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■18086 / 1階層)  こんなはずじゃなかった。─6
□投稿者/ 秋 ちょと常連(51回)-(2007/02/23(Fri) 11:57:45)
    「あ、忍くんが練習してる」
    「袴姿似合ってるね〜」

    武道場の入口は今日も相変わらず騒がしい。
    いくらひそひそ声でも数が揃えば騒音と変わらないというものだ。
    せっかくの昼休み、神経を研ぎ澄まし自主練に興じているというのに、何故こうも群がるのか。
    道場の入口付近で留まっているからまだ許せるが、中にまで上がってこられたらいくら私でも怒りを抑える自信がない。
    入口からこちらを覗き込むようにしてたむろする彼女達を一瞥し、

    「忍くん、相変わらず素っ気ない」
    「でもそこがクールでいいんじゃない」
    「学校の王子様だしね」

    それらの声を掻き消すように、わずかに息を吸い込んで竹刀を構えた。





    【傍らに立つ】





    昼休みも終わりに近付いた頃、更衣室で手早く制服に着替えて道場を後にした。
    案の定入口にはまだ数人の上級生の群れ。
    小さく息を吐くと、
    「あ、伊佐お疲れー」
    その輪の中に頭一つ分飛び出た、馨の姿があった。
    何してんだ、と目だけで問う。
    馨はにぃっと笑む。
    「忍くん待ってる間、馨ちゃんとお喋りしてたのよ」
    馨を囲む内の一人がやけに甘ったるい声で言った。
    だから何で待ってんだ、うんざりして顔をしかめると、
    「そうそう、楽しくお喋りしてたんですよねー」
    相変わらずの愛想の良い笑顔で馨が相槌を打った。
    それに応えて周囲も笑顔で頷く。
    「あーでももう昼休み終わりですね」
    伊佐が着替えるの遅いからー、と腕に嵌めた時計を見てわざとらしく馨は溜め息を吐いた。
    「先輩達急がなきゃ。次、教室移動なんでしょ?授業遅れちゃいますよー」
    そして彼女らににっこり笑い掛ける。
    その言葉にはっとなって、

    「そうだった!」
    「忍くん、練習お疲れ様!」
    「それじゃあね、忍くん、馨ちゃん」
    「またねー」

    慌てて武道場と校舎を繋ぐ通路を駆けて行った。
    その背中にひらひらと馨は手を振っている。
    ひら、と。
    その手を降ろしながら。

    「忍¨クン¨、だって」

    呼び名の部分に力を込めて、くっくっと可笑しそうに喉を鳴らした。

    「伊佐は女なのに」

    低く、吐き捨てるように言う。
    その眼はまったく笑っていない。

    「王子、王子」と、普段はからかうように私を茶化すものの、その異名を嫌悪しているのは私以上に馨だ。

    「こんな見た目だ、しょうがない」

    私は息をするように漏らして、二人並んで通路を歩き出した。
    「だからって」
    不満げに鼻を鳴らす馨をちらりと見て、
    「目、怖い」
    言ってやる。
    馨は一瞬「は?」と眉を寄せ、すぐに「あぁ…」と小さく息を吐くと、私の方を見てにっこり笑った。
    馨は、本当に綺麗な笑顔をすると思う。
    上手に上手に、笑う。
    その笑顔を私はあまり好きではない。

    「完璧過ぎる笑みは逆に嘘っぽく見えるよ」

    馨をちらと一瞥し、言う。

    「あら、なかなか言うね」

    馨はおどけた口調で言って、やっぱりいつものようにくっくっと楽しそうに笑った。

    「どうせ伊佐にしかわかんないよ」

    相変わらず顔は笑みを絶やさないが、声は幾分真剣に響いた。


    通路を渡りきり、校舎に差し掛かると生徒の数も増え始める。
    ちらちらとこちらを盗み見するような視線。
    私の顔を見ては連れ合いと互いにこそこそと耳打ちをする。
    その会話の端々に「王子」だの「伊佐くん」だのと聞こえる単語。
    堪らなく不快だ。
    不意にぽんと軽く背中を叩かれる。
    馨の手。

