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■17130 / 1階層)  おしまいの日に。─curtain call
□投稿者/ 秋 一般♪(9回)-(2006/10/30(Mon) 15:35:32)
    「──却下」
    演出の美波はそう一言言い捨てて、私がこの一週間殆ど寝ずに書き上げた台本を投げ捨てた。
    「何すんのっ」
    私はむっとしながら床に落ちた台本を拾い上げ、ぽんぽんと埃を払いながら彼女を睨んだ。


    夏休みの昼下がり、駅前のマックはそこそこ混んでいて、奥の座席の一角を私達は陣取っていた。
    秋の学園祭で創作劇を上演する我がクラス。
    今日はその舞台の打ち合わせとして、演出の美波、助演の歩、そして脚本担当の私の三人が集まっていた。


    「どこがいけないわけ?」
    美波の目の前に先程の台本をバンッと叩きつけ、更に睨みつける。
    「うるさいなぁ。そんなに睨まないでよ、暑苦しい」
    美波は涼しい顔をしてシェイクのストローに口を付けた。
    「一応聞くけど、登場人物は皆女なのね?」
    「うん。だって役者全員女じゃん。だから」
    ずずっと啜る音が聞こえる。
    「ふーん…それはまぁいいわ。不自然さはそんなにないし。同性同士だからこその葛藤とか、心の機微もあるもんね」
    ふむ、と一応納得したような顔の美波を見て、
    「でしょ?そう、そんな雰囲気出したくて」
    得意げに胸を張る。
    「問題はここから」
    そんな私に、美波はじろりとした視線を投げつけた。
    思わず身構える。
    「救いがなさ過ぎるのよ」
    美波は冷たく言い放った。
    「水曜日の彼女達には未来はないし、土曜日の子だって時間があれば何とかなったかもしれない。日曜日の二人もせっかく再会したのに結局死んじゃうって事でしょ?全員に待ってるのは最終的に絶望じゃないの」
    気に食わないというように、美波はばんばんと台本の表紙を叩いた。
    「でも皆、不幸ではないと思うよ?」
    私はうーんと首を捻って答える。
    「どうもがいても報われないでしょ、結末として世界が終わっちゃうなら。これならいっそ、特別な力を持った主人公が人類滅亡の危機を救うとかどうにかして生き延びるとか、そんな前向きな話の方がいい」
    私は憤慨して「この話だって前向きだ」と言い返した。
    「私が書きたかったのはあくまでも普通に生きてる人達の日常で、そーゆーありがちなご都合主義は出したくなかったんだよ」
    鼻を鳴らす。
    「ここで大事なのは限られた時間の中でどういう選択をするかって事なの!これだってある意味ハッピーエンドだ!」
    私と美波、両者一歩も引かずに睨み合いの膠着状態が続く。
    そんな中、黙々と台本に目を通していた助演の歩が言葉を発した。

