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■17752 / 1階層)  花の名前【October】
□投稿者/ 秋 一般♪(33回)-(2007/01/22(Mon) 15:05:08)
    白地に映える赤紫色の斑点が、ある野鳥の胸の模様にそっくりだ。
    だから同じ名を付けられたと言う。
    店のシャッターを開けると爽やかな秋晴れ。
    強い陽射しを嫌うこの花を日陰に配置し店先へと出てくると、朝の賑やかな喧騒が花屋を迎えた。
    ちょうど登校時間なのだろう、連れ立って歩く女子高生が二人。
    一人はペラペラと喋り、一人はニコニコと聞いている。
    その様子を微笑ましそうに眺める花屋は、朝の空気を目一杯吸い込んだ。





    【ほととぎす】





    高校二年生の日高さんは、同じく高校二年生でクラスメートの早見さんの事が好きだった。
    勿論二人は¨女の子¨である。
    けれどそんな事は大した障害ではなかった。
    少なくとも日高さんにとっては。





    「はーやみ、英語の和訳見せて。今日も好きだよ」

    今日も今日とて日高さんは愛を囁く。

    「ほら」

    慣れた手つきでノートを差し出し、早見さんはふんわりと上品に笑う。

    「さっすが早見、ありがとー。それから好きだよ」

    「今回は範囲が広いから、早く取り掛からないと写し終わらないわよ」

    「うんうん、わかった。やっぱり好きだよ」

    「そうそう、こないだ貸してくれたCD、結構好みだった。他にもある?」

    「ほんとー?あるある、明日持って来るよ。そんでもって好きだよ」

    「あ、先生に呼ばれてるんだった。じゃあね、日高。さっさと写してノート返しなさいよ」


    終始がこんな調子だ。

    遊びに誘えば乗ってくれるし、誘ってくれる事もある。
    こちらの愛の言葉に面と向かって拒絶された事は今のところ、ない。
    嫌われてはいないはず、日高さんは思う。
    けれど近付いたと思ったら遠ざかり、諦めようとするとやはりいつもの位置にいたりする。
    付かず離れず、絶妙な距離を保つ二人。
    はっきりと「あなたの想いには応えられない」とでも言ってくれれば、日高さんとしても何とか気持ちの踏ん切りがつけようもあるのだが
    、掴み所のない早見さんの考えなんてさっぱりわからなかった。
    元々他の級友達よりも大人びた風情が漂う早見さん。
    笑顔一つで周囲を丸め込んでしまうものだから、実に本当の感情が読み難い。

    ─きっと腹ん中は真っ黒だ。

    日高さんは、想いを寄せる相手にそんな失礼極まりないイメージを抱いていたりする。
    それでも好きだと言うのだから、一途というかひたむきというか、単純すぎるが故に¨恋は盲目¨を地でいく日高さんは実はすごいのかも
    しれない。




    ある日の昼休み。
    購買戦争を勝ち抜いた日高さんは、人気商品のカツサンドと焼きそばパンを手に緩んだ顔で廊下を歩いていた。
    早見さんの好物であるヨーグルトもちゃっかりゲットしている辺り、なかなか彼女も抜け目ない。
    教室に早見さんの姿は見られなかったので、見つけた先で食べればいいやと戦利品を持って彼の人を探す日高さん。
    中庭のベンチでようやく愛しの早見さんを捉らえ、声を掛けようとして、やめた。
    彼女が一人ではなかったから。
    側には知らない男子生徒。
    やり取りは聞こえなくても、この状況を読めないほど日高さんはばかではない。
    というか、よくある事なのだ。
    またかと思いながら、日高さんは遠目に二人を眺めていた。

    こう言っては何だが、早見さんは中身の方は置いといて見た目だけなら素晴らしい造形をしている。
    そんな彼女ににっこりと微笑まれたらドキリとしない方がおかしい。
    あくまでも中身は抜きで、の話だが。

    そんなわけで引っきりなしに早見さんへと近寄る輩が多いので、その度に日高さんはやきもきしなければならない。
    早見さんがそれらにイエスと言った試しはないし、これからもそれは有り得ないとどこか確信めいた自信はあるのだが、それでも日高さん
    の心臓はキリキリと痛む。

    ─早見にはきっとこんな気持ちわかんない。

    カツサンドの袋を開けて、ぱくつきながら日高さんはその場を後にした。




    別のある日。
    登校してきた日高さんは自身の下駄箱の前で固まっていた。
    非常に古典的だが、これは──

    「ラブレター?」

    ひょいと後ろから覗き込まれて、「わぁ!」と日高さんは声を上げた。

    「ははははは早見、い、い、いつからそこに」

    動揺しすぎである。

    「さっきから。日高、ずっとそこに固まったまま動かないんだもの。いい加減邪魔」

    早見さんはしっしっと追い払う仕草をして、日高さんをそこからどかす。
    「はやみ」と「ひだか」、出席番号の関係で二人の下駄箱の位置は上下である。

    「で?どうするの、それ」

    早見さんは上履きを取り出しながらこちらを見る。
    そんなの決まってるじゃん、と瞬時に言おうとした日高さんはそれを押しとどめた。

    正直、彼女は疲れていた。
    早見さんと居るのは楽しいけれど、もはやこの先どう手を打っていいのかわからなくなっていた。

    「…──日高?」

    即答するものだと思っていた日高さんが押し黙ってしまったので、その予期せぬ反応に早見さんは怪訝そうに日高さんの顔を覗き込んだ。


    「…わかんない」

    日高さんの呟きが地面に落ちる。

    「でも話するだけしてみてもいいかなーって」

    そして早見さんを見た。

    「もしいい人だったらお友達から〜、ってやつ?」

    へらっと笑う日高さん。

    「ほら、そしたらこれ以上早見に付きまとって迷惑掛けなくて済むし」

    早見さんはふぅと小さく息を吐き、「そう」と、とてもつまらなそうに呟くと、さっさと靴を履きかえて教室へと向かってしまった。
    日高さんはただただわけがわからずに、あの冷たい声に「怖い…」と素直な感想を口にした。
    美しい人の真顔は、恐ろしく迫力があるのだ。




