ビアンエッセイ♪

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 発言ランク ファイル一覧 検索 過去ログ

■17124 / 1階層)  おしまいの日に。─火曜日の蒼天
□投稿者/ 秋 一般♪(3回)-(2006/10/30(Mon) 15:28:38)
    【月光の底】





    どうしてこんな事になったのだろう。
    すぐ目の前に差し迫る現実に瞬きをしてみる。
    努めて冷静に、今朝までの事を振り返ってみた。


    昨日はあんなニュースが流れたにも関わらず、皆どこか半信半疑だったのだろう、社員のほとんどが出社していた。
    しかし今朝オフィスに来てみるとがらんとしていて、人っ子一人いない。
    不安に思い、他の階も見て回ったけれど、どこも似たようなものだった。
    自分のデスクにひとまず着いて、どうしたものかと考える。
    あのニュースは本当なのだ。
    昨日の出社後、社員全員に会社からも正式に連絡がなされた。
    それならば確かに今日ここにいる意味はないだろう。
    仕事にならないしなぁ…と独りごちて、帰る支度を始める。
    何しに来たのかと思わず笑ってしまった。
    笑いついでに小腹が減ったので、どうせならお茶菓子を失敬しようと給湯室へ向かう。
    誰もいないオフィスでお茶をするというのが何となく背徳感を刺激して、ついうきうきとした足取りになった。
    確かバームクーヘンが残っていたはず、くすくすと笑みがこぼれそうになるのを堪えながら給湯室に足を踏み入れると──

    そこにはすでに先客がいた。

    「あぁ…私のバームクーヘン……」

    恨みがましく声を上げる。
    バームクーヘンの最後の一欠片をひょいと口に放り込んで指先を舐めていたのは同期の三島だった。
    「あー竹田。あんたも来てたの?」
    ごくりと飲み込んで、ようやく私の方を向く。
    「三島こそ。何しに?」
    私は仕方なく、お茶だけ飲んで帰ろうと急須を用意して棚から煎茶の缶を取り出した。
    「あ、どうせならこっち飲もうよ」
    三島は横から来客用の玉露の缶を差し出した。
    「こーゆー事ができるから」
    先程の質問の答えとして、悪戯っぽく笑った。
    なるほどね、私も笑う。
    そうしてオフィスに戻ると、滅多に口にしない高級茶を窓際のデスクで二人並んで飲んでいた。
    まだまだ陽が高いのに仕事もせずにのんびり過ごす。
    考えてみると、これはすごく贅沢な時間なのかもしれない。
    普段は口数の少ない三島も今日は何だか饒舌だ。
    それが余計に嬉しく思えた。
    こんなまどろみの中で一日を終えるのもいい。
    ぼんやりと思っていた。



    それからどうしてこうなっているのか。
    思い返してもわからない。
    私の背中にはどういうわけか冷たい床の感触が広がる。
    目と鼻の先には三島の顔。
    なぜ私が三島に押し倒されているのか。
    なぜ三島は私を組み敷いているのか。
    さっきまで和やかにお茶を飲んでいたはずじゃなかったのか。
    色んな事がぐるぐると浮かんでは巡る。
    いまいち状況が理解できていない私の顔は強張っていたのか、いつも自信満々の三島は珍しく遠慮がちに尋ねた。
    「──嫌?」
    嫌か、と聞くという事は、この態勢はつまりはそういう意味なのだろう。
    私は少し困った顔をして見せた。
    三島は小さく息を吐いて、
    「私があんたの事いつも見てたの、知ってんでしょ」
    薄く笑った。
    その言葉に、私は彼女から目を逸らした。
    薄々気付いてはいたけれど、やはり私の勘違いではなかったらしい。
    そんな私を見て、三島は「やっぱりね」とその瞳を細めた。
    「どうせ終末だ、最後ぐらい─」
    そう言って唇を寄せる。
    けれど、私は三島の前に手の平を差し入れて制止した。
    わずかに三島が顔をしかめる。
    「──…彼氏に、悪い?」
    ぴくりと私の肩が震える。
    「その彼氏も今日はもう来てないみたいだけど」
    三島はわざとらしくオフィスを見渡してみせた。
    「…知ってたの?」
    「言ったでしょ、見てたって」
    ふんと三島は鼻で笑う。
    「不倫なんて愛人が馬鹿見るんだよ。結局家族に帰ってくんだから」
    部長から連絡あった?、私の耳元で低く囁く。
    私は小さく首を横に振った。
    「ほら、それが証拠だ。どうせ今頃楽しく家族と最後を過ごしてるよ」
    嘲るように、三島は笑う。

