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■18085 / 1階層)  こんなはずじゃなかった。─5
□投稿者/ 秋 ちょと常連(50回)-(2007/02/23(Fri) 11:56:44)
    世界なんてくそったれだ。





    【少女達が見つめる景色】





    どうしてアイツを選んだのか、そこに意味なんてない。
    ただ一番近くに居たから、それだけだ。
    だから最近思う。
    近くに居たのがアイツだったって事に、意味があるんじゃないかって。





    気付いたら側に居た。
    幼馴染みの認識なんてそんなもんだと思う。
    同い年だし、家なんて隣だし、ちっちゃい頃の遊び相手として互いが手頃だったんだろう。
    いつも一緒にいようね、そんな愚かな約束ごとなんてした覚えはないけど、それでも気付けば行動を共にしていた。

    『どうして佐保はいつもつまんなそうな顔してんの?』

    『だってつまらないから』

    『ふーん』

    『そういう夏緒はどうなのよ。いつもにこにこ笑ってて』

    『つまらないから、だよ』

    『私は結構素直じゃないけど、あんたも相当屈折してる』

    そう言う佐保の口の端はわずかに上がっていた。




    小中と同じ学び舎で過ごしたあたし達の、そこが岐路だった。

    『佐保、合格おめでと。あそここの辺のトップ校じゃん。さすがだね』

    『夏緒こそ、先にスポーツ推薦受かってたじゃない』

    『高校から別々かー』

    『今までずっと同じ学校だったから変な感じね』

    『寂しい?』

    『……推薦落ちたらこっち来るって言ってたからちょっと期待してた』

    『不吉な事言うな。大体あたしの頭で佐保と同じとこなんか行けないって。あたしからバスケ取ったら何が残んの』

    『それはそうだけど』

    『少しぐらい否定しろよっ』




    家が隣同士とは言え、高校生になってからは生活時間はばらばら。今までのように一緒に登下校、なんてわけにはいかなくなった。
    朝練があるあたしは早くに家を出て、放課後も部活を終えて帰宅すると結構な時間になっている。
    休日は返上でやっぱり部活。
    高校生の醍醐味だとバイトまで始めちゃってたものだから、部活がない日もなかなかに忙しい。
    佐保は佐保で予備校に通い、ない日は駅前の図書館に篭り、勉強勉強の毎日のようだった。
    ゆるゆるなあたしの家に比べ、あいつの親は娘に過剰な愛情と期待を注いでいたから。
    そんなわけであまり顔を合わせる機会が無くなったあたし達。
    疎遠になるきっかけなんて案外こんなものかもしれないなんて思ったり。
    実際、毎日は目まぐるしく過ぎていったし。
    それでも時々は思い出したりしてた、何してるかな、元気かな、なんて。
    きっと、佐保もそうだったんだと思う。

    部活が終わってあぁお腹減ったななんて呟きながら家路を辿る。
    夕暮れをとっくに過ぎて、辺りはもう濃い闇。
    だから家の門扉に手をかけるまでそこに人が立ってるなんて気付かなかった。
    佐保、がいた。
    夕食後うちに来て、ずっと待っていたらしい。
    その時のあたしは、ひどく驚いたようでいて、何だかそれを予期していたようでもあったかもしれない。
    母親に「ただいま」と佐保の来訪だけを告げて、あたしの部屋へ入った。
    空腹は忘れていた。
    ほんの三ヶ月だ、離れていたのは。
    それなのにあたしの部屋に佐保がいる、とても懐かしい光景に思えた。
    一番最初に何を口にしたのかなんて覚えてない。
    そもそも何を話したのかさえ忘れてしまった。
    しばらく言葉を交わしていた気がする。
    やがて会話が途切れて、沈黙した。
    静寂が続いて、佐保の方を見るとこちらを向いていた佐保と目が合った。
    何も考えてなかった。
    ただ何となく、だ。
    1mと離れていない距離の佐保にとても自然に手が伸びた。
    佐保の頬に手の平を添える。
    思った通り、すべすべしていた。
    佐保は黙ってあたしを見つめていた。
    親指の腹で佐保の唇をなぞって、それからあたしは触れる程度に口づけた。
    顔を離すと、佐保は大して驚いてはいなくて。
    ただ、小さく口を開いた。

