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■17129 / 1階層)  おしまいの日に。─日曜日は終末
□投稿者/ 秋 一般♪(8回)-(2006/10/30(Mon) 15:34:10)
    【空の境界】





    やけに静かな朝。
    目を覚ますと、枕元の時計は9時をわずかに回ったところだった。
    仰向けのまま天井に向けてぐっと腕を伸ばし、勢いをつけて起き上がる。
    珍しく頭はしっかりと覚醒していて、欠伸は出てこなかった。
    カーテンを開けると欝陶しいほどの青空。
    そう、とても穏やかな、耳鳴りが聞こえるくらい静けさが広がる、そんな朝だった。

    今日世界が終わるなんて、信じられないほどの。



    週明けに突如流れたニュースは世界を驚愕させた。
    割と柔軟性のある方だと自負する私はその事実をすんなり受け止め、会社は休もうと即決した。
    すぐさま旅行鞄に着替えやら化粧ポーチやら、必需品を詰め込む。
    そして原付きのキーを引っ掴むとワンルームのアパートを後にした。
    ニュースを見た瞬間、最後だけはせめてもの親孝行をしてやろうという思いが胸を掠めたのだ。

    そうして、就職をしてからろくに寄りつかなかった実家へと帰り、土曜日までを過ごした。
    あぁこのまま我が家で人生を終えるのだ、そう思っていた時。
    最後は夫婦水入らずで過ごしたいと、両親に追い出されてしまった。
    日曜日へと日付が変わる頃、私は見慣れたワンルームに戻って来て、一人寂しくこの地球最後の日を迎えたのである。



    しゅんしゅんと火にかけたやかんが沸騰している。
    それを急須に注いで、とりあえず緑茶を淹れてみた。
    ほっと、一息つく。
    アパートの住人、近隣の家々の住民は皆、どこかへ出掛けて行ってしまったようだ。
    まったく人の気配を感じさせないひっそりとした静けさから、そんな事を思ってみる。
    世界が終わる時を、どこで過ごすのだろうか。
    そんな事も思ってみる。
    夫婦水入らずじゃなくて親子水入らずでもいいじゃないかと、家から追いやった両親の顔を思い浮かべて。
    今思えば、年頃の娘には最後の時を共に過ごしたい相手がいるだろうという、彼らなりの配慮だったのかもしれない。

    『気が向いたらあんたの大事な人と会わせてちょうだい』

    いつかの母の言葉を思い出す。

    『どんな男だろうと、お前が傷つかないならいい』

    父の言葉も。


    ごめんね、
    父さん、母さん。

    私の恋人は彼氏ではなく彼女だ。

    けれど最後くらいなら紹介しても良かったかもしれない。
    もう手遅れだけれど。


    半年ほど前に別れた恋人の顔が脳裏を過ぎる。

    何で別れたのかと思い出せない辺りが、きっときっかけはくだらない事だったのだろう。
    些細な言い争いから余波が広がって。
    結果、残されたのはあの人が来る事のなくなったワンルームとあの人の痕跡だけだ。


    すっかり冷めてしまった緑茶を啜る。
    あぁそういえばこの湯飲みを買ってきたのもあの人だっけ。
    至る所に記憶が刻まれている。


    大学時代から付き合ってきた、彼女。
    6年という月日の長さを思ってみる。

    喜びも、哀しみも、怒りも、願いさえ。
    すべてを共有してきた人だった。

    彼女との日々を振り返れば。
    喧嘩も絶えなかったけれど、それでも楽しかったと思う。
    愛しさが溢れて止まない。



    してもらうばかりで、何一つ返せていない。
    私は何も返していない。



    ぬるくなった湯飲みのお茶を一気に煽り、立ち上がる。
    キッチンでそれを丁寧に洗ってシンクに優しく伏せた。

    今更謝罪だとか、恋情だとかを言い繕う気は更々ない。
    ましてやヨリを戻そうなんて。
    けれど、伝えなければならない言葉は確かにあった。

    混線しているのか、はたまた電話会社もすでに機能していないのか、電話もメールも繋がらない。
    会いに行く、と言っても。
    家にはいないかもしれない。
    半年も経ったのだ、大切な誰かがいるかもしれない。
    彼女の馴染みの店を梯子したところで、開いてはいないかもしれない。
    人一人を探す事が決して容易ではない事はよくわかっている。
    それでも私は行かなくてはならない。
    残された時が今日しかないならば。

    メイクをする時間さえ惜しくて、洗顔をするとファンデーションを塗って眉毛を描くだけで済ませた。
    彼女の前に立つ私はいつでも恰好つけていて、いつもフルメイクでばっちり決めていたのに。
    服だって適当だ。
    クローゼットをひっくり返して最高に自分が引き立つ服を、なんて探している暇はない。
    起きぬけの部屋着、伸びきったスウェットにパーカーという出で立ちだけれど構うものか。
    躊躇いはすでにない。
    こんな自分を格好悪いと思う気持ちはとっくに捨てた。

    原付きのキーだけを手に、私は玄関へと向かう。
    ミュールやブーツ、パンプスが並ぶシューズケースから底がぺたんこのスニーカーを取り出した。
    駆けずり回る覚悟はできている。

    ぎゅっと、靴紐を結んで。

    一つ大きく深呼吸をする。

    玄関の扉を開け放つと─





    「──…嘘みたい」





    目を丸くした私はそれきり絶句してしまった。








    逢いたいと望んだ、彼の人が立っていたから。








    私は彼女をまじまじと見つめる。
    ジャージにTシャツというラフな姿で、どれほど急いできたのだろうか、うっすらと額に汗をかいて眉毛は半分消えかけていた。
    こんな姿を、私は初めて目にした。
    彼女もまた、私の前では極度の格好つけだったから。

    「ひどい格好」

    私を見て彼女は、泣きそうな顔をしてふっと笑った。

    「そっちこそ」

    言い返した私は、すでに泣いてしまっていたかもしれない。


    もう言葉はいらなかった。
    どちらともなく抱き合って、きつくきつく腕に力を込めた。
    鳴咽も鼓動も微熱も、どちらのものかわからなかったけれど、そんな事はどうでも良かった。



    今日のいつ、終わりが来るのか。
    誰も知らない。
    けれどこんな不安定な世界の中、皆それぞれに憂い、涙し、喜び、大切な誰かを想っているのだろう。
    繋がった空の下で。








    おしまいの日には、ありがとうを。

    ありがとうを、あなたに。



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