ビアンエッセイ♪

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■14969 / 1階層)  ─portrait herself
□投稿者/ 秋 一般♪(9回)-(2006/06/12(Mon) 14:46:18)
    カシャッ─

    カシャッ─

    シャッターが切られる音。

    その瞬きほどの間に、すべてが刻み込まれる。

    堪らなく好きだ。









    「あれー、また来てたんですか三上先輩」
    がらがらと扉の音を立てて部室に入ってきた後輩は私を見るなりそう言った。
    「引退したらもう来ちゃいけませんかね」
    カメラをいじる手を休めずに、嫌味たっぷりに清水を見る。
    彼女はそれをものともせずに、
    「そんな事言ってないじゃないですか〜」
    からからと笑った。
    「ほら、この時期あんまり三年生見ないじゃないですか。自由登校だし」
    だから珍しくて、と笑う清水に毒気を抜かれ、この子はどこか憎めないなぁ、苦笑する。
    「卒業も近いからね。できるだけ多く残しときたくて」
    手中のカメラを撫でながら言った。
    「来週ですもんね、卒業式」
    ゆっくりと窓際に立つ私の横に並び、清水は窓のサッシに手を掛けた。

    ─カラ

    開け放たれた窓から三月の穏やかな風が鼻先をすり抜け、髪の毛先を弄ぶ。
    「なーんかすっかり春って感じですねぇ」
    のんびりとした清水の口調に、あぁもうすぐ自分はここからいなくなるのだ、どこか他人事のように思った。

    ま、いいんだけどね─

    高校三年間はそれなりに楽しいものだった。
    惜しむような名残りはない。
    しかしこう考える事自体が何だか物思わしげで、一週間後に控えた卒業を目前にして、やはり私も少しばかり感傷的になっているのかもしれない。
    思わず苦笑した。

    窓の外に目をやる。
    この一階に位置した教室はグラウンドに面していて、運動部の活気ある声がよく届く。
    ちょうどランニングから帰ってきたばかりの陸上部がストレッチを開始していた。
    そしてそれぞれに自身の競技種目の練習に散っていく。
    無意識に、カメラを構えた。
    記録を計るのだろう、トラックに短距離選手達が集まる。

    ─あ、いた。

    ファインダーを通して、屈託なく笑う姿が映る。
    その場で軽く伸びをしながら、近くの選手と笑い合っている。
    順番が来て、位置につくと。

    表情が、一変した。

    一点をじっと見つめて集中する、真剣な顔付き。
    スタートした瞬間に口の端を持ち上げる。
    走る事が楽しくて仕方がない、そんな顔。
    完成されたような走る姿。
    ゴールすると、ほっ、と息を吐いてようやく表情を緩める。
    好記録だったのだろうか、無防備に笑ってVサインをしていた。
    心底好きなんだろうな、走るのが。
    そして私はファインダー越しに、やっぱりフォームが綺麗、いつもそう思うのだ。

    「何見てんですか?」
    ひょいと清水が私の隣から窓の外を覗き込む。
    「あ、陸上部」
    うちの陸部強いんですよね、そんな清水の声にふうんと生返事。
    もう一度走らないかな、そう思いつつカメラを覗く。
    彼女がスタートラインに立った。
    「茜ちゃんだ。今から走るのかな」
    のんびりと清水が言った。
    「──…茜ちゃん?」
    カメラを構えたまま、尋ねると。
    「ほら、あの子。スタート地点に立ってる子。同じクラスなんです、氷野茜ちゃん。先輩知らないんですか?陸上部のエースですよ」
    すっごく早いんだから、そう言う清水に、
    「いや、知ってる。だけど名前は知らなかった」
    答える。
    「そりゃーさすがに見た事はありますよねー。体育祭大活躍だし、よく集会で表彰されてるし」
    得意げに清水は言うから、「あんたは何も関係ないでしょ…」呆れたように言ってやった。
    彼女が、走る。
    相変わらずの綺麗なフォームで。
    それを見届けてからゆっくりと窓から離れた。
    机に近付く。
    それに倣って清水もこちらへやって来て、
    「うわっ、何ですかこの大量の写真は」
    ぎょっとしたような声を上げた。
    「今日は昼前から来て、溜まってたフィルム一気に現像してたんだ。さすが部室。機材が揃ってていいわ」
    うきうきと笑う私に、
    「先輩は写真部が好きで部室に来るってより、写真が好きなんですよね…」
    清水は呆れた。

    写真が好き、か。
    正確には少し違うけれど。
    写真が好きな事とカメラが好きな事。
    その違いを説明するのはなかなか難しいし、私的なこだわりは単なる自己満足の領域だから、私は曖昧に笑ってみせただけで特に何も言わなかった。

