ビアンエッセイ♪

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 発言ランク ファイル一覧 検索 過去ログ

■17127 / 1階層)  おしまいの日に。─金曜日の夕景
□投稿者/ 秋 一般♪(6回)-(2006/10/30(Mon) 15:31:59)
    【黄昏ロマンチカ】





    先生とのキスはいつも、
    珈琲と煙草が混じった苦みばかりが後に残った。










    階段を一歩、また一歩とやけに丁寧に上がる。
    屋上に繋がる扉は施錠されてはおらず、あっさりと開け放つ事ができた。
    グラウンドを臨むフェンスに背を向けて寄り掛かる。
    そのままその場に座り込んだ。
    ブレザーの内ポケットから煙草の箱を取り出す。
    振ってみるとからからと乾いた音が響いたのでそこから一本を口にくわえた。
    火をつけると途端に紫煙がたなびく。
    その煙を追うように空を見上げた。
    夕焼けが、迫ってくる。





    本日は卒業式だった。

    秋の深まるこの季節、本来ならばそんな時期ではないけれど、私の通う高校では急遽式が執り行われる事となった。
    もう行く必要のない学校にどれだけの人が集まるのか、そう思いつつ連絡を受けて来てみると、卒業に該当する生徒は勿論、在校生側、教職員、来賓、保護者…等々。欠席者は十人そこそこという予想外の出席率で、一同が集まった体育館の華やかな賑わいに思わず懐かしさが込み上げてきた。
    まるで世界が均衡を崩す前のようで。


    この卒業式に何の意味があるのかはわからない。
    けれど終末が近付く不安を打ち消す為に、あるいは正しい時期での卒業を迎える事はどうしたってできやしないから一種のけじめであったり。
    それが気休めであっても、依り処になっていたのは確かだから、成程、やはりこの式には意味がある。




    だから来て良かったのだと、再び煙を口に含んで思う。
    グラウンドからの喧騒が背中越しに伝わる。
    なかなかに離れ難くて、帰る気が起きなくて、式の後に球技大会を始めた連中だ。
    それだけじゃない、校舎にはまだまだ生徒が残っている。
    私のクラスメート達も、どこかほっとしたような、泣きそうな、情けない顔をしていた。
    皆、日常に縋っているのだ。

    私もだけれど。

    いつの間にか煙草の火が消えていた。
    ライターを出そうとポケットをまさぐる。
    ようやく探り当ててかちかちとつけると、

    「こら、不良生徒」

    どこか楽しげな、呆れた声が聞こえた。
    声の主はこちらへやって来ると私の右隣に座り、ひょいと煙草の箱を取り上げる。
    「生意気に学校で吸って」
    言いながらそこから一本抜き取った。
    「まぁ今日くらいは大目に見よう」
    ぷかりと何とも旨そうに煙を吐き出す。
    「私に煙草を教えたのは先生だよ」
    口を尖らせて言ってみせたら先生はふっと笑った。
    「この不良教師」
    くっくっと可笑しそうに笑うだけでそれには何も答えない先生は、
    「皆とのお別れは済んだの?」
    コンクリートの地面にぎゅっと煙草を押し付けて言った。
    私はちらりとグラウンドを見た。
    どうやら今はどっちボールの真っ最中らしい。
    わーわーと右へ左へ駆け回っている。
    「ひとつひとつ、目に焼き付けるのもいいかなって」
    教室のざわめき、校庭の喧騒、屋上からの風景は、かつて当たり前にあったものだった。
    このオレンジ色の空だって、見上げただけで涙なんか込み上げてはこなかったのに。
    理解したというように、先生は私の頭をぽんぽんと撫でた。
    先生は必ず、いつも私の右側に居る。
    左手を見せつけるように。
    それが決して立ち入らせない境界だったのだけど、今日に限って妙な違和感があったから、私は私の頭を撫でる先生の左手を掴んだ。
    「指輪、どうしたの」
    いつも薬指できらりと光って私をやきもきさせていたものが見当たらない。
    「…目敏いな」
    先生は左手を引っ込めながら苦笑した。
    「最後だからお互い自由になりましょうって事」
    冗談めかして言う。

