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■17125 / 1階層)  おしまいの日に。─水曜日の雅歌
□投稿者/ 秋 一般♪(4回)-(2006/10/30(Mon) 15:29:57)
    【花園キネマ】





    ─人類滅亡。

    昔観た古い映画も、確かそんなような内容だったと思う。

    何だか懐かしくなってしまって、彼女と二人、会社を休んで映画を観に行く事にした。
    学生時代に足繁く通った、古めかしいモノクロの名画を延々と流しているその映画館は、映画と共にどれほどの時を歩んできたのだろう、最近流行りのシネコンのような洒落っけを全く感じさせずに静かに佇んでいた。
    当時のままの館内。
    窓口にはやはり、当時の面影を残したままの白髪の老人が座っている。
    彼の事を、私はマスターと呼んでいた。
    彼が私を覚えていたかどうかはわからない。
    けれどマスターはぶっきらぼうに「一人1000円だよ」と告げ、皺だらけのがっしりした手で顎を撫でながらほんの少し口の端を上げた。
    見慣れたその仕草に、歓迎はされていると嬉しくなる。
    二人分の料金を支払って、
    「この辺りで店を開けてるのはここくらいですよ」
    こんな時ぐらい休めばいいのに、言ってみる。
    「こんな時でさえおんぼろ映画館に来る酔狂な客もいるんでね」
    だから閉められないのさ、にやりと口角を上げて言い返される。
    彼女は「一本取られたね」と笑っていた。
    「やり残した事はないんですか?」
    尋ねる私に、
    「俺は自分の日常を守るだけだ」
    また顎をしゃくった。
    「ここしかないからね。最後までこの館と共に在るさ」
    ぶっきらぼうな物言いだけれど、柔らかい眼差し。
    潔い、と思った。
    これも一つの生き方だと。
    君らだってそうだろう?、そう言いたいようにマスターは私達を見た。
    「世界がこんな風になっちまったってのにのんびり映画だなんて、随分粋じゃないか」
    しゃがれた声で喉の奥をくっくっと鳴らす。
    「開演時間だ。ゆっくり観てってくれ」
    私と彼女は深く彼に礼をして、その場を後にした。



    スクリーンをど真ん中から見据える、特等席。
    「貸し切りだ」
    彼女は嬉しそうに言った。
    ぎしぎしと軋む年季の入った座席に擦り切れたフィルム、狭いスクリーンでさえ、何だか味があってそれはとても特別な事のように思える。
    画面に映し出された映画は、往年の大女優が主演のラブストーリーだった。
    入口の自販機で買ってきた缶コーヒーを彼女が無言で差し出す。
    ありがとうと言ってみると満足そうに頷いた。
    どちらからともなく隣に座る恋人へ手を伸ばして、手探りでその指に触れる。
    そのまま五指を絡めてしっかりと握った。
    「なんだかさ」
    おもむろに彼女が口を開く。
    「こうしてると二人だけしかいないみたいだね」
    世界に、と小さく言う。
    狭い劇場内、観客は二人、映画の音声のみの空間。外部の声は聞こえない。
    「私もそう思ってた」
    答えると、「そっか」また満足そうに頷いた。
    それから映画は心地の良いBGMになってしまって、二人、ぽつぽつと話し出す。
    出会ったきっかけ、友達でいた頃、初めて二人で遊んだ時、恋人になった日、お気に入りのカフェ、待ち合わせ場所に使った広場、喧嘩の理由──…
    一つ一つの記憶を丁寧に紐解いて、愛おしむように確かめるようにその軌跡をなぞった。
    思い出を語り尽くしたところで、しん、と沈黙してしまって。
    相手役の俳優が愛を囁いている声だけが静寂の中に間抜けに響いて、やけに耳障りに感じる。
    本当に終わりみたいだ、しんみりと思ってしまった。
    繋がれた手の間に宿る熱だけが何とか孤独から守ってくれる。
    私は彼女の方を見た。
    彼女も同じように思っていたのか、タイミングよくこちらを振り向いた。
    目が合って思わず頬が緩んでしまう。
    彼女も柔らかく微笑んで、
    「残りの時間、どう過ごそうか」
    やっぱり柔らかく言った。
    この映画を観た後の話をしているのではない事くらいわかっている。
    けれど唐突に訊かれたところで、私には答えが用意できなかった。
    「難しく考えなくていいのに」
    彼女は可笑しそうに笑った。
    私はうーと頭を捻ってみる。
    くすくすと隣で笑う彼女の声が聞こえる。

    「あのさー」

    あれこれと考えている最中に声を掛けてきたので「なに」と、ぞんざいに返事をしてしまった。

    「結婚しようか」

    ぴたりと、思考が止まる。
    彼女をゆっくりと見やって、
    「今、何て…?」
    目を丸くする。
    「結婚しましょうかと言いました」
    そう言って私を見つめた。
    私は瞬きばかりして彼女をじっと見た。
    「いや、正式には勿論無理だけどさ」
    照れたように頬を掻く彼女。
    「二人してドレス着て、ささやかでいいから式挙げようよ」
    私を見つめる瞳は、いつでも変わらずに優しい。
    先程の缶コーヒーからプルタブを引き上げると、私の左手を取ってその薬指にそっと差し入れた。

    「…しょぼ」

    「贅沢言うな」

    彼女は苦笑しながら、私の指をなぞる。

    「それから、うちの親とあんたの親に挨拶に行こう」

    指をなぞって、私の頬に手の平を添える。

    「怒られるかもしれないし泣かれるかもしれないけどさ」

    彼女の瞳はやっぱり優しい。
    目を細めて私を見る。
    私は彼女の首に腕を回した。
    彼女も優しく私を抱き止める。

    「もし許してもらえたら、この週末は家族で温泉にでも行こうよ」

    にっこりと笑ったような気がした。
    私はどんな顔をしていたかわからない。
    ただただこの人が愛おしくて堪らない、そう思っていたのだけは確かだ。




    映画はすでにクライマックスを迎えていて。
    ヒロインが意中の人にプロポーズされるというハッピーエンドだった。



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