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■18087 / 1階層)  こんなはずじゃなかった。─7
□投稿者/ 秋 ちょと常連(52回)-(2007/02/23(Fri) 11:58:41)
    視界に入れてしまってからしまったと思った。
    瞬時に目を背け、見なかった事にしてその横を素知らぬ顔で通り過ぎようとして。
    何だかんだ言って私はお人好しなんだよなと、小さく溜め息をついてから、昇降口でぼんやりと立ち尽くしている見慣れた人影の隣に立っ
    た。





    【レイニーデイ─冷たい微熱】





    今日は朝からどんよりとした曇り空だった。
    テレビのお天気お姉さんも午後には雨が降るでしょうと、出勤登校する人々に傘の持参を強調していた。
    予報は大当り。
    放課後、図書室に篭ってレポート用の資料集めをしていたら帰る頃にはもはや外はとっぷりと日が暮れて薄暗い。
    昼休み辺りからぽつりぽつりと降り始めていた雨も、今はすっかりザァザァと雨足を強めていた。
    お姉さんを信じてよかった、鞄から折たたみ傘を取り出す。
    さぁ帰ろうと靴を履き替えたところで、見てしまったのだ。
    昇降口の入口で一人佇む背中を。
    すらりとした体躯、きらきらと明るい薄茶色の髪。
    後ろ姿だけでそれが誰だか十分わかってしまう。
    わかってしまったので気付かなかった事にしてしまう事にした。
    そう決め込んだ。
    どうせあいつなら、持ち前の愛想の良さと顔の広さで通りかかる生徒の傘に入れてもらう事なんてわけないだろう。
    だから私が入れてやる必要なんてないのだ。
    心の中で強く頷いて、できるだけ静かに通り過ぎようとした。

    ──…それなのに。

    下校時間はとっくに過ぎて、ほとんどの生徒は帰宅してしまっている。
    通りかかる生徒なんてもはや皆無かもしれないなんて事に、何で気付いてしまったのだろう。

    あぁ、もうっ!

    私はずかずかとその人影に近付いて、ずいっと広げた傘を差し出した。

    こちらをゆっくりと振り向いた顔は、私と傘を交互に見て驚いたようにわずかに目を大きくさせた。

    「…入れば」

    私の言葉に、いつものようにハイテンションにじゃれついてくるどころかきょとんとしている。

    「あーもう!馨もどうせ電車通学でしょ?駅までなら入れてやるって言ってんの!入るの?入らないの?」

    早口でまくしたてると、「やー助かります。ありがとうございます」ようやく目尻を下げてへらりと笑った。
    その穏やかな声にも拍子抜けする。
    何だかいつもと違うテンションだと調子が狂ってしまうじゃないか。
    犬って雨に弱かったっけと思いながら昇降口から出ようとすると、馨が私の方へと手を伸ばし傘の柄を掴んでひょいと取り上げた。
    「あたしが持ちます」
    にっこり笑う馨。
    「え?いーよ、私が持つって」
    取り返そうと手を伸ばすと、傘を持った手を高々と上げられてしまった。

    「ほら、先輩が持ったらあたしが入れないし」

    あぁ成程、身長差があるからね。
    と瞬時に納得してしまった自分に腹が立つ。
    そういうつもりはなかったのだろうけど暗にちっちゃいと言っている馨にも腹が立って、思い切り脛を蹴っ飛ばしてやった。
    案の定馨は声にならない呻き声を上げる。
    それで傘持ちの許可としてやろう。

    「先輩、女の子なんだからこう乱暴なのはどうかと」

    「余計なお世話」

    「そんな事言ってると婚期逃しますよー」

    「もっと余計なお世話だっ」

    「まぁ最終的にはあたしがもらってあげますけど」

    「ほんとに馨と話してると疲れるなぁ…」

    「ん?お疲れですか?どっかで休憩してきます?この辺ホテルあったかなー」

    「ねぇ芹澤さん。人と会話する気あるのかな」

    歩き始めると馨は相変わらずの軽口を叩く。
    そのいつも通りの様子にどこかほっとする。
    初冬の雨は外気を冷やして、カーテンのようにザァザァと降り注いでは周囲の音と視界を奪っていた。
    その上傘のせいで余計に世界が狭まっている。

    「あ、先輩もうちょっとこっちに寄って。濡れちゃいますよ」

    右側に立つ馨の腕に肩がぶつかった。
    慌てて離れようとすると、「だから濡れちゃいますってば」馨にそれを押しとどめられる。
    何となく腕と肩が触れ合ったままで歩き続ける。
    ブレザーを隔てて、そこだけ熱が宿っていて何だかそわそわした気分になった。
    この温度はあたしか、馨か、どちらのものだろうか。
    毎日毎日抱きつかれて慣れているはずなのに、この距離には何となく照れてしまった。
    そういえば並んで歩くなんて初めてかもしれない。
    この帰り道、軽口は叩くものの馨からは触れてきていない事にも気が付く。
    あぁ、本当に調子が狂う。

    「だいぶ弱くなりましたね、雨」

    駅前のアーケードまで差し掛かると傘を下げながら馨が言った。
    雨粒を振り払い、綺麗に折り畳んだ傘を私に差し出す。
    「ありがとうございました」
    にっこりと笑って。
    「あぁ、うん…」
    ぼんやりと答えて受け取ると、くるりと私の正面に立ち、
    「それじゃあたしあっちなんで」
    へらへらと笑いながら手を振った。
    馨の前髪からぽたり、と。雫が落ちる。

    ─あれ?

    声をかける暇もなく、「タキ先輩、また明日」馨は反対側のホームへ駆けて行ってしまった。
    その背中を呆然と、そして半ば呆れつつ見送る。

    並んで歩いていた時は気付かなかったけれど、正面を臨んでようやく見えた。
    馨の藍色のブレザーは深い紺に変わっていて。髪からも雨粒が垂れていた。
    無傷だったのは私が居た左側の腕だけで。
    元々大きな造りではない折り畳み傘、二人も入ればぎゅうぎゅうだ。
    きっと私の方に傾けていたのだろう。
    そのお陰か、私のブレザーは雨の被害なんてさっぱり感じさせず、変色すら見られない綺麗なものだ。

    馨め、あれ程私が濡れないか気遣っていたくせに。

    「自分が濡れてんじゃん…」

    さりげなくかばうのはやめてほしい。
    どうしていいかわからなくなるじゃないか。


    呟いて、そっと右肩に触れてみた。
    だいぶ冷めてしまったものの、そこにはしっかりと確かな温度が残っていて。
    その熱は、やっぱり私の調子を狂わせる。




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