ビアンエッセイ♪

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■17747 / 1階層)  花の名前【May】
□投稿者/ 秋 一般♪(28回)-(2007/01/22(Mon) 15:00:04)
    気持ちの良い日本晴れが続く中、強く強く香る花。
    その花の鮮やかな紫は、初々しい喜びを与えてくれる。
    花屋は空を仰いだ。
    なんて清々しい青が広がる日だろう。





    【ライラック】





    犬と猿。
    ハブとマングース。
    天敵同士を表す時、頻繁に用いられる例えである。
    杉崎千尋にとって浅井京子がまさにそれだった。

    「杉崎さん」

    「…げ、浅井」

    今時「げ」もないだろうと思いつつも、呼び止められてつい振り向いてしまった事を真っ先に後悔する。

    「スカートが校則よりも15cm短すぎます。それからネクタイをしっかり締めて。そうそう、上履きの踵を踏まないように」

    いつものチェックを受けながらあからさまにうんざりした顔をしてみせる。
    宿敵・浅井は見るからに不満げな千尋の顔にもどこ吹く風、
    「早く直して」
    淡々とした口調で言った。



    千尋は、そりゃあ他の生徒に比べれば校則破りもいいところだ。
    遅刻しない方が珍しいし、気分が向かなければ大抵は屋上か保健室で過ごしている。
    短いスカート、留めないブラウスのボタン、ネクタイが首にかかっているのさえ稀だ。
    その上、脱色をしたような栗色の髪。
    この明るい頭が悪目立ちに一層拍車をかけているのだが、これは地毛なのだから仕方ない、自分は一切手を加えていないのだし、というの
    が本人の主張である。
    それに多々校則を破っているもののそれが誰かに迷惑をかけたか、というのも彼女の論。
    そんな千尋に目を付けて、監視よろしく常にチェックを入れているのが鬼の風紀委員長・浅井京子というわけだ。
    正直これが生き甲斐なのではと疑わずにはいられない。
    そう思ってしまうほど、事あるごとにこの委員長様は千尋に突っ掛かってくるのである。

    俗に言う、不良と優等生。
    絵に描いたような天敵の図。

    どうにかこの場をやり過ごしてさっさと退散してしまおう、後でまた戻せばいいや、思った千尋がすっかり着崩された制服を直していると

    「また見掛けた時にだらしなかったら反省文書かせるからね」
    先手を打たれた。

    「…あたしが校則守らない事で誰かに迷惑掛けるわけ?」

    「今まさに私に掛けてるわね」

    「ほっとけばいいじゃん」

    「皆が皆そう言い出して、もしその火の粉があなたにかかったらそんな事言ってられるかしら」

    こいつの言う事はいちいち回りくどく、それでいて正論なのだ。
    口ではまるで勝てる気がしないので、これ以上の言い合いは無駄な労力だと悟り、千尋は開きかけた唇を閉じた。





    「ほんっっと、頭来る!浅井のヤツ!」

    仲間達が集ういつもの屋上で、苛々とコーラを飲む千尋。

    「確かに口うるさい、あの委員長」

    「それにしても千尋はしょっちゅう捕まってるよね。目付けられてない?」

    言えてる言えてる、とどこか他人事のように笑う友人達。

    「アイツのせいであたしの穏やかな生活は全部パーだ…」

    千尋がはぁぁと大きく息を吐くと、

    「向こうも案外そう思ってたりしてー」

    やはり人事のように笑う。
    結局皆、自分に飛び火しなければ構わないのだ。
    もう一度千尋は溜め息を吐いて、コーラを飲み下した。





    昼休み、一人職員室に向かって歩く。
    呼び出し相手が生活指導教員とくれば、用件を想像するのは難しくない。

    「来たか、杉崎」

    千尋が職員室に入るより先に、すでに扉の前で待ち構えていたのは生活指導・平田。
    無遠慮な視線を向けてくる様に、あぁこいつも人の粗を探す事に生き甲斐を見出だすタイプだとげんなりした。
    呼び出しの内容がわかっているのに、スカートは短く、上履きは履き潰し、だらしなく締めたネクタイに腕にはじゃらじゃらとアクセの束
    、といったいつも通りのスタイルの千尋も千尋だが。
    職員室に向かう時ぐらいきちっとしてはどうかと、浅井京子がこの姿を目にしたらきっと嘆くに違いない。
    それにも関わらず平田は、ざっと千尋の服装を眺めただけで、嫌な眼つきで千尋を見た。
    「おい」
    高圧的な声。

