらぎと小鳥のさえずりが聞こえてきた。

    ここは…?

    小川状になって流れている水は、この温室の至るところで目撃した。
    アメリカンブルーにマリーゴールド、そしてパンジーに胡蝶蘭。
    高いヤシの木や大きな蔦は眼を見張るものがある。
    ここだけで植物園のテーマパークと化していた。
    どうやら滝のような音は噴水から聞こえていたらしい。
    中央の円状広間には、小さな噴水と反対側につながる
    唯一の通路を取り囲んで一面にびっしりと百合の花が咲いていた。
    いったい何本くらいあるのか。
    等間隔で植えられた百合はどれも綺麗に花開かせている。

    「誰…?」

    和沙がしばらく百合に見とれていると、奥の方から声がした。
    振り向くと、そこには一人の生徒が立っていた。
    よく見るとその人は紺色の体育着を着ていた。
    体育着のカラーはそのまま学年カラーであるから、
    どうやら二年生らしい。
    彼女の声色から、ここは立入禁止の区域で自分は
    入ってはいけなかったのか、と和沙は不安になった。
    「あ、ごめんなさい。今、出ます」
    「あら、どうして?澤崎さんよね?
    後姿が見かけない人だったものだから声をかけただけよ」
    そう言って呼び止めたその人はにこやかに微笑んだ。

    あ、なんか可愛い…

    上級生と思しき人に対して失礼かもしれないけど、
    やわらかい雰囲気からそんな印象を受けた。
    和沙よりちょっと背が高くてベビーフェイスのその人は、
    反対側のテーブルと椅子が置かれているスペースへと案内した。
    お腹が空いていたこともあり、
    二人はそこでお弁当を広げて昼食にすることにした。

    温室には簡易キッチンも設置されているようで、
    飲み物は温かい日本茶をご馳走になった。
    話をして、彼女はさっきの時間が体育だったので
    着替えずにそのまま来たのだと語った。
    「だから終わったら素早く着替えなきゃ」
    そう言って彼女はカラカラ笑う。

    百合園にもこんな先輩が居るんだ…
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■19338 / ResNo.25)  第一章 さくらいろ (19)
□投稿者/ 琉 一般♪(23回)-(2007/06/26(Tue) 10:04:47)
    他愛ない話をして場の空気が和んできた頃に、
    彼女は唐突な質問をした。
    「私のこと、覚えていない?」
    「へ?」
    何の脈絡もない質問に、和沙は少々面食らった。

    覚えているも何も、彼女とは今日が初対面…ではないのか?

    そんな和沙の態度にがっかりした様子の彼女は、
    お茶が入ったポットを持って席を立った。
    向こうは和沙のことを知っているらしい。
    しかし、いくら思い出そうとしても、
    ヒントが百合園高校の二年生ということだけでは限界がある。

    昨日、自分にコサージュをつけてくれた先輩とは違うし…

    「お茶のおかわりをどうぞ」
    差し出されたお茶を見て、和沙はふと昨日の放課後を思い出した。

    そういえば、生徒会室でお茶を出してくれた人はこんな感じだったような…

    「ああっ!」
    「思い出した?」
    満足そうに微笑み、彼女は嬉しそうな声をあげた。

    そうだった…

    和沙は昨日、一応紹介されていたのだ。
    彼女は二年A組の欅谷杏奈先輩。
    生徒会の書記を務めている。
    昨日は眼鏡をかけていて、黒くて長い髪は三編みにしていたから
    すぐには思い出せなかったのだ。
    それにしても、杏奈は昨日とは随分印象が違う。
    今日は眼鏡も三編みもしていなくて、
    美しいロングヘアがさらさらと揺れている。
    おまけに生徒会役員も通常の学年カラーの体育着を着用するため、
    なおのこと特定しにくい。
    一見しただけでは同じ人物だとは分からないはずだ。