    「あたしはいいと思うよ、この話」

    ぱたん、と。
    読み終わった台本の表紙を閉じる。

    「歩っ!!」

    「歩っ?!」

    意味合いの異なる二人の声が絶妙に重なった。
    片や喜びで、片や驚きで。

    「絶対的な終末ってテーマが面白い」

    私を見て、「お疲れ様、景」とこっちまで嬉しくなるようなのんびりとした笑みを浮かべる。
    「でも歩。これじゃ学園祭の公演にしては暗くない?」
    そうはいかないらしい美波は、焦るように歩に向き直った。
    「メッセージ性が強い方が観客に伝わりやすいよ。タイムリミットまでどう過ごすか、これは観た人が考えさせられるテーマだと思う」
    頬杖をつきながら、再び台本をパラパラとめくる歩。
    「人間、追い詰められなきゃ本心には気付けないものだし。なかなか行動も起こせないよね。だからこそ女同士ってところにも意味を持たせられるんじゃない?」
    ほんわかと笑う歩に、美波は毒気を抜かれて小さく溜め息を吐いた。
    歩はそれに満足したようににっこりと笑うと、今度は私の方を見た。
    「伝えたい時に伝えたい相手が側にいるとは限らないぞ。ってとこ?」
    そう言ってにっと笑ってみせる。
    見事なまでにずばり言い当てられた私は嬉しくなって、
    「そう!そう!その通り!」
    ずいっと歩に向かって身を乗り出した。
    さぁお食べ、と自分のポテトを勧めて。
    「さすが歩はわかってるね。そうなんだよ、私はそれを言いたいわけ」
    うんうんと頷く。
    「いつ何があるかわかんないから悔いを残すなよお前ら。ってね」
    にししと笑うと、
    「──景がそれを言う?」
    美波が冷ややかに私を見ていた。
    「伝えたい時にその相手がいるかわかんないから思った時にちゃんと伝えろ、って?」
    呆れたように溜め息をつく。
    「あんたね、そーゆー事は自分がちゃんとしてから言いなさいよ」
    やれやれと美波は息を吐いた。
    私はぐっと押し黙った。
    「あー理菜ちゃんかぁ」
    間延びした歩の声も、今は胸に突き刺さる。
    「喧嘩、してるんでしょ」
    相変わらずのそっけない口調で美波が言う。
    「えー。景、まだ仲直りしてなかったの?」
    歩が珍しく呆れた声を上げた。
    「理菜って夏休みが明けたら転校するんじゃなかった?」
    「確かそうだよねぇ」
    「…うっさいな」
    私は顔を伏せた。
    何だか矛先がズレてきている。
    二人の視線に射られて痛い。
    「あんた、そんなんでこれ書いたの」
    目の前にばさりと私の書いた台本が置かれた。

    「仲直りもそうだけど。言ってない事だって残ってるくせに」

    私は眉をしかめて、顔を上げた。

    「声が届くところにまだ相手がいるのは幸せな事なんじゃない?」

    「…あんた、どこまでお見通しなわけ?」

    「腐れ縁をナメんじゃないわよ」

    美波はニヤリと笑った。

    こんな時、幼馴染みというのはなんて厄介な存在だろう。
    付き合いの長さが物を言う。

    「あぁもう!」

    私は苛立たしげに頭を掻いて、席から立ち上がった。

    「行ってくりゃいいんでしょ!行ってくりゃあ!」

    店内に私の怒声が響いて一斉に他の客の注目を集めたが、そんな事は気にも留めず、私は美波に台本を叩きつけた。

    「その代わり、舞台はこれを上演してもらうからな!」

    美波は周囲の視線もどこ吹く風、涼しい顔で残りのシェイクを啜った。
    時折私をちらりと見て「まだいたの?」そんな目をする。

    「────…っ」

    もはや投げつける言葉が見つからない私は肩をわなわなと震えさせ。

    「美波の方こそさっさと歩に言っちゃえよ!」

    精一杯の捨て台詞を吐いてみる。
    これにはさすがの美波もごほごほと蒸せ返った。

    「景、あんた…」

    「腐れ縁をナメんなよ」

    ふふんと笑って、先程の美波の台詞をそっくりそのまま返してやった。
    美波は見る間に紅潮していく。
    「あたしがどーした?」
    当の歩だけがよくわからないという様子できょとんとしている。


    さて、と。
    時計をちらりと見る。
    現在、時刻は夕方の少し手前。
    今なら引っ越しの準備で家にいる可能性が高い。
    夕飯時ではお邪魔になるし、今が頃合いかもしれない。


    今一度、自身の書いた脚本のタイトルをなぞって。

    「じゃあ行ってくるわ」

    二人に声を掛けた。

    未だに顔の火照りが引かない美波は恨みがましく私を睨む。
    「これ演りたかったら、中途半端は承知しないから」
    私はそれを激励と受け取って、くるりと背を向けるとひらひらと右手を振った。
    「景、ファイト」
    楽しそうな歩の声援に親指を突き立ててみせ、歩き出す。


    「これもひとつの『おしまいの日に。』かな」


    ざわざわと騒がしい店内に、美波と歩、どちらが言ったか知れない声がやけにはっきりと響いて。

    彼の人の微笑む顔が、私の瞼の裏側に灼けるように浮かんだ。



    あぁ、やはり。
    言葉にならない気持ちほど、相手に伝えたいものなのだ。















    おしまいの日に。-fin-



完結!
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