    やはりというか、何と言うか。
    案の定、その日の早見さんは怖かった。というより変だった。
    日高さんに対していちいち棘があるのだ。
    ノートを貸してくれなければヨーグルトも受け取ってくれない。
    通りすがりに肩にぶつかり、足を踏む。
    友人と笑い話に花を咲かせている最中、感じる視線に振り返れば鋭い瞳で睨みつけられている。
    話し掛けても無視か嫌味のオンパレード。
    元々毒はある人だけれど、本気で相手を傷つけたりはしないので、日高さんは結構真剣に怯えていた。

    ─今日に限って何でこんなに不機嫌なんだろう。

    声を掛けて、「何の用?」と向けられた笑顔に心の底から恐怖したのは初めてだ。
    事実ちょっと半泣きだった。

    ─あたし何かしたっけ?

    駅までの帰路を一人寂しく辿りながら、思案する。
    いつもは早見さんと一緒に歩く道だ。
    約束こそしてないものの、何だかんだ言いつつも早見さんは隣に居てくれた。

    ─あたしが何したっつーんだ…。

    一人で歩いていて、悲しくなってきて、それでもなけなしの脳みそをフル稼働させて日高さんは考える。
    あまり考え事は得意じゃないのに。
    情けなくて泣きそうになってきた日高さんの頭からは煙が出てきそうだった。

    「だーっもう知るか!わけわかんねーっ!」

    ショート寸前まで追い詰められ、ついには道の往来で叫び出す始末。

    「いつもいつも笑顔で何考えてんのかわけわかんないのに、いきなり無表情だったり睨んできたり、何だっつーの!怒る?怒ってんの?そ
    れならそうと言えばいいじゃん!大体怒られる筋合いなんか────……あ」

    叫んで叫んで、心の内をぶちまけて。
    ようやくある一つの結論に辿り着いた日高さん。


    思い違いではないならば。
    それはとてもシンプルな事。


    やっとその事に気付いた日高さんは泣きそうになった。
    勿論先程とは別の意味で。




    翌朝教室に行くと、すでに早見さんは自分の席に着席していた。
    頬杖をついて何やら雑誌を読んでいる。

    「早見、おはよ」

    声を掛けながら早見さんの前の席に座る。

    「おはよう」

    雑誌から顔を上げて挨拶を返す早見さんは、にっこりと笑んだ。
    昨日の静かなる威圧感が嘘のよう、すっかりいつも通りの早見さん。
    日高さんは少なからず、いや、大いに安堵した。

    ─昨日は眼光で人が殺せたもん。

    やはり相変わらずの失敬な事を考えている。
    そしてこっそり深呼吸をして、早見さんが目を落とす雑誌をぱたんと閉じた。
    早見さんは「何?」とでも言うように、ちらりと視線だけを日高さんに向けた。


    「ねー、早見。あんたあたしの事好きなくせに何であたしのものになんないの?」


    日高さんの言葉に、早見さんは「あら、面白い事を言うわね」と目を細めた。
    頬杖をついたまま、「そうね…」と短く逡巡し、

    「簡単にものになって飽きられるのはごめんだわ」

    余裕たっぷりに言って、本当に17歳かと疑いたくなるような何とも艶っぽい笑みを口元に浮かべる。

    悪い顔だなー、日高さんは思った。
    こんな表情ができる17歳はそうそういない。

    見惚れる日高さんの視界に、こちらへと伸ばされた早見さんの指が映る。



    「追い掛けて、追い掛けて、ずっと私だけを見てればいいの」



    つつ、と。
    指先を伸ばした早見さんは、人差し指の腹で日高さんの顎のラインをなぞった。
    ぞくぞくと、背中に電流が這う。

    「だから、よ」

    質問の答えをそう締め括って、やはり上品に早見さんは笑った。

    そんな駆け引きはいらないよ、などと心中で毒吐きながらも、こんなに素敵な笑顔を見せられてはもはや日高さんは何にも言えなくなって
    しまうのだった。

    ─本当に、早見には悪い顔がよく似合う。

    こんな事を妙に納得しながら「やっぱ好きだなー」と考えている辺り、日高さんはだいぶ終わっている。

    掴まれた心は、そう容易く離してはくれないらしい。






    この世界にはこんなにも人が溢れているのに、
    どうしてたった一人を独占したくなるのだろう。










    花言葉は、

    永遠にあなたのもの。




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Nomal Re[1]: 花の名前 / ケイ (07/01/22(Mon) 20:22) #17762
│└Nomal ケイさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:53) #17815
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│└Nomal 肉食うさぎさんへ。 / 秋 (07/01/30(Tue) 00:55) #17816
Nomal 感想 / トモ (07/01/25(Thu) 22:55) #17791
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