    「それにしても…和沙ちゃんは私のことを忘れていたのね」
    残念そうに言う杏奈を見ていると、
    和沙はだんだん申し訳なくなってきた。
    「すみません…」
    「ふふっ。でも、良いのよ。
    私も面白がってよく髪型を変えるのだから」
    悪戯な笑みを浮かべている杏奈は、やっぱりすごく可愛かった。
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■19339 / ResNo.26)  第一章 さくらいろ (20)
□投稿者/ 琉 一般♪(24回)-(2007/06/26(Tue) 13:36:05)
    「欅谷先輩は、栽培委員なんですか?」
    「え?」
    「だって、ここって…」
    和沙の質問にきょとんとしていた杏奈は、
    やがて意図を汲みとってくれたらしく説明を始めた。
    「この温室のことについて知りたいのね?
    ここは…確かに栽培委員会が手入れをしている場所だけれど、
    高柳会長が委員長でもあることから生徒会もお手伝いをしているの。
    とはいっても、我々はこうやって昼休みのお目付け役程度でしかないけど。
    貴重な動植物が多いこともあって、温室から半径百メートルを含めて
    関係者以外は出入り禁止になってはいるけど、
    申請すれば生徒は誰でも入室して鑑賞ができるわ」
    「…そうなんですか」
    温室のことはもちろんだが、真澄が栽培委員だということも
    和沙には初めて耳にする情報だった。
    「これが、大庭園の見取図よ」
    杏奈はそう言って、テーブルの小さなひきだしから
    薄っぺらな紙を取り出した。
    どうやらそれは校内の地図らしい。

    うわ…

    「大きい…ですね」
    「でしょう?外部受験生にとってはまさに密林よね。
    私も去年、百合園高校へ入学したばかりの頃はよく迷ったわ」

    …あれ?

    「あの…欅谷先輩は百合園中学のご出身ではないのですか?」
    「え?」
    和沙は、生徒会役員はみな中学から百合園に通っている
    由緒正しいお嬢様だけで構成されているものなのだと
    ずっと思い込んでいた。
    だって一応…学校の代表なのだから。
    でも、どうやらそれは違うらしいことがこの後の杏奈の話で判明した。
    「うちは両親が公務員だけど…いたって普通の家庭よ。
    だから、和沙ちゃんと同じ特待生として入学したの。
    まあ…まさか自分が生徒会役員候補生に選ばれるなんて
    思ってもみなかったけれど、やってみると
    案外楽しくて今では良かったと思っているのよ」
    和風美人の容貌からするといかにもお嬢様らしいのに、
    意外と自分と似た境遇であることを知って、和沙は嬉しくなった。
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■19341 / ResNo.27)  第一章 さくらいろ (21)
□投稿者/ 琉 一般♪(25回)-(2007/06/27(Wed) 09:16:38)
    「ほら、見て。ここが…この温室よ」
    杏奈が指差したのは、地図の真ん中だった。
    なるほど、ここは通称『三角通り』の内側であり、
    大庭園のほぼ中央に位置していることが分かる。
    温室を囲うようにして三方に小庭園が置かれていて、
    それらをさらに木々が覆っている。
    どうりで森みたいに見えたはずだ。
    三角通りにはそれぞれに二本の分かれ道があって、
    一本は温室へ、もう一本は校舎へと続いている。
    イチョウ通りだけは大学キャンパスが建設中に伴い、
    今は行き止まりになっているようだ。
    校舎側へと続く通路は、しばらく進むとさらに校門や駐車場、
    運動場やテニスコートなどへつながる複雑な分岐点になっていた。

    「このエリアは生徒会専用の区域なの」
    杏奈が弧を描くように示す先には、桜通りから少し温室側に
    外れたところにあるトラック一周分ほどの場所があった。
    殺伐として見えるが、中には桜木とベンチが発見できた。

    ここって…

    和沙は、もしかしたら入学式に自分が迷った場所
    かもしれないことを悟った。
    「生徒会…専用ですか」
    「うん、そう。ここは一般生徒も原則として立入禁止になっているわ」

    マズイ…

    冷や汗が出るような感覚というのはこういうことをいうのか。
    和沙の脳裏には瞬時にあの朝のことが蘇ってきた。
    確かあの時…真澄は「ここでは」携帯電話をマナーモードにしろ、
    と言っていた。
    それは、紛れもなくあの場所が生徒会専用の場所であった証拠ではないか。
    可能性では済まされないほど高確率で自分が犯したミスに、
    和沙は今さらながら気づいた。
引用返信/返信 削除キー/
■19362 / ResNo.28)  第一章 さくらいろ (22)
□投稿者/ 琉 一般♪(26回)-(2007/06/29(Fri) 00:29:06)
    「そう。そんなことがあったの…」
    一通り説明を聞いた杏奈は、笑ってそう答えた。
    同時に、和沙の真澄に対する刺々しい態度のワケが分かったらしい。
    こちらとしては、笑い事ではないのだが。

