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■18089 / 1階層)  こんなはずじゃなかった。─9
□投稿者/ 秋 ちょと常連(54回)-(2007/02/23(Fri) 12:01:03)
    当番の日は朝と昼休みと放課後に保健室へと顔を出す。
    そして手当を求めてやって来た訪問者に対応したり、この部屋の主たる保健医の瑞樹先生に命じられた雑務をこなす。
    それが保健委員である私の仕事。

    放課後は馨も部活に出ているし、唯一安らげる私の憩いの一時だった。





    【放課後クラッシャー】





    ─今日は当番の日だ。

    保健室に向かう足を早める。
    少しだけホームルームが長引いてしまった。
    階段を一気に駆け降りて注意されない程度に廊下を小走りする。
    目的の扉の前で深呼吸。

    「遅れてごめんなさいっ」

    謝りながら勢いよくドアを開けると、目の前にはどーんと壁があった。
    よくよく見れば当たり前だが壁ではない。
    ちょうど出て行こうとしていたのだろう、私と同じく制服を纏った生徒だった。
    私の目線は目の前に立つ彼女に遮られてまったくもって視界ゼロ。
    背の高い子だなぁと見上げてみると、彼女もまた私を見下ろしていた。
    長めの前髪がさらりとなびいて、そこから覗いた黒耀石のような瞳と目が合った。
    どこかで見た事がある、と思って。

    ─王子だ。

    よく馨と二人で居る、確か伊佐忍、だっけ。

    彼女は私を一瞥すると、ぺこりと軽く頭を下げてから私の横を通り過ぎて廊下へ出た。
    長い脚ですたすたと歩き、あっという間に背中が小さくなっていく。
    それをぼけっと眺めていると、

    「神谷、珍しく遅かったね」

    凛とした声が私に届いた。

    慌てて保健室に入って、「ごめんなさい!ホームルールが長引いちゃって!」深く頭を下げる。

    「怒ってはいないよ」

    その声にゆっくりと顔を上げると、まっさらな白衣を身に纏った瑞樹先生は薬品棚に手を伸ばしながらくすくすと笑っていた。

    しゃんと伸びた背筋。
    それほど大きい方ではないけれど身長が高く見えるのは、この綺麗な姿勢のせいだろう。
    背中にかかる真っ直ぐな黒髪も、先生によく似合っていた。

    「さて、と」

    薬品棚をぱたんと閉じて、先生は私に向き直る。

    「せっかく罪悪感を感じている事だし、一つ雑用を頼もうかな」





    そういうわけで保健室の窓際のデスクで一人ちまちまと作業をしている。
    先月行った保健調査アンケートの集計だ。
    それも全校生徒分。
    その量にうんざりする。
    「一生徒が個人のプライバシーを垣間見ちゃっていいんですか?」
    意見してみたけれど、
    「無記名だから大丈夫だ。それにどうせ回答結果は広報に載せる。問題ないだろう?」
    悠然とした調子でにっこり微笑まれてはもはや何も言い返せない。
    反論を試みようとは思ってもいないけれど。
    そして「じゃあ頼む」と、先生はさっさと保健室から出て行ってしまった。
    残されたのは私一人。
    もしかして訪問者の対応も私が?
    それに気付いて、先生のマイペースぶりを少し恨んだ。
    「仕方ない、やるかっ」
    肩をぐるぐる回して気合を入れる。
    アンケートの束に手を伸ばして早速取り掛かった。
    不思議なもので集中している時というのは周囲の音がまったく耳に入らない。
    そして不意に鳴り始めるのだ。

    廊下を行き交う人の雑踏、笑い声。
    グラウンドの喧騒。

    放課後の音が何となく好きだ。


    ふと顔を上げて窓の外に視線を移した。
    保健室は怪我人を至急運び込めるようにグラウンドに面している。
    だから部活動に勤しむ生徒の様子がよく見えた。
    夕日が差し込み、その眩しさに目を細める。

    コートの一角でテニス部が素振りをしている。
    校庭の中央でソフトボール部が守備練習をしている。
    トラックの周辺には陸上部が集まっていて、その集団の中に一際目立つ茶髪が一人。
    夕焼けを浴びてキラキラと金色の光を放っていた。

    記録を計るのだろうか、コースに並ぶ部員達。
    馨も例外ではない。
    5人ずつ、順にスタートしていく。

    馨が位置に着いた。
    笛の音が響いて、一斉に駆け出す。
    彼女が走るところを、私は初めて目にした。
    いつものへらへらした表情とは違う、ゴールを睨みつける鋭い眼。
    駆ける姿はしなやかな獣のようで、風を切る音まで聞こえてきそうだ。
    人間というのはこんなにも颯爽と走れるものなのかと、私は食い入るように見つめていた。

    ゴールの瞬間まで鮮やかだ。

    ごくりと、喉が鳴る。
    そこでようやく我に返った。
    馨から、一瞬足りとも目が離せなかった。

    治まらない動悸が忌々しくて、何だか無性に悔しい。
    だから素早くアンケートに目を戻した。
    けれどもグラウンドが気になってしょうがない。
    もう一度走るところが見たい、なんて思ってしまっている。
    だって、あんな姿知らない。
    反則だ。
    瞼の裏の残像に、思い返すだけで胸が高鳴る。
    こんなにも人をわくわくさせるなんて、とんでもないエンターテイナーだ。



    「集計ご苦労様。終わったかい?」

    ようやく保健室に帰還した瑞樹先生に声を掛けられるまで、私はちらちらと視線を外と書類に行ったり来たりさせていた。
    もちろんアンケートはちっとも進んでなどいない。
    「ごめんなさいっ!すぐ終わらせちゃいますから!」
    慌ててペンを握る私。
    「いや、もう下校時間だ。帰る準備をしなさい」
    もうそんな時間?!と、壁にかかった時計を見て驚く。
    くくくと、瑞樹先生は目尻を下げて苦笑した。

    「珍しいな、神谷が仕事を忘れてぼんやりしているなんて」

    何か気になる事でも窓の外にあるのかな?と訊ねる先生に、私はあははと曖昧に笑った。







    私の平穏な放課後は、馨のせいでこうも易々と崩された。
    だってこの日から、気付けばグラウンドが気になって放課後を楽しむどころじゃないのだから。




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