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■17126 / 1階層)  おしまいの日に。─木曜日の寓話
□投稿者/ 秋 一般♪(5回)-(2006/10/30(Mon) 15:30:58)
    【骨の尖】





    「私がいなくなっても世界は続いていくなんて、不思議」

    思いついたようにソウコは言った。

    「私の世界は終わるのに」

    そう付け加えて。


    ソウコがいなくなっても、私の世界は続いてく。

    ごくごく当たり前のようでいて、それはとてつもなく奇妙な話に思えた。


    ソウコの明日はいつまで続くかわからないけれど。
    今は、いる。
    この世界にも。
    私の世界にも。
    ソウコはいるから。
    先の事をうだうだと考えるより、今はこんなもんでいいんじゃないかと思うのだ。


    あなたがいなくなっても、世界はそれにすら気付かずに回り続けるだろう。
    あなたがいない事を知っている私も、やっぱり普段と何一つ変わらずどこかでへらへら笑っていそうだ。
    それでも、寂しい、そう胸がチクリと痛むと思う。
    ついて行く事を、ソウコは決して許してはくれないから。
    私は自分の世界を続けなければいけない。



    そんな事を考えていた矢先だ。
    世界は終わると言う。
    ソウコの世界も、私の世界も、皆いっしょくたに巻き込んで。







    医師達は逃げ出した。
    その医院は、患者を見捨てられずに残ったわずかな看護士と善意のボランティアの助けで、何とか運営を続けていた。
    本格的な治療はできないものの、身動きが取れずにベッドで寝たきりの人々にとっては食事や身の回りの世話をしてくれる事ほど有り難いものはない。
    私はいつも通りその白い建物へと入って行った。
    途中、顔馴染みの看護士さんと会うと二・三言葉を交わしてから目的の部屋に向かう。
    相変わらず病的な白さだ、と思ってみる。
    何度来ても病院という場所には慣れない。
    それでも私は毎日ここへ足を運ぶ。
    ある一室の前で軽くノックをし、返事を確認してから戸を開けた。

    「トキ、また来たの」

    ソウコはうんざりしたように言った。

    「毎日毎日私のお見舞いに来て、ばかじゃないの」

    布団に潜り込みながら悪態を吐く。
    ソウコの担当医も、ここから逃げ出した一人だ。
    「今更そんな事言われても。昔からの日課だし」
    私はベッドの脇にパイプ椅子を引き寄せて腰を下ろした。
    「今は状況が違うでしょ」
    ソウコは布団からわずかに顔を出して私を睨みつけた。
    「彼氏とか友達とか、最後くらいそーゆー人達と過ごせばって言ってるの」
    怒ったような声。
    「いないよ、そんな人」
    へらっと笑うと、「あぁそう」と呆れた目をされた。
    私は苦笑する。
    「大体最後っていうならソウコも同じだよ」
    するとソウコは一際キツく私を睨んだ。
    「私は元々覚悟ができてたからいいの!でもトキは違うでしょ。元気じゃない。生きてていいはずの人じゃないっ」
    ソウコは声を荒げ、わずかに咳込んだ。

    ソウコは近い内に死ぬ人間だった。
    私はこのまま生き続けるはずの人間だった。
    それが今は同じ条件。
    私もソウコも、同じ日に強制的に世界が終わる。


    月曜日のニュースを聞いた私は、ソウコを一人で逝かせやしないと世界が共鳴したのかと、そんな馬鹿の事を思った。
    ソウコは憤慨していた。
    今みたいに「何でトキまで死んじゃうの」と。
    けれど私は少なからず、いや、心から喜んでいた。
    世界が終わらなければ、いずれ確実にソウコは自分の世界だけを終わらせて、私を連れて行ってはくれないから。
    残された時が一週間しかないというのも早過ぎる話だとは思ったが、どうせ生死を分かつはずだったのだ。
    だから私は共に終末を待てるというのが嬉しくてならない。
    そんな事を言えば彼女の怒りを真っ向から買ってしまうので、絶対に口にはしないけれど。


    「トキ」

    名前を呼ばれて我に返る。
    「私に構わないで、トキはトキの好きに生きていいのよ」
    ソウコはゆっくりと身を起こした。
    好きにしてるのに、思いながら起き上がるソウコに手を貸す。
    「いつまでもこんなとこにいる必要ないでしょ」
    私はその言葉を無視して、
    「髪とかしてあげる」
    枕元のサイドテーブルから櫛を手に取ってベッドに座った。
    ソウコの髪を一房、掬い上げる。
    ソウコはまだ何かを言いたそうにして、けれど結局口をつぐんで私にされるがままになっていた。
    伸びたな、思いながら髪をすく。
    さらさらとしたソウコの黒髪。
    その艶から、なぜ彼女が死ぬのだろう、いつもイメージが湧かなかった。
    「慣れた手つきね」
    いつになく優しい声でソウコが言う。
    この何年もの間ソウコの髪をとかしてきたのだ、慣れもするよと私は笑った。
    「本当に、やりたい事していいんだからね」
    念を押すように、ソウコは言った。
    私の手が止まる。
    何でソウコはそんな事ばかり言うのだろう。
    本当にないんだよと、いつものようにへらっと笑ってやり過ごせれば良かったのに。

    そうできなかった代わりに、
    「お姉ちゃん」
    言いながら、ぽすっとソウコの肩に頭をもたげた。
    「何よ、気持ち悪い」
    悪態を吐いたものの、ソウコは私の髪をいじるようにして撫でてくれた。

    「明日はちょっと外に出て散歩しようか」

    色々なものが溢れてしまいそうで、ソウコの肩に顔を預けたまま、私は静かに瞼を閉じた。
    世界の終わりには何があるのか。
    骨と灰だけになるはずだったソウコも、私も、何一つ残らないかもしれない。

    「…そうね」

    ソウコの声だけが優しく耳に残る。
    このまま世界も閉じてしまえばいいと思った。




    今も昔も、大事なものは変わらずにこのたった一人の家族だけだ。

    今日まで生き永らえてくれて良かった、口ばかり悪い姉に小さく感謝の言葉を思ってみる。

    こんな事を言うと笑われてしまいそうだから、もしかしたら泣かせてしまうかもしれないから、さすがにそれは勘弁してほしいので、思うだけだ。言いはしない。

    代わりに少し祈ってみた。

    何に、なのか。何を、なのか。そんなものは知らない。

    ただ、祈ってみた。
    それだけだ。



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