    「伊佐ってば目怖い」

    先程の仕返しか、私の顔を覗き込んだ馨は自身の眉間を指先で示してにぃっと笑った。
    そしてその笑みを緩めると、

    「──伊佐は伊佐なんだから、¨皆の王子¨になる必要なんかないんだよ」

    諭すように、穏やかに、言う。
    私は小さく息を飲み込んだ。

    馨は本当に人の感情に聡いと思う。
    どこまでわかっているのだろうか、とも。

    「…ん、大丈夫」
    返事をすると、「そっか」それ以上は何も言わなかった。

    「そっちは?最近、家どうなの」

    一呼吸置いてから訊ねる。
    馨は一瞬きょとんとして、「…──べーつに。相変わらずだよ」と口の端を持ち上げる。

    「人の心配はするくせに私には心配させてくれないな、いつも」

    「そんなんじゃないってば」

    アハハと馨は苦笑した。

    「あたしん家は前からああじゃん?今更どうもないって」

    「強がるな」

    馨を真っ直ぐに見据えると、「信用ないなー」と薄茶色の髪を掻き上げて、

    「あたしが元気でいるってだけじゃだめ?」

    にっこりと、綺麗に笑った。

    これ以上はもう何も言えない。
    言ったところでどうせのらりくらりとはぐらかされるだけだ。
    肝心な事は、馨は何も口にしないだろう。
    私は嘆息した。

    本当にポーカーフェイスが上手くなったなと思う。馨は笑顔の中にすべてを隠す。

    小学生からの悪友だけれど、はぐらかし方は今よりもっと素直だった。
    笑い方も、もっとずっと。


    それでも──…


    「あの先輩、保健委員だったんだな」
    会話が途絶えてしまって廊下に二人分の足音だけが響く中、呟いてみせる。
    瞬時に馨は、
    「タキ先輩?」
    こちらを向いた。

    「こないだ保健室でちょこまか動いてた」

    先日たまたま通り掛かった時に季節外れの大掃除をしていた。
    ばたばたとソファやら机を移動させ箒を駆使し、埃が舞っている室内。
    これから来訪者がある事も十分考えられるのに衛生的にどうなのかと、疑問に思う反面、雑巾で床を拭き終わってやけに清々しくいい笑顔
    を浮かべる小さい人を見てちょっとおかしくなった事を思い出す。

    案の定馨は、
    「イイ!さすがタキ先輩っ!」
    ぶはっと吹き出した。

    「何でも一生懸命だから、あの人」

    「やる気が空回りしてるようにも見えるけど」

    「そこがカワイイんじゃん」

    くくく、と馨は喉を鳴らす。

    「ってか、よく知ってたね。タキ先輩の事」

    「あれだけ横で騒がれれば覚えるよ」

    「あ、さては惚れた?惚れちゃった?」

    「何でそうなる…」

    「でもそれはだめだな、先輩はあたしのだ」

    「まだ馨のじゃないだろ」

    「あー!やっぱ伊佐も狙ってんだ!」

    誰かこいつの口を塞いでくれ、頭が痛くなってきたけれど。

    「──相当好きだね、そのタキ先輩とやらを」

    「そりゃ好きさ」

    破顔一笑とはまさにこういう事だろう、馨は目一杯目を細めて、頬を緩めて、邪気なく笑った。

    心からの、笑顔。
    昔から見慣れた、馨らしいと思える、私の好きな笑顔。

    例の彼女を想う時、馨は¨本当に¨笑う。

    感謝しないとな、私も馨につられるように顔を綻ばせた。

    そんな私の視線に気付いたのか、馨は少しだけバツの悪そうな顔をして、
    「何か伊佐はお見通しって感じでムカつくなー」
    唇を尖らせた。

    「心配させてくれないって言うなら、こっちだってそうだっつーの」

    軽く睨むようにして私を見る馨。

    「あたしに隠してる事あるっしょ」

    伊佐は秘密主義だからなー、わざとらしく溜め息を吐く。
    お見通しなのはどっちなんだか、と私は苦笑した。
    そうは言ってもそれ以上は決して詮索しないところが心地良い。

    それを察して、馨は屈託なくにかっと笑った。

    この笑い方を忘れてほしくないからと、言葉を交わした事のない馨の想い人に無責任な願いを託した。
    届かなくていい、思っただけだ。
    祈りなんてそんなものだろう。


    「あ、5限タキ先輩体育だ。確かソフトボールだったかな。全力で空回る姿を見ないとね」


    「…時間割まで把握してるのか」





    今日もこうして、互いの傍らに立つ。




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Nomal この話大好きです! / れい (09/03/09(Mon) 23:35) #21279
Nomal 皆に読んで欲しい / 匿名希望 (12/04/26(Thu) 04:12) #21493

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