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■17756 / 1階層)  花の名前【February】
□投稿者/ 秋 一般♪(37回)-(2007/01/22(Mon) 15:09:15)
    花屋の店先に、家々の玄関口に、そっと飾られる馴染みの深いトリコロール色。
    何でもその名は、じっと見つめていると思想中の人の顔のように見えるからだとか。
    花屋も花と目を合わせ、互いに微笑んだりしてみるのだ。





    【パンジー】





    「ねぇ由木ちゃん、愛って何?」
    バイト仲間の葛西にそう唐突に問われて、由木は「はぁ?」という怪訝な返事や「へ?」という間抜けな声を上げるでもなく、ただただ呆
    気に取られてぽかんと口を開けていた。

    葛西といえばクールな外見もさる事ながら、中身も大変男前。
    入ってきた当初に由木の二つ下だと言っていたから現在は高三か、そうとは思えぬほどの冷静沈着ぶり、きっぱりさっぱりの竹を割ったよ
    うな性格で、恋愛事に一喜一憂している同世代の女の子達を馬鹿馬鹿しそうに眺めている節がある。
    それが突然「愛とは何ぞや?」と宣ったのだから、いくらバイトでしょっちゅう顔を合わせている由木とはいえ瞬時に答えを返せずに絶句
    してしまったのも無理はない。

    「ねえってば。聞いてんの?」
    何も言わない由木に少しばかりいらついたように葛西。
    「愛って一体何なのさ?」
    先程と同じ言葉を葛西は繰り返したので、やはり聞き違いではなかったのだと、改めて由木は目を丸くさせた。

    「どしたの、葛西」

    至極当然の疑問を口にする。
    問われた葛西はもごもごと歯切れが悪く、ついには下を向いてしまった。

    一体これは誰なのか、と驚きながら、

    「───もしかして…恋してる、とか?」

    自分で言っていて、その言葉の響きが何だかやたらと間抜けに聞こえた。
    それでも俯く葛西の耳は真っ赤だったので、
    「…え、まじ?図星?!」
    今度こそ大きく、由木は声を上げた。

    「…由木ちゃん、声デカい」

    顔を上げた葛西は、恨めしそうに由木を見やる。

    「それがわかんないから聞いてんでしょー…」

    こんなん初めてだ、と情けない声を出し、トレードマークの金髪をわしわしと掻く葛西。
    あぁこりゃ随分と重傷じゃないか、面白がるよりも先に、ただただ由木は驚いていた。



    葛西の話はこうだった。
    由木達が働く喫茶店に、半年ほど前から見掛けるようになったある人がいる。
    毎週水曜日に訪れ、定位置である窓際の席に座り、必ずロイヤルミルクティーを頼んでバッグから本を取り出し、小一時間ほど読書をして
    から帰っていくのだと言う。
    その出で立ちからこの辺の大学生ではないか、と葛西は推測していた。
    水曜日は由木の出勤日ではなかったから、その客の事を彼女は知らなかった。
    そして葛西は続ける。
    彼の人はこの半年間、一週も欠かす事なく必ず水曜日に顔を見せていたのに、先週は来なかったのだ、と。
    いつも見ている顔がいつもの時間に姿を見せない、どうしたのだろうと勤務中待ちわびていたけれどついぞ待ち人は来ず。
    それから妙に気になってしまって、バイト以外でも頭に浮かぶ。
    そして昨日の水曜日。
    訪れた彼の人の顔を見て安堵して、それから心臓が握り締められたように苦しいのだ、と。



    ─目の前で顔を真っ赤にしているこのかわいい女子高生は誰だ。

    由木は信じられないものを見るような目で葛西を見ていた。

    「それは立派に恋だと思うなぁ」

    「うぇ?」

    葛西は可笑しな声を出した。
    今日は意外な顔ばかりを見る、由木は笑いが込み上げてくるのを堪えた。

    「その人の事、葛西は好きなんだね」

    「えー?話した事もないのに?客だよ?」

    「恋とはそんなもんです」

    正直二十年程度しか生きていない由木にもそんな事はわからなかったが、これ以上ごちゃごちゃと論じていても葛西のキャパをオーバーし
    て火を吹いてしまいそうだったので、由木は適当な言葉で無難に締め括った。