    「愛してないの?」

    「愛していたよ」

    「そしたら最後まで一緒にいるものじゃないの?」

    「大人には色々あるの」

    先生はやれやれと肩をすくめた。

    「よくわかんないよ」と呟く私に、「わかんなくていいの」と笑ってみせる。

    私は先生の左手をじっと見つめた。
    細くて華奢な先生の指。
    その薬指に嵌まっていたものはもうない。
    「ねぇ、先生」
    指先を見つめながら声を掛ける。
    先生がこちらを向く気配がした。
    「運命の赤い糸ってあるでしょ?」
    私は続ける。
    「あれって、どうして小指なんだろうね?」
    そして自身の小指をピンと立ててしげしげと眺めてみた。
    「さぁ」
    先生はどうでもいいなぁと思っているような、とりあえずの相槌を打つ。
    そんな投げ遣りな先生の声に構わず、私はうーんと頭を捻った。
    「婚約指輪も結婚指輪も薬指でしょ。だったら赤い糸も薬指でいいはずじゃないの?何で小指なのかな」
    それを聞き、確かにそうだねと先生は首を傾げた。

    ふむ、と。一考して。
    先生は私の手を取った。
    私がそちらを向く一瞬に、自分の小指と私の小指とを絡めて。

    「こうやって約束するからじゃない?」

    そうして指切りしてみせた。

    「あー…」

    何だかひどく納得してしまって、思わず感嘆の声が漏れる。
    これが大人ってやつか、と妙に感心してしまった。
    そのまま小指が離れてしまうのも心許なく思ったので、残りの指も先生のものと絡めてみた。
    重なり合った手を、先生は払い除けない。
    いつもは手を繋いだ時に当たる薬指の不快な感触も今日はない。

    先生の小指に唇を寄せて、それから先生へと顔を寄せた。

    「ねぇ、いけない事しよう」

    先生は「生意気」といつものように鼻で笑った。

    重なった唇からは同じ煙草の味がして。
    苦みと、その甘さにくらくらする。
    そして私は、彼女の小指にキスを落とすように優しく牙を立てたのだ。

    最後の約束を交わすのが私でありますようにと願いながら。



記事引用 削除キー/

前の記事(元になった記事) 次の記事(この記事の返信)
←おしまいの日に。 /秋 返信無し
 
上記関連ツリー

Nomal おしまいの日に。 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:26) #17122
Nomal おしまいの日に。─月曜日の憂鬱 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:27) #17123
Nomal おしまいの日に。─火曜日の蒼天 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:28) #17124
Nomal おしまいの日に。─水曜日の雅歌 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:29) #17125
Nomal おしまいの日に。─木曜日の寓話 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:30) #17126
Nomal おしまいの日に。─金曜日の夕景 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:31) #17127 ←Now
Nomal おしまいの日に。─土曜日の切言 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:33) #17128
Nomal おしまいの日に。─日曜日は終末 / 秋 (06/10/30(Mon) 15:34) #17129
Nomal おしまいの日に。─curtain call / 秋 (06/10/30(Mon) 15:35) #17130 完結!
Nomal お疲れさまでした☆ / なお (06/10/30(Mon) 20:11) #17132
│└Nomal なおさんへ。 / 秋 (06/11/03(Fri) 00:20) #17159
Nomal お疲れさまでした / さぼ (06/10/30(Mon) 21:06) #17133
│└Nomal さぼさんへ。 / 秋 (06/11/03(Fri) 00:23) #17160
Nomal 感動しました。 / ヒカリ (06/11/25(Sat) 01:28) #17320
│└Nomal ヒカリさんへ。 / 秋 (07/01/15(Mon) 14:34) #17670
Nomal 私も / ぐーたん (06/11/25(Sat) 03:23) #17323
│└Nomal ぐーたんさんへ。 / 秋 (07/01/15(Mon) 14:36) #17671
Nomal 本当に感動しました。 / 愛 (08/03/30(Sun) 23:31) #20764
Nomal 皆に読んで欲しい / 匿名希望 (12/04/26(Thu) 04:03) #21491

All 上記ツリーを一括表示 / 上記ツリーをトピック表示
 
上記の記事へ返信

Mode/  Pass/

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 発言ランク ファイル一覧 検索 過去ログ

- Child Tree -