    「…三島は、私を好きなのか意地悪がしたいのかわかんないよ」

    私は顔を両手で覆って泣きそうな声で言った。
    三島はその手を掴んで、けれど強引にではなく、優しくどかした。

    「竹田が好きだから、意地悪言いたくなるんだよ」

    手と手の隙間から、三島の瞳が覗き込む。
    …反則だ。こんな優しい眼差しをしているなんて私は知らない。
    「次は?何が引っ掛かってる?」
    三島は唄うようなアルトで問う。
    私は三島の瞳から目が離せない。
    ようやく言葉を絞り出す。
    「だって…女同士だよ……」
    「竹田は何か理由がないといけないみたいだね」
    三島は苦笑した。
    「私があんたを好きってだけじゃ、だめ?」
    三島の顔が近付いてくる。
    拒む理由を何とか考えて、考え抜いて、本当はそんな事もうどうだってよかったのかもしれない。
    目前に迫る三島の顔。
    前髪がきらきらと透けて、思わず見惚れた。
    その原因はなんだろうと窓の方をちらりと見たら、陽射しが差し込んでいて。
    …いや、違う。
    月だ。
    月の光だ。
    昼間だというのに、窓の外には青々とした空に大きな月が煌々と光を放って浮かんでいた。
    その現実離れした、どこか幻想的な月の光景に目を奪われる。
    私の視線に気付いて、三島も後ろを振り返った。
    「やけに月が近いな…」
    綺麗、三島も独り言のように呟いた。
    そして再び私に向き直ると、

    「月の光に惑わされたんだ、あんたも私も」

    にっと笑った。

    「月のせいにしちゃえばいい」

    そう言って、私を見る。


    私は──

    終末の訪れを感じさせる月と三島の瞳を交互に見て。
    ゆっくりゆっくり瞼を下ろした。
    ふっと笑った三島の温かな舌が私の唇に這う。


    完全に閉じられた視界からはすでに月の姿は消えていて。

    もう、月のせいにはできない。



記事引用 削除キー/

前の記事(元になった記事) 次の記事(この記事の返信)
←おしまいの日に。 /秋 返信無し
 
上記関連ツリー

Nomal おしまいの日に。 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:26) #17122
Nomal おしまいの日に。─月曜日の憂鬱 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:27) #17123
Nomal おしまいの日に。─火曜日の蒼天 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:28) #17124 ←Now
Nomal おしまいの日に。─水曜日の雅歌 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:29) #17125
Nomal おしまいの日に。─木曜日の寓話 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:30) #17126
Nomal おしまいの日に。─金曜日の夕景 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:31) #17127
Nomal おしまいの日に。─土曜日の切言 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:33) #17128
Nomal おしまいの日に。─日曜日は終末 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:34) #17129
Nomal おしまいの日に。─curtain call / 秋 (06/10/30(Mon) 15:35) #17130 完結!
Nomal お疲れさまでした☆ / なお (06/10/30(Mon) 20:11) #17132
│└Nomal なおさんへ。 / 秋 (06/11/03(Fri) 00:20) #17159
Nomal お疲れさまでした / さぼ (06/10/30(Mon) 21:06) #17133
│└Nomal さぼさんへ。 / 秋 (06/11/03(Fri) 00:23) #17160
Nomal 感動しました。 / ヒカリ (06/11/25(Sat) 01:28) #17320
│└Nomal ヒカリさんへ。 / 秋 (07/01/15(Mon) 14:34) #17670
Nomal 私も / ぐーたん (06/11/25(Sat) 03:23) #17323
│└Nomal ぐーたんさんへ。 / 秋 (07/01/15(Mon) 14:36) #17671
Nomal 本当に感動しました。 / 愛 (08/03/30(Sun) 23:31) #20764
Nomal 皆に読んで欲しい / 匿名希望 (12/04/26(Thu) 04:03) #21491

All 上記ツリーを一括表示 / 上記ツリーをトピック表示
 
上記の記事へ返信

Mode/  Pass/

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 発言ランク ファイル一覧 検索 過去ログ

- Child Tree -