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■18095 / 1階層)  こんなはずじゃなかった。─15
□投稿者/ 秋 ちょと常連(60回)-(2007/02/23(Fri) 12:09:35)
    黄昏時の暮れゆく空に溶け合う夕日の光は、彼女の髪の色とよく似ていた。





    【笑う人】





    それを思い出した時にはすでに駅前まで来てしまっていた。
    明日提出するレポート用の資料。
    こつこつと読み進め、昨日の保健室当番の時にも暇を見ては目を通し、ようやく読み終えた。
    そして今日早速家で書き上げようと思っていたら、鞄の中に見当たらない。
    読後にすっかり気が抜けて、どうやら保健室に忘れてきてしまったらしい。
    太陽が沈み、夕闇に包まれ出した辺りを見回して、どうしよう、と考える事数十秒。
    すでに今日の当番は帰ってしまっている時間だ。
    けれど瑞樹先生はまだ居るはず。
    先生さえ居れば保健室は戸締まりされない、それなら私の大事な資料も十分に奪取可能。
    電車に乗る前で良かったとポジティブに考え、今来た道を引き返した。



    学校が近付くと、私が向かう先から生徒が来ては、すれ違う。
    下校道を逆流しているのだからそれは当たり前の事で、けれど何となく不思議な気分だ。
    校門をくぐった先に見えるグラウンドは、すでに運動部が後片付けを終えていて閑散としている。
    だから校内だって当然がらんとしているなんて予測できた事だけれど、やはり人気のない学校は昼間とは違う顔をしていて薄気味悪い。
    できれば一人で歩くのは遠慮したいのだ。
    目指す保健室は廊下の奥、この時間帯でも残っている先生達が集う職員室とは対極の位置だから、偶然ばったり誰かに会うなんて期待でき
    ない。
    早いところ用事を済ませて帰ろうと、足早にもなってしまうというもの。
    目的の部屋に辿り着き、ようやく安堵する。
    戸を少し引いてみると鍵がかかっている様子はないので、更に安心して。
    そのまま一気に開き、ここに居るであろう瑞樹先生に声を掛けた。
    「失礼します。ちょっと忘れ物しちゃって──」
    声は虚しく主不在の室内に響いた。
    電気が点いていない様子を見ると、どうやら本気でどこかへ行っているようだ。
    陽が落ちて薄暗い保健室は、射し込む夕焼けの光でぼんやりと輪郭が浮かんでいる。
    どことなく神秘的なその光景に、不思議と恐怖心は薄まった。
    蛍光灯のスイッチに触れた手をゆっくり離して、夕焼けを明かり代わりに本を探す。
    瑞樹先生のデスクや訪問者記録用の作業机、棚の上、あちこちを見て回って、ようやく目当てのものが見つかった。
    あぁやっと帰れる、胸を撫で下ろしたら。
    奥のベッドで、ごそりと、何かが動く気配。
    誰も居ないと思い込んでいたから、驚きのあまり心臓が口から飛び出るかと思った。
    ばくばくとした動悸に合わせて少し変な汗が滲む。

    「誰か…いるの?」

    恐る恐る声は掛けてみて、けれど冷静に考えればまだベッドの利用者が残っているからここも開いているのだという事に思い当たる。
    それではあまりうるさくしては悪い。
    用事も済んだ事だし、失礼しましたと小さく告げて、そろそろと静かに立ち去ろうとしたその時に。

    「──…タキ先輩?」

    弱々しい声。
    あまりに聞き慣れないものだったから、誰だかわからなかった。
    振り返って、呼ばれた先のベッドの上の人物を見て、ますます聞き違いではなかったのかと耳を疑った。
    だってあんな、か細い響き。
    彼女から聞いた事がなかった。

    「…馨?」

    思わず、窺うように聞き返す。
    薄暗くてよく見えないけれど、夕日にぼんやり照らされた馨はいつも通りへらりと、笑った気がした。
    けれどどうも様子が変だ。
    「どうしたの、そんなに具合悪い?」
    少し心配になり、ベッドに近付く。
    馨はベッドから上半身を起こすと、
    「や、何でもないです。ちょっと眠くてベッド借りてただけですから」
    ひらひらと私に向かって手を振った。
    まるで来るなと言われているようで。
    私はそのまま足を止めずにずかずかと歩を進め、馨のベッドの横に立った。

    「何か、元気ない」

    顔を覗き込もうとすると馨は、

    「寝起きだからですよ」

    だからあんまり見ないでください、顔を背けてふざけたように言ったけれどその声には覇気がない。

    「──馨」

    強く、呼ぶ。

    視線が痛かったのだろうか、観念しましたとばかりにゆっくり馨はこちらを向いた。
    「ほんと、何でもないですから」
    アハハと笑う。



    やっぱり、おかしい。



    だっていつもの、へらへらと脳天気な馨の笑い方じゃない。
    一瞬、泣いているように見えたんだ。
    じっと見つめる私の視線に耐えかね、また、困ったようにふにゃりと笑う。
    何だか心がざわついて、思わず、といった感じでつい馨に手が伸びた。
    伸ばしたところでどうしようと思った。
    行き場のない指先に少し躊躇ってから、馨の髪にそっと、遠慮がちに触れてみる。
    馨は驚いたようにわずかに目を見開き、それでも拒みはしなかったから。
    触れた手をそのままに、髪を撫でた。
    優しく、優しく。
    撫で続ける。
    じっと黙って私にされるがままの馨は徐々に俯いてしまい、
    「もしかして触られるの嫌だった?」
    声を掛けようとした瞬間、馨の腕が私の腰に回された。
    そのまま引き寄せられ、彼女は顔を見せまいと、私の腹部に顔を埋めるようにして隠す。
    突然の出来事にくすぐったい!と引き離してやろうかと思ったけれど、わずかに漏れた押し殺した声に、そんな気は失せてしまった。
    またぽんぽんと、頭を撫でてやる。
    馨の髪は、見た目以上に柔らかくてまるで毛並みのいい子猫みたいだ。
    すべてを吐き出してしまえばいいのに、と薄茶色の髪を梳くように指に絡めてぼんやり思った。
    腹部にかかる馨の息遣いが何かを必死に堪えているようで痛々しい。
    女の子にしては背の高い彼女の肩は意外にも華奢で、私の腰にしっかりと回された長い腕は思いの外細かった。
    だから余計に、小さな子供のように見えたのだろうか。

    「大丈夫だよ」

    無責任かな、とも思ったけれど。

    「大丈夫、大丈夫」

    それでも声を掛けずにはいられなかった。
    手が伸びた時と同じように。

    「しばらくこうしてるから」

    肩ならぬ腹を貸すというのが少しばかり格好がつかないな、と苦笑する。
    ぎゅっと、腰に回された腕に力がこもり、

    「…ありがとうございます」

    顔を寄せられたお腹の方からぽつりとくぐもった声がした。
    わしゃわしゃと頭を撫でてそれに応えると、無言で馨を抱きしめた。
    私の小さな体じゃすべてを包み込んではやれないが、温もりぐらいは分けれるだろう。
    今すぐ笑わなくてもいい、せめて楽に呼吸ができるまで。









    彼女は泣かないんじゃなくて、きっと、泣けない人なのだと思う。




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