    『どうしてキスしたの?』

    『したかったから』

    『珍しく正直ね』

    『佐保は?どうして避けなかったの?』

    『してほしかったから』

    『そっちこそ。珍しく素直』

    くくっと笑うと佐保も笑った。
    どうやら縁というものは、そう易々と千切れるものじゃないらしい。




    「夏緒?寝てるの?」
    部屋の外で佐保の声がする。
    あたしはベッドの上で雑誌に顔を埋めて突っ伏していた。
    佐保が来るまでの暇潰しのつもりがいつのまにか寝てしまったようだ。
    それにしても随分懐かしい夢を見たものだと、一度大きく伸びをしてから立ち上がって佐保を部屋へと招き入れた。
    ベッドを背にしてラグマットに座ると、佐保もあたしの隣に座り込んだ。
    あたしの肩に頭を預けるようにして静かに寄り添う佐保に、珍しいなと思う。
    視線だけを佐保に向けて、ちらと顔を覗き見る。
    佐保は瞼を伏せ、緩やかに呼吸していた。
    相変わらずの白い肌、だからこそ余計に目の下の隈が目立つ。
    少し痩せた気もする。
    大丈夫?、無理するな、そんな言葉は絶対言わない。そもそも思ってもいない。
    佐保だって弱音は吐かないし、あたしに心配される事に吐き気すら覚えるだろう。
    だから素直に肩を貸してやる、それぐらいがちょうどいい。

    「この後図書館?」

    何の気なしに言葉をかける。
    部活もバイトもない日曜日。
    いつも通り図書館に行く佐保は、その前に少しだけあたしの家に寄ると言っていた。
    現に今こうして隣にいる。

    「んー」

    あたしの問いに、気の抜けたような返事。
    気にせずに続けた。

    「あたしもそろそろ進路ちゃんと考えっかなー」

    「引退まではバスケに打ち込んでなさいよ。あんたの取り柄なんだし」

    「それもそうか」と笑ったら、佐保は綺麗に苦笑した。

    「──大学も、やっぱりバスケで推薦狙ってる?」

    「んーん、部活はもういい。バスケは続けるけどね、あくまでも趣味の範疇」

    今回は一般で試験受けなきゃなー、つーかあたし大学そんなに知んないわ、まずは大学選びからかめんどいなちくしょう、などとぼやいて
    いたら、

    「私と同じ大学受ければ?」

    悪戯めいた佐保の声。

    「…無茶言うな。そんなとこ行くなんて言ったらお母さんびっくりしてぶっ倒れちゃうって」

    「それじゃあ私が夏緒と同じとこ行こうかな」

    「それこそあんたんとこのおばさんがぶっ倒れるっつーの」

    くすくすと佐保が笑いを堪えているのが肩越しに伝わる。
    ひとしきり笑って落ち着くと、

    「──…夏緒がいたら、楽しいだろうな」

    息をするようにぽつりとこぼした。

    「…高校楽しいっしょ?」

    「うん」

    「あたしも楽しんでるよ」

    「知ってる」

    佐保は顔を上げた。
    自然とあたしもそちらを向く。
    だから目が合うのも必然。

    「一緒にいられる時間て限られてると思うの。当人の意志に関わらず、ね」

    縋るような瞳ではないけど、ひどく力が込められた視線。
    やっぱりコイツって綺麗な顔してんだ、的外れな事を思う。
    冷たさすら漂う美貌を少しは崩して笑ったらどうか、と。
    いつだったか、あんたは緊張感に欠けるのだと呆れたようにぼやかれた事を思い出す。
    それは少々間の抜けたこの垂れ目に文句を言っていただきたい。

