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■13670 / 1階層)  ─不器用な子供たち。《side A 》
□投稿者/ 秋 一般♪(5回)-(2006/02/16(Thu) 15:34:46)
    冬の寒さが体の芯まで堪える、一月も半ば。
    この日。
    授業中だというのに慌てた様子の担任が教室に飛び込んできて、笹木を廊下へと手招いた。
    そっと、担任は笹木に耳打ちする。
    その瞬間─笹木の顔が青冷めて、普段の彼女らしからぬ足音を立てながら廊下を駆けて行った。
    そんな様子を、私達クラスメートはきょとんとした顔をして見送っていたんだ。
    すぐさまそのざわめきは授業の担当教師によって静められてしまったけれど。
    …数学なんかよりも。
    あんな悲痛な表情をした笹木の方が、よっぽど気掛かりだった。
    結局笹木は、荷物もそのままに教室へは戻って来なかったから。



    その日の放課後、寮に帰ってからようやく事の真相を知る。
    どうやら笹木の祖母が倒れたらしい。
    急を要する為、笹木は学校まで迎えに来た両親の車に乗り込み、そのまま祖母の元へ向かったと言う。
    だからしばらく寮には戻って来ない、そう寮監の先生に聞かされた。
    その間の代打寮長を、私と川瀬で代わる代わる引き受ける事になって。
    夜の見廻りをしながら、おばあちゃん子の笹木の事だ、容態が落ち着くまでは学校休むだろうな、大した事ないといいんだけど、そんな事を考えた。
    夜の廊下を一人歩く笹木は、いつも何を想っただろう。

    ─その日の深夜、笹木の祖母は息を引き取った。



    告別式や心身を立て直すのに費やしているのだろう、笹木が休み続けて十日が過ぎようとしていた。
    彼女の居ない教室はどことなくぎこちなくて。
    笹木の笑顔がここの空気を緩和していたのだと、改めて気付かされた。
    「笹木大丈夫かなー。もう一週間以上経つし」
    昼食用のメロンパンをかじりながら皐月が言った。
    「向こうから連絡ないからさ、こっちからもメールしづらいじゃん?」
    ねぇ?そう言う皐月に、パックのレモンティーを啜って私も頷いた。
    どうしてるのかなぁ、陽子や弥生も心配そうに口にする。
    川瀬だけは何を考えているのかわからないいつもの仏頂面で黙々と弁当を頬張っていたので、私は横目でじろりと睨み、ふんと鼻を鳴らした。
    …本当に、笹木はどうしているのだろう。
    レモンティーをまた一口、ずずっと啜る。
    椅子の背にもたれ、うーんと大きく伸びをしてみた。
    と─

    「皆、久し振り」

    頭上から降り注ぐ柔らかな、声。
    その姿を確認しようと、がばっと振り返った。

    「笹木っ!」

    皆が一斉に振り返る。
    ふわふわと微笑む笹木がそこに居た。
    「十日くらい顔を見てないだけなのに、すごく懐かしい気持ちになるね」
    そう言ってまた微笑む。
    急速に、場が和む。
    もう平気なの?落ち着いた?
    そう口々に話し掛けるクラスメートに、笑って応えている。
    程なくして、私達の元へ寄ってきた。
    「笹木。もう…大丈夫?」
    恐る恐る尋ねる陽子に、
    「…ん。無事にお葬式は済んだし。それにね、おばあちゃん、最期は眠るように逝ったの。私がいつまでも悲しんでたら心配されちゃうでしょう?」
    そう言って笑う。
    「でも今こっちに戻ってきたんでしょ?今日くらい休んで、部屋でのんびりしてれば良かったのに」
    そう言う皐月にも、
    「んー…午後の授業には間に合いそうだったからそのまま来ちゃった」
    笑って返した。
    そしてこちらに目を向けると、
    「茜と川瀬が点呼やってくれてたんだって?ありがとう」
    ふわっと笑む。
    「今日から寮に帰るから、ちゃんと私が仕事するね」
    また、笑う。
    いつもの笹木の笑み─…じゃない。

    笹木はいつも、涙を見せない。
    振る舞うのは笑顔だけ。

    だけどそんな痛々しいあんたを、私は見てられないよ。

    何も言わない私の顔を、どうしたの?怪訝そうに覗き込む笹木。
    「…無理しなくていいよ」
    私はぽつりと呟いた。
    虚を突かれたのか一瞬笹木はきょとんとして、すぐさま体勢を立て直した。
    また、ふふっと苦笑する。
    「茜?何言ってるの?」
    そんなに無理矢理笑わなくていいのに。
    私は自身の腑甲斐なさに、奥歯をぎりっと噛み締めた。