    「お前、こんな頭していきがるのもいい加減にしろよ」

    触れられたのは、服装や生活態度ではなかった。

    「そんな真っ黄色にしやがって。かっこいいとでも思ってんのか?周りから見たらバカみたいな色だぞ。そんなに目立ちたけりゃもっと他
    の事に力を注げ」

    いわれのない非難、千尋は唇を噛み締めた。

    「大体なぁ、そんな頭してチャラチャラしてるから成績もぱっとしねえんだ。髪の色戻して、真面目に取り組んでみろ。な?」

    服装は好んでやっている事。
    成績不振も勉強嫌いの自分のせいだ。
    生活態度が悪いのも認めよう。
    それらを咎められるなら甘んじて受け入れられるが、けれど髪は。髪の色だけは。
    これはすべての理由にならない。
    堂々とできる筋の通ったものだ。

    千尋は不快感を露わに、平田を睨みつけた。

    「何だその眼は。お前はいつも反抗的だな。その頭にポリシーでもあんのか。ただ意地になってるだけだろう?」

    停学でも何でもいい。
    たかがそんな事で何を、と思われるかもしれない。
    けれど千尋には自身を否定されたも同然、譲れない、譲る事などできない一点を馬鹿にされたのだ。
    もう我慢できなかった。
    一発コイツを殴らせろ、掴みかかろうとする。
    その千尋の前に、一足早く人影が立つ。
    危うくぶつかりそうになり、何とか踏みとどまって、邪魔をした背中をまじまじと見た。

    「お言葉ですが、先生。杉崎さんの髪は持って生まれたもので、染色脱色の類いではありません。」

    浅井だった。
    宿敵ではあっても決して味方になどなり得ない、浅井。

    「いや、しかしだな浅井。日本人がこんな金髪というのは…」

    「日本人すべてが黒髪というわけではありません。それが大半でしょうが、色素によっては赤みがかっていたり黄色みを帯びていたり、彼
    女のようにとても明るい髪というのも稀にあります」

    「ん、む…そうか…」

    成績優秀・品行方正、まさに絵に描いたような優等生の言葉に平田もたじたじになる。

    そう言えば、髪の色を注意された事などただの一度もなかった。

    「他に用がないようでしたら、服装検査は風紀委員として私が引き受けますが」

    「それじゃあ頼む。杉崎にしっかりわからせてやってくれよ」

    これ以上言い合いをしたくないのか、思わぬ浅井の登場に平田は職員室に入っていった。

    「…何で、庇った?」

    振り向いてようやく顔が見えた浅井を睨む。

    「庇う?」

    冗談を言うなというように、浅井は眉をひそめた。


    「髪の色、本物でしょう?あなたに非はないじゃない」


    教師だからといって媚びる事なく。
    浅井は、正しい事は正しい、間違いは間違いだとはっきりと指摘できる、自分の正義を持っている。
    その信念は決して曲がる事はないのだろう。

    ちょっと、見直した。
    見直したのに、
    「スカート短い。ネクタイ締めて。反省文書かせるって言ったわよね?」
    台無しだ。
    いつもの浅井だった。

    ─いつも通り、揺るがない意志を持つ浅井。

    浅井が去った後、千尋はぎゅっとネクタイを締め直した。
    思いの外締まり過ぎて、けほっと小さく咳を漏らした。





    浅井からの執拗な追求を逃れる術はたった一つ、服装を正す事。
    気付いたものの、千尋には一向に直す気配がない。
    やっぱりネクタイは息苦しくて、「あたしには生き苦しいのだ」なんて、大してうまくもない事を言ってみたり。
    それでもあの一面を見てからは、浅井の小言もそれほど煩わしくはなくなった。
    多少は控えてはもらいたいものだが。



    「あー…今日はやけに平和」

    五月晴れの陽射しが差し込む窓際は、何とも幸せに浸れる。
    千尋はのんびりとした休み時間のまどろみを満喫していた。
    気にかかるのは、どうしてこうも平和なのか?