    「でも…そういえば高柳会長は随分と早い時間に
    登校しているって話よ」
    「あの時は本当にびっくりしましたけど…
    結果的に先輩が居てくださったおかげで助かりました」
    「まさか、体育館まで案内してくれた人が
    生徒会長だとは思わなかったんだ?」
    クスッと笑いながら、杏奈が訊ねてくる。
    「…はい。恥ずかしながら」
    返事をしながら、和沙は自分の頬が紅潮するのを感じた。
    でも、あの状況で生徒会長かどうか判別するのは、
    内部生でもなければかなり難しいはずだ。

    「大丈夫よ。真澄先輩は、そんなことで怒ったりしないわ」
    片目を閉じて、杏奈はこちらを見つめてくる。
    「だけど…」
    それでも、と和沙が続けようとすると、再び杏奈がそれを遮った。
    「おそらく、和沙ちゃんと出会ってからだと思うけど…
    真澄先輩は笑うことが多くなってね。
    あなたと一緒に過ごす時間が楽しいのよ、きっと」
    そりゃ楽しいだろう。
    いじりがいがあるおもちゃ、程度にしか考えてないはずだ。
    恨めしそうな口調で和沙が小さく反論すると、
    杏奈はそうじゃない、とだけ告げた。
    「まだ、気づいてないのね。あなたも真澄先輩も」
    最後にその呟きだけが、和沙の耳に入ってきた。

    昼休みも半分を過ぎると、そろそろ戻った方が良いと杏奈が促す。
    時間が過ぎるのは早いもので、昼休みはあっという間だった。
    「今日の放課後も必ず来てね」
    杏奈は、和沙に念押しておくことも忘れていなかった。
引用返信/返信 削除キー/
■19363 / ResNo.29)  第一章 さくらいろ (23)
□投稿者/ 琉 一般♪(27回)-(2007/06/29(Fri) 01:09:33)
    午後の授業は化学と日本史だった。
    どちら授業もまだ一回目ということで、
    教師の挨拶と授業の進行についての説明、
    各自の自己紹介などで終わってしまった。
    退屈が嫌いな希実は、自分の番を済ませると、
    さっさと夢の中へとトリップしてしまった。
    希実には内職の才能があるかもしれない。
    まあ、何回もクラスメイトの自己紹介を聞いても仕方ないのだが。
    和沙はいつもの優等生ぶりで淡々と授業をやり過ごし、
    気づけばもう放課後になっていた。

    昨日のこともあるため、和沙はさっさと帰りたかったのだが、
    クラスメイトがそうさせてはくれなかった。
    「澤崎さん、今日は生徒会の会合があるのでしょう?」
    彼女は今朝も声をかけてきた…確か西嶋さんといったはずだ。
    西嶋さんは自他共に認める生徒会役員のファンだ。
    特に二階堂先輩が好きらしい。
    自己紹介で言っていた。
    和沙は最初、新参者の自分が生徒会に出入りしているのが
    気に喰わないので文句でも言いに来たのかと思っていた。
    ところが、西嶋さんの真意は違ったようだ。
    「先ほど、生徒会の欅谷先輩が放課後に来るよう
    申しつけていらしたわよね」
    そうだ。
    杏奈は生徒の往来が激しい連絡通路で話をしていた。
    いつ、同級生に見られていてもおかしくない。
    たぶん、彼女はそれすらも狙ってあの場で言ったのだ。

    確信犯だ…

    和沙はやられた、と思った。
    さすがの和沙も、上級生の誘いを無視して帰る勇気はない。
    ましてこの状況においては、すぐにでも複数のクラスメイトたちに
    生徒会室へ連行されそうな雰囲気だった。
    西嶋さんは、和沙が逃げないよう牽制したかったのだ。
    そして杏奈は、最初からそうなることを意図していたのだ。
引用返信/返信 削除キー/

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