    笹木の家は両親共働きで、朝も晩もあまり笹木と顔を合わす事はなかった。
    聞き分けの良い子供だった笹木は、それに対して何の文句も言わなかった。
    代わりに、近くに住む祖母が、笹木の面倒を見てくれていたから。笹木のおばあちゃん。言わば、育ての親だったんだ。
    いつも近くに居てくれたから、幼い笹木は寂しくなかった。
    支えだった、祖母は。
    その支えが折れてしまって、あんたがそんな風に笑っていられるはずがないだろう?

    「ばればれなんだよ」
    今度ははっきりと、強く告げた。
    「──…え?」
    笹木の目が思わずといった感じで、緩む。
    「高校からのあんたしか知らないけどね、そんなに浅い付き合いしてきたつもりはないよ」
    私は真っ直ぐに笹木を見つめる。
    「何で我慢しようとするんだ。無理しないでよ」
    せめて私達の前だけでは。
    そう続けようとした時、
    「無理なんか──…」
    口元に笑みを添えたまま、笹木の頬を涙が伝った。
    「…あれ?」
    自身の手の甲で頬を拭う笹木。
    「おかしいなぁ…何でだろ…?」
    自分でも戸惑っているのか、ごしごしと目元を擦るが、流れ始めた涙は止まらなかった。
    「───…っ」
    笹木から笑みが消え、彼女は声にならない嗚咽を漏らした。
    そして─
    「──ごめんっ…」
    一言呟き、教室を飛び出して行った。
    残された私達。
    陽子と弥生は事態が飲み込めずにぽかんとしていたが、慌てて笹木の後を追って教室から出て行った。
    皐月は事の成り行きを見届けるように、少しも動じずメロンパンをかじっていた。
    さて、と。
    彼女達では笹木の居場所を掴めないだろう。
    私はぼけっと突っ立っている川瀬のブレザーの襟をぐいっと掴んだ。
    背の高い彼女を、下から睨みつける。
    「何してんだよ。早く行け」
    川瀬は、はぁ?と私を上から見下ろした。

    本当に癪だ。
    何でこいつなんだ。
    …でも、仕方ないんだよなぁ。

    私は更に川瀬を睨みつけ、掴んだ胸倉を引き寄せた。
    「何でわかんないんだよ!ルームメイトだろ?!笹木だっていつも笑ってるわけじゃないんだっ。泣きたい時もあるんだよ!あんた、あいつの笑顔に救われてるくせに、その笹木を一人ぼっちで泣かせとく気っ?!」
    川瀬は、切れ長の瞳を微かに見開いた。
    「…部屋に籠もって啜り泣いてるよ、きっと。どうせあんた、授業なんか寝てんだから、出ても出なくても変わんないでしょ」
    言いながら、すっと川瀬のブレザーから手を離す。
    ぽん、と。
    小さく肩を押した。
    瞬間─
    「あたし、早退するから」
    言っといて、と。
    耳元に低い声が届いて、川瀬はゆっくりとその長い足を踏み出した。
    徐々に加速し、教室から駆け出していく。
    そして私は、大きく息を吐いた。
    自分から泣かせておいて…と、少し苦笑する。
    完全に教室のドアから消え去った川瀬の背中を見送り。
    口には出さないものの明らかに呆れ顔をしている皐月に気付かない振りをする。
    どうせいつものように「ばぁか」とでも言いたいんでしょう?
    何故自分で行かないのか、と。
    何故川瀬に行かせるのか、と。
    何が馬鹿なものか。
    今の笹木には川瀬だ。
    川瀬の方がいい。
    私ではなく。
    元気な時に更なる笑顔を振り撒くのが私なら、川瀬は笹木の微笑みを取り戻す。
    それを私は知っていた。
    こんなところで気が回る自分を少し恨めしく思いながら、けれど力不足は認めていたから。
    さぁ笑え。
    私がここまでお膳立てをしたんだ。
    次にあんたを見た時は、きっと笑顔でいるはずだよね?
    私も皆も、ここに居るから。

    だから、ねぇ…頼んだよ、川瀬。

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