    「さ、整理するよ」
    代わりにそう声を掛けると、「えぇ?私も?」とあからさまに清水は嫌そうな顔をした。
    私はにっこり笑って有無を言わさない。
    「うぇー…」
    言葉にならない抗議の声を上げる清水も、渋々と机の上の写真を手に取った。
    「部活中の写真が多いんですね」
    種類ごとに分ければいいんですか?と、清水はてきぱきと仕分けを始める。
    「そうねー。前は風景ばっかりだったけど。動きがある方が面白いでしょ」
    一瞬の躍動─
    その瞬間の表情、人の想い。
    それを私は収めたい。
    「わからなくもないです」
    清水はふふっと笑った。
    「私も風景撮るより人物撮る方が楽しいです」
    仕分ける手を動かしながら言う。
    「私の場合カメラの腕はまだまだだから、動いてる人間はぶれちゃうんですけどね」
    日々精進ですっ、笑う清水に、私もつられて笑った。
    他愛のないお喋りをしながら、作業は続く。
    しばらくして。
    ちゃっちゃっと手際良く写真を捌いていた清水の手が、ぴたり、と止まった。
    どうしたの?と清水の方を見る。
    「何か陸上部率が高くないですか?」
    「そう?」
    どれどれと写真を見ながら、ちょうど部室の目の前が陸上部の活動場所だからかな、思ってみる。
    特別深く考えずに作業に戻ると、清水は納得のいかない様子でじっと写真を見ていた。
    そして口を開く。
    「やっぱりそうですよー。陸上部率高しっ!特に茜ちゃんが多く写ってるような…」
    「あ、それはあるかも。何でだろ、ついついあの子目で追っちゃうのよねー」
    清水の見つめる写真の一枚を手に取った。
    走り出す直前の、ただ一ヵ所のみを目指す鋭い瞳。
    我ながらよく撮れていると思う。
    「フォームがすごく綺麗で、写真によく映えるんだよね、氷野さん」
    姿勢が凛としてて被写体として惹き付けられるの、写真を見ながら目を細めた。
    清水はちらりと窓の外に視線を向ける。
    私もグラウンドに目をやった。
    だいぶ陽が長くなったものだ、夕方のオレンジ色の空にわーわーと運動部の声が響いている。
    「さっきは撮りませんでしたね」
    ぽつりと、呟くように清水は言った。
    「うん?」
    「カメラ構えてたのに。見てたでしょ?茜ちゃん」
    清水を見ると、彼女もまた、私を見ていた。
    「んー…直前までは撮ろうと思ってるんだけどね」
    そっと写真をなぞった。
    そして両手の親指と人差し指とで四角を作って、フレームにしてみせる。
    「こう、カメラ構えるじゃない?それでファインダー覗くでしょ?氷野さん、すごく綺麗でね。ついつい撮るのも忘れて見入っちゃう」
    「そんな思春期の中学生みたいな事を…」
    清水は呆れたように肩をすくめた。
    そして、んん?とむず痒そうに唸った。
    「ってゆーか、それって思いっ切り──」
    言い掛けて、「やーめた」と口をつぐむ。
    「なに?最後まで言ってよ、気になるじゃない」
    問う私に、首を左右に振って。
    「先輩自身気付いてないみたいだから教えてあげません」
    よく考えればわかりますって、清水は悪戯っ子のように笑い、「後は自分で整理してくださいねー」写真を私に手渡して部室を後にした。


    何だかわからない私はひとり部室に取り残される。
    机の上の写真たち。
    言われてみるまで意識はしていなかったものの、確かに他の運動部に比べて陸上部を撮ったものが多い。
    中でも──


    静かに窓際へと立った。
    グラウンドの喧騒は尽きない。
    カメラを構える。


    マウンドに臨んでミットを睨むように見つめるソフトボール部員。

    ─カシャッ

    未だコートに立てずに隅っこで素振りをしているテニス部員。

    ─カシャッ

    今まさにコースに並び、スタートを切ろうとしている陸上部員を見つけて──

    ─彼女が走りを終えるまで、シャッターに掛かった指先は固まったまま動かなかった。


    見惚れるほどの綺麗なフォームが、眼に灼きついて離れない。






    ─もしかして…。
    いやいや、待て待て。
    それはないでしょ。
    でもそう考えると辻妻が合う。
    いや、だけど…。
    まさか─…






    ─氷野 茜

    先程知ったばかりの名前。
    口にするのは憚られ、胸中で遠慮がちに呟いてみる。
    ざわざわと、心臓がざわめいた。



    「…まいったな」
    へなへなと力無く床に座り込む。
    「卒業前に心を残したくなかったのに…」
    頭を抱えてうなだれる私の脳裏に、「わかりました?」にいっと意地悪な笑みを浮かべる清水が過ぎって、何だか無性に悔しかった。











    胸を奥まで締め付ける鈍い痛みと、
    じりじりと焦がれるような湧き上がる熱に、
    もしも名が付けられるなら─




    どうか、恋ではありませんように───……



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