    「そんなもんかなぁ…」

    葛西は腑に落ちないというような顔をして、最後まで自分が恋をしている事実を認めたがらなかったけれど。




    それなのに。

    次の週、由木と葛西の出勤日。
    休憩中の葛西は真剣な顔をしてハードカバーの分厚い本を読んでいた。
    ヘッドフォンを耳に当てて音楽を聞く姿こそよく見る光景だが、確か葛西は活字の類いが大嫌いだったはずだ。
    芸能雑誌ですら湿疹が出ると毛嫌いしていた。
    「何、してるのかな。葛西さん」
    声が上擦る由木に向かって、
    「見りゃわかんでしょ。読書」
    不機嫌そうに言った。
    えぇそれはわかりますけども。
    声にならない由木。
    ちらりとこちらを見た葛西はそれを察したのか、
    「…あの人がこないだ忘れてったんだよ、本。それで何かタイトル覚えちゃってて。たまたま学校の図書室行ったら同じのあったから」
    借りてきただけだ、それだけ言うと、ぷいっと顔を背けてまた本を読み出してしまった。

    ─活字が嫌いなあなたが¨たまたま¨図書室に行く理由なんてありますか?

    由木はツッコみたくてしょうがなかったが、真剣に文字を追う葛西を見ると邪魔をするのは忍びなく、やれやれと苦笑した。




    「今度はどうしたの…?」
    また別の日。
    出勤してきた由木は、あんぐりと口を開けて葛西を見ていた。
    「どうしたって、何が」
    不躾な由木の言葉に、葛西は眉をひそめる。

    「だって、髪…」

    そう、トレードマークの金髪の頭。
    マスターや常連さんはもうすっかり見慣れてしまって、そればかりかなかなか評判がいいのだが、初めて来店する年配のお客さんはやはり
    金髪の葛西にド肝を抜かれる。
    それほどにインパクトのある、輝く金色。
    根本から別の色が覗く事など有り得ない。
    それは葛西の美意識の表れだった。
    それが、さらさらと艶めく黒髪に変身している。

    「随分すっきりしたねー…」

    もはやどう言葉をかけていいのかわからない。

    葛西は自身の黒髪をさらりと撫でてぼそぼそと呟いた。

    彼女の想い人は真っ黒な黒髪で、穏やかで静かな人なのだと。
    「真面目そうな感じだから、怖がらせそうで」
    そう言う葛西に、

    ─恋する乙女には何でもありなのか。

    由木は感嘆の声を漏らすばかりだ。




    おかしい、由木は怪訝な顔で葛西を見た。
    一見ちゃらちゃらしているような印象を受ける葛西。
    けれど仕事はテキパキとこなし、しかも素早く丁寧だ。
    バイトの中で唯一コーヒーを淹れる事を許されている彼女の腕は、常連の皆さんにも定評がある。
    それなのにこの日はミスを連発し、先程なんてあろう事か挽く豆の分量を間違える始末。

    「葛西…」
    あまりに呆れて葛西に声を掛けると、

    「由木ちゃん、あの人が来てる…」
    半ば放心しながら、情けなく呻いた。

    「水曜じゃないのに?」

    「だからびっくりしてんじゃん!いつもなら心の準備できるのに!」

    成程と頷きながら、しかしこんな調子では使いものにならない。

    「それはそれ、これはこれ。ちゃんと立て直してよ。葛西がそんなんじゃお金払ってコーヒー飲みに来るお客さんに失礼でしょ」

    年上らしく注意して、それでも彼女の想い人の顔を好奇心から一度拝んでみたかったので、
    「それはともかくその人は窓際だっけ」
    目を輝かせ、視線を向けた。