    「そういや今日浅井来てないね」

    その答えは友人が与えてくれた。

    ─確かに。

    もう三時間目が終わったというのに一度も指導を受けていない。

    「お説教聞かなくてほっとしてんじゃん?千尋」

    からかい気味に言う友人に、「当然!」笑って返そうとして。
    どこか釈然としない。
    毎日の日課になってしまっていたあのお小言を聞かない事には物足りないのだろうか。
    考えて、あたしはマゾかと心中で一人ツッこむ。

    けれど、一度気にしてしまうとどうしたって気になるわけで。
    四限が始まっても浅井は姿を現わさない。
    欠席、その言葉が頭を過ぎったが、瞬時にそれを打ち消す。
    しかし遅刻という単語の方が、よほどあの優等生に相応しくない。

    ─浅井に限って、そんな。

    授業中もそればかり考えていた。
    もっとも上の空なのはいつもの事だが。

    結局浅井は四時間目の授業が終わってもやって来なかった。
    変だ変だと思いながら昼休みに入る。
    一度も突っ掛かられないというのは、何とも調子が狂うのだ。
    窓の外を眺めながら購買のパンをかぶりつく。
    遠くで救急車のサイレンが鳴り響いている気がした。

    「事故かなー」

    友人もそんな事を言うので、気のせいではないらしい。
    現に音が近付いて、次第に大きくなる。
    「近くで事故ったんかね?」
    千尋はパンを頬張りながらぼんやりと友人の指す指の先を眺めた。
    あぁいい天気だ、なんて目を細めながら。

    ──…まさか。

    はっとした。
    少しずつ血の気が引いていく。
    「千尋?」
    訝しげに千尋の顔を覗き込む友。
    「ちょっと…顔色ヤバくない?」
    自分でも、青ざめているのははっきりとわかった。
    居ても立ってもいられず、千尋は教室を飛び出した。
    「千尋?!」
    驚きの声を上げる友人を残して、走る。
    階段を下るのさえ煩わしくて、半ば飛ぶように降りた。
    一階に到着したら、後は昇降口まで一気に駆けるだけだ。
    体育でも真剣にならずトロトロ走っているだけの千尋が、息を切らせて駆けている。
    人波にぶつかりそうになりながらも、走って走ってもう少しで昇降口というところで、あちらからやってきた人影を追い抜かし、

    「杉崎さん、小学生じゃないんだから廊下は走らない」

    「今はそれどころじゃ──…は?」

    足を止めて、駆け抜けた分を戻って、まじまじと目の前の相手を確認する。
    鬼の風紀委員長・浅井京子、まさにその人。

    ぜえぜえと肩で息をする千尋に、

    「ばたばたと騒々がしいわね」

    顔をしかめる姿は紛う事なく浅井だ、改めて思う。
    鞄を手にし、教室に向かう階段の方へ歩いていた様子から、どうやら今登校してきたようだ。

    「あんた、何で、今頃、学校に」

    息を整えながら訊ねる千尋の顎に汗が伝う。

    浅井は鞄からハンカチを取り出して、千尋の汗をそっと拭いながら答えた。

    「あぁ、朝起きたら体調悪くて。病院に寄ってから来たの───…ちょっと、杉崎さん?何で泣いてるのよ…」






    ほっとしたら涙が出てきた、なんて。
    死んでも言えない。










    花言葉は、

    愛の芽生え。




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Nomal NO TITLE / マキノ (07/01/22(Mon) 17:47) #17760
│└Nomal マキノさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:51) #17814
Nomal Re[1]: 花の名前 / ケイ (07/01/22(Mon) 20:22) #17762
│└Nomal ケイさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:53) #17815
Nomal あぁあ / 肉食うさぎ (07/01/22(Mon) 22:56) #17771
│└Nomal 肉食うさぎさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:55) #17816
Nomal 感想 / トモ (07/01/25(Thu) 22:55) #17791
│└Nomal トモさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:57) #17817
Nomal 素敵です / sea (07/01/27(Sat) 03:22) #17803
│└Nomal seaさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:59) #17818
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