    「限られた時間なら、どう過ごすかじゃなくて誰と過ごすかだわ」

    静かに、淡々と言う佐保。

    「どうして佐保はそんなに切迫した物の考え方するかなぁ」

    「夏緒が楽観的過ぎるの」

    キッと、睨まれる。


    「──私は瞬きすら惜しいのに」


    「そんなにあたしを見てたいかい?」と言ったら、更に鋭く睨まれた。
    その筋の血を引いているんじゃないだろうかと時々思う。

    「誰と過ごすか、ねぇ」

    けれどこれは真実かもしれない。
    『一緒に居たい人と居る』
    言葉にすると単純だけど、これがなかなかままならないものだから。

    「またおばさんに何か言われた?」

    なるべく自然に訊ねたけど、案の定佐保は「…別に」と答えて口を噤んでしまった。

    どうして誰かの隣に立つという事が、簡単そうに見えてこうも難しいのか。
    あたしだってわかってる。
    それを難しくさせてるのはいつだって身近な第三者だって事も。
    本当に、馬鹿げてる。

    「そろそろ図書館行く」

    あたしの肩から佐保の重みが消えた。
    同時にすーっと熱も引く。
    佐保はさっさと立ち上がると、「じゃあね」と言って部屋の戸に手を掛けた。
    開かれた扉に吸い込まれるようにして消える背中を見ながら、瞬きさえ惜しんで目に焼きつける暇を与えてくれないのはどっちだ、そんな
    らしくもない事を思ってしまった。
    やれやれと頭を掻いて立ち上がる。
    階段をぎしぎし言わせながら下りると、玄関でブーツを履いていた佐保はその物音に振り向いた。
    「コンビニ行くから。駅まで一緒行こ」
    何も答えない佐保。
    返事の代わりにあたしがスニーカーを履くのを待っていた。


    日曜の昼下がり、冬を感じさせる空気に身震いし、それでも陽射しは暖かい。
    見上げた空の近さに、今なら手を伸ばせば届くんじゃないかと思う。
    「珍しい」
    「ん?」
    「ふたりで外歩くの」
    「あー」
    そう言えば久しぶりかもしれない。
    空はさすがに無理だから、だいぶ家から離れたところでこっそり佐保に手を伸ばしてみた。
    佐保はちょっと驚いて、そして静かに指を絡めて応えてくれた。

    「あたし、佐保と同じ大学目指してみようかな」

    「…どうしたの、急に」

    「んー、瞬きを惜しんでみようかと」

    「何それ、意味わかんない」

    「一緒に居たい、って事」

    ばかじゃないの、小さく漏らして俯いた佐保の耳は真っ赤だ。

    「…じゃあ勉強しなきゃね」

    「うん。でも当面は部活があるし、そもそもあたしの学力じゃやっぱ不安だなー」

    「やる前から弱気でどうするの。絶対受かってやる、ぐらいの意気込み見せてよ」

    「受験するからには合格する気はあるけどさ、まぁそこはあたしだし、死なない程度に一応必死で頑張るよ。だからそんなに期待しないで
    楽しみにしてて」

    「何なの、その消極的なやる気は…」

    苦笑しながらも佐保は楽しそうだった。
    つられてあたしも笑った。
    居たい人と共に居る。
    そんな単純な事さえも簡単に叶えてやれず、ましてや願いなんて呼んでしまうほどに、あたし達はまだまだ無力な子供だ。
    だからせめて、駅前までこの手が繋がったままならいい。






    世界は猜疑と欺瞞で満ち満ちていて、ちっとも綺麗なんかじゃなくて、つまりあれだ、言葉を取り繕わなければ、くそったれだ。
    それでも時々くすんだ光も射すから、霞む視界に目が眩む。


    あぁ、掃き溜めに花束をしみったれた空に愛の手を。




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