    噂に違わず、確かに穏やかで静かそうな印象。
    窓から入る陽射しで、黒髪が深い緑に光る。
    先程のオーダーを見るとやはりロイヤルミルクティー。
    上品な振る舞い、優雅にカップに口を付け読書をする姿が様になっている。
    年齢も、大学生という葛西の推測は当たっていそうだ。
    ただ─

    「──…女の、人?」

    「言わなかった?」

    「聞いてませんね」

    「…驚いた?」

    「それは別に」

    本当だった。
    何となく、不自然ではない気がして。

    「だから最初から恋じゃないって言ったでしょー。女同士なんだから」

    「それはあんまり関係ないと思うよ」

    「───…そう思う?」

    「うん」

    葛西の行動の理由が恋じゃない方が自然じゃない。
    由木はそう思ったけれど、葛西を更に混乱させそうだったので言わずにおいた。

    そうこうしている間に、想い人たる仮称・女子大生が本を閉じる。
    来店からそろそろ一時間というところ、帰るのだろうか。
    この間葛西はグラスを割り、ミックスサンド用のトマトをみじん切りにし、コーヒーを沸かす温度を微妙に間違え、マスターは怒りながら
    も驚きを隠せていなかった。

    彼女が立ち上がる。
    バッグを持つと、こちらへやってくる気配。
    洗い物でカウンターから動けなかった由木は、「葛西、レジお願い」と葛西を促す。
    葛西は少し戸惑い、けれど仕事の顔付きになってカウンターの隅のレジに立った。

    「ロイヤルミルクティーで650円になります」

    葛西の声が緊張しているのが、由木にもわかった。
    ちゃりちゃりと小銭を取り出し、支払う想い人。

    「ごちそうさま」

    発した言葉は凛としていた。

    「ありがとうございました」

    深々と頭を下げる葛西に、

    「髪の毛染めたんですね。あの金色、すごく綺麗で似合ってたのに」

    彼女はさらりと告げてから、店の扉を颯爽と開いて去って行った。


    最後のグラスをシンクに立てて、由木は葛西を見た。
    耳まで真っ赤だ。
    きっと明日は、はつらつとした葛西によく似合う、燦然と輝く金髪になっているに違いない。
    一人納得し、頷く由木。
    レジの前で立ち尽くしていた葛西は、カウンターの内側にへなへなとしゃがみ込んだ。
    店内をざっと見渡し、今は客がいない事を確認して、由木も葛西の側に寄る。

    「どした?」

    「あたし、今最高にカッコ悪い」

    真っ赤な顔を両手で覆う葛西。

    「仕事ミスって、自信持ってるコーヒーもまずく淹れちゃってさ」

    表情は見えないが、葛西の声から自身に腹を立てている事は窺えた。

    「自分が許せない。すっごい馬鹿だ、あたし」

    膝に顔を埋めて、独り言のように漏らす。
    耳も、わずかに見える横顔も、未だに熱が冷めていない。

    「それなのに舞い上がってんの。嬉しいって思ってる。ほんと馬鹿みたいだ」

    う゛ーと、声にならずに葛西は呻く。

    「こんなの、超かっこわりぃ…」

    葛西の柔らかい黒髪に手を伸ばしてさらさらと撫でた由木は、
    「私も、葛西は金髪が似合うと思ってたよ」
    だから明日染めておいで、ぐずる子供をあやすようにそう言った。










    ─誰かを想って馬鹿になるあなたを、美しいと思う私はとてつもない大馬鹿野郎だ。










    花言葉は、

    物思い。




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Nomal Re[1]: 花の名前 / ケイ (07/01/22(Mon) 20:22) #17762
│└Nomal ケイさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:53) #17815
Nomal あぁあ / 肉食うさぎ (07/01/22(Mon) 22:56) #17771
│└Nomal 肉食うさぎさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:55) #17816
Nomal 感想 / トモ (07/01/25(Thu) 22:55) #17791
│└Nomal トモさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:57) #17817
Nomal 素敵です / sea (07/01/27(Sat) 03:22) #17803
│└Nomal seaさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:59) #17818
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