ビアンエッセイ♪

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■17748 / 1階層)  花の名前【June】
□投稿者/ 秋 一般♪(29回)-(2007/01/22(Mon) 15:01:58)
    しとしとと雨が降る。
    その雫は花々の葉先を濡らし、花弁を彩る。
    傘をさして出掛ける花屋の道行く先にはこの時期の風物詩。
    こんな雨が降る日には、この藍色がよく似合う。





    【紫陽花】





    工藤センリは麗しい。
    女の目から見ても、だ。
    老若男女問わず惹きつける独特のフェロモンをこいつは漂わせているんじゃないかと、水野チサトは常々思っていた。

    現にこの広いキャンパスで、どこにいるかがすぐにわかってしまう。
    大学内のラウンジでも、食堂でも、講義中だって、工藤の周りには誰かしら居るから。はべらしているといった方がわかりやすいだろうか

    そんな風に何人も取巻きがいて、一人で居るところを見た事がなかった。
    だからきっと学外でもそうなのだろう、と容易に想像がつく。
    人に囲まれていないのなんて私の部屋にふらっと遊びに来た時ぐらいだ、相変わらず人の中心でランチをとる工藤を、水野は静かに昼も過
    ごせないなんて大変ねと他人事のように眺めていた。





    きっかけは覚えていない。
    気が付いたら側にいるようになっていた、気が向いた時にだけ。
    だから、特に親しいというわけではないと思う。
    実際のところ、工藤について何一つ知らない。
    けれど工藤は水野の事を友達と呼ぶ。
    時々アパートにやって来ては一緒にご飯を食べて、来た時と同じようにふらっと帰っていく。

    あの取巻き達の方がよっぽど親しいんじゃなかろうか、そうは思うものの、やはりどこか自分と彼女らは工藤にとって違うようにも思える

    それを求めているようにも。
    だから部屋に来るなら迎え入れ、普段はそれほど関わらない、そんな距離を保っている。





    長雨が続くある日の事。
    ゼミが休講になってしまった。
    帰ろうにも、その次に講義があるのでそういうわけにもいかない。
    サークルの部室で時間を潰す事にして、水野はそちらへ足を向けた。
    朝から静かに降る雨は、止む事を知らない。
    夕方のような暗がりは時計を見なければ今が昼前だという事を忘れさせる。
    肌にまとわりつく生暖かい空気が不快で、足早に部室棟へと入った。
    傘を丁寧に畳んで、部室のドアの取っ手に手を掛けようとすると、扉はわずかに開かれていて。
    その隙間から華奢な体躯を引き寄せる工藤の姿が見えた。
    誰彼構わず来る者拒まず、取っ替え引っ替えだとは噂に聞いていたけれど。

    ─せっかく綺麗に畳めたのに。

    工藤は傍らの彼女の顎に手を添えるとゆっくり顔を近付ける。
    頬を朱に染めながらも目を瞑る女の顔を視界の端に捕らえ、水野は傘に手を掛けてその場から静かに離れた。
    ぱたん、と。
    小さく扉を閉じて。



    その日の講義を終え、アパートに帰ってくると部屋の前には見慣れた人影が立っていた。
    雨の中に佇む姿は無性に様になっている。
    水野の姿を捕らえると、
    「水野ー」
    片手を軽く上げた。
    「はいはい、待ってて今開けるから」
    鍵を取り出す間、大人しく待っている工藤が何だか可笑しい。
    くっくっと笑いが込み上げる。
    「なに」
    首を傾げる工藤。
    「別に」
    水野は答える。
    二人はいつもこんな感じだ。
    交わす言葉は少ない。
    過ごす時間は静寂の方が多いのではないだろうか。

