| ――夜・PM22:00 ―
鈴虫の聞こえる窓辺に、アリサはぼんやりと視線を向けていた。 紗織が運んできた食事には手を付けず、ひたすらエリナの安否を祈っていた。
『…アリサ。辛くても食べないと…』
何時間も食物を口に運んでいないアリサを見兼ねて強引に食べさせようとする。 『いらないって言ってるでしょ!!』
紗織が持っていたトレーを払い除けた。食器は床に叩きつけられて料理は無残にも散らばった。
『………』 紗織は無言で散らばったものを片付ける。 アリサの瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。
『紗織…ごめん…私が片付ける…』
『いいよ。』
食器に手を掛けるアリサの腕をそっとどけ、紗織は手早く片付けを済ませた。
無力感で小さくうずくまるアリサの肩を紗織は優しくさすり、少しでも不安を和らげようとした。
その時、部屋の内線電話にランプが点灯した。 急いで電話の主を確認する。
『母さんだ…』 受話器を取り、話を聞く。
[私よ。いつもの道具とタオル…お願いね。]
ほんの数秒の会話。紗織はアリサの手を引いて窓の外にある庭へと向かった。
薄暗い茂みを抜けると、大きな池があり、紗織は池の近くにある鉄の蓋を持ち上げた。
『ここから行くのね…』
月夜の光すら届かない暗い穴の中からは、空気の流れる不気味な音が響いていた 紗織はペンライトを二つ取り出して一つをアリサに手渡した。 『早く行かないと。私の後にちゃんと付いてきて』
そう言うと紗織は梯子に掴まって降りていった。
〔待っててね…エリナ…〕
二人の影はどんどん闇に飲まれていった。
(携帯)
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