    「──…センリ」

    水野が開けたドアに、勝手知ったるといった感じで工藤が上がり込もうとしていた矢先の事だった、沈黙が破られたのは。
    声の主は二人以外の第三者だったけれど。

    なかなか部屋に入らない工藤を不審に思い、中からひょいと顔を出す水野。

    ─あ、部室の。

    工藤がめんどくさそうな視線を向ける先は、今日見たばかりの顔だった。

    「その子が、彼女?」

    余裕を見せようと引きつった笑顔を懸命に浮かべているが、声が震えている為にその努力はまったくもって滑稽だ。

    「水野はそんなんじゃないよ」

    煩わしそうに髪を掻き上げる工藤は、ぞくりとするほど美しく、冷たい瞳をしていた。

    「じゃあ何?」

    「友達」

    「そんなに仲良さそうにしてて?優しい顔するくせに?友達?私は何だったの?」

    工藤は心底面倒臭そうに長く息を吐く。

    「最初から何も関係なかったでしょ、あなたとは」

    鋭い瞳、射抜かれて殺されそうだ。

    「ひどい…手を出しといてそんな言い草ないじゃない──…」

    彼女の声はもはやほとんど掠れてしまって、今にも崩れそうだった。

    「人聞き悪いな、誘ったのはあなたの方。してほしいって言うからしたんだよ、キスも、その先も」

    責任転嫁は良くない、にっこり笑う工藤は恐ろしく美しかった。




    「よかったの?あんな状態で帰しちゃって。彼女じゃないわけ」
    人の家の前で修羅場を繰り広げた彼女は、最後の工藤の言葉、あるいは笑顔だったかもしれない、とにかくそれが決定打となったようでよ
    うやく帰ってくれた。
    立っているのもやっとという感じでふらふらとした足取り、雨が降る道を一人歩く姿は見ていられないほど哀れだったが。

    「彼女じゃないって」

    水野が淹れたコーヒーに「砂糖もっと」と文句をつけて工藤は答える。

    「じゃあ友達?」

    「あたしの友達は水野だけだよ」

    「普段周りにいる人達は」

    「ただの周りにいる人達」

    定義がよくわからんと思いながら、砂糖とついでにミルクをたっぷり追加してやったコーヒーを工藤に渡す。

    「さっきの子も?」

    「そうなるね」

    「それじゃ他の子にもキスするんだ?」

    「頼まれれば」

    ウマイと言ってマグカップを啜る工藤を横目に、水野もコーヒーに口を付けた。こちらはブラック。

    「私にも?」

    「水野にはしないよ。友達だから」

    だからその定義がよくわかんないんだよなー、湯気を追って天井を眺めた。

    「キスしてエッチして視線も気持ちもって求められるのはイヤだ」

    工藤の声にそちらを見る。

    「じゃあしなきゃいいのに」

    「気持ちがないからできるんだよ」

    工藤は薄く笑った。

    変なの、と水野は呟いた。
    気持ちを伴うからこその行為ではないのだろうか。

    「それで、気持ちがあるから水野とはしない」

    ふーんと答えると、「友達だからね」と笑んだ。
    やっぱり工藤の思考回路はよくわからない。
    もう少しかい摘まんで言ってくれればいいのに、と思う。

    「要するに関係性の問題?」

    「そうなるね。あたしはこのバランスを崩したくない」

    「私は何も変わらないと思うけど」

    「──…試してみる?」

    コトリと静かにカップを置く工藤を見て、水野は特に何も考えずに瞼を下ろした。

    どうしてこう、暗闇というのは感覚が鋭くなるのだろう。

    部屋の外の雨音が立体的になる。

    そして工藤が、掠めるようにキスをした。


    「ほら、変わらない」

    目を開くと同時に水野は言う。

    「苦い」

    工藤は舌を出し、顔をしかめていた。

    「私のブラックだもん。相変わらず甘党だね、工藤は」

    「あー口直し口直し」

    テーブルに置いたマグカップを掴んでぐびぐびと飲み干す工藤。
    そんな様子を見つめる水野は、窓の外へと視線を向けた。


    本格的に梅雨入りしたようだ。
    雨が明けるのは暫く先になるだろう。

    ─今日はたくさん喋ったな。

    多くの会話の後は、いつも通りとは言え、静寂をより一層引き立てる。
    窓に手を伸ばして、からからとそれを開けた。
    瞬間、雨音が強まって、じとりとした湿った風が雨の匂いと共に水野の頬を撫でる。
    沈黙は、この梅雨の雨粒でも掻き消されそうになかった。









    誰もこの美しい人を捕らえる事はできない。









    「あんたいつか刺されるよ」



    「そしたら水野が骨拾って」





    6月の風が運ぶのは、湿った匂いとキスの記憶。










    花言葉は、

    あなたは美しいが冷淡だ。




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Nomal 花の名前【March】 / 秋 (07/01/22(Mon) 15:10) #17757 完結!
Nomal NO TITLE / マキノ (07/01/22(Mon) 17:47) #17760
│└Nomal マキノさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:51) #17814
Nomal Re[1]: 花の名前 / ケイ (07/01/22(Mon) 20:22) #17762
│└Nomal ケイさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:53) #17815
Nomal あぁあ / 肉食うさぎ (07/01/22(Mon) 22:56) #17771
│└Nomal 肉食うさぎさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:55) #17816
Nomal 感想 / トモ (07/01/25(Thu) 22:55) #17791
│└Nomal トモさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:57) #17817
Nomal 素敵です / sea (07/01/27(Sat) 03:22) #17803
│└Nomal seaさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:59) #17818
Nomal NO TITLE / 愛花 (07/01/27(Sat) 07:32) #17804
│└Nomal 愛花さんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 01:01) #17819
Nomal Re[1]: 花の名前 / れい (07/01/27(Sat) 15:32) #17805
│└Nomal れいさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 01:03) #17820
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