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■18099 / 1階層)  こんなはずじゃなかった。─19
□投稿者/ 秋 ちょと常連(64回)-(2007/02/23(Fri) 12:13:14)
    今までが今までだったから戸惑っているというか調子が狂っているだけの話。
    それ以上の深い理由はないはずだ。





    【ラジカルロジカル】





    かちかち、かちかち。
    シャーペンをノックする音が響く、何とも穏やかな昼下がりの保健室。
    かちり、またシャーペンが鳴って、

    「何をそんなに苛ついているんだ、君は」

    瑞樹先生の声にはっと我に返ると、机の上には既に二本の芯が転がっていた。
    先生に向けて苦笑いを浮かべ、そそくさとそれを拾ってシャーペンに収める。
    当番である今日はやけに暇で、私は腰掛けた椅子の上で足をぶらつかせた。
    ぼんやりと気を抜くと、カチ、またシャーペンの芯が出る音。
    薬品棚の整理を終えた先生はこちらへとやって来て、

    「最近芹澤の姿を見ないね」

    心に引っ掛かっている事をさらりと口にする。
    「それが、何ですか」
    努めて平静に答えたけれど。
    「神谷が当番の日は度々会いに来ていただろう?」
    喧嘩でもしたかい、と笑うので、
    「喧嘩するような仲じゃないです」
    思わず露骨に嫌そうな声が出てしまった。
    先生は「おや」と意外そうな声を上げる。

    「教室や廊下でもべったりだと聞いたがね」

    誰がそんな事を、と思って、あぁここは天下の瑞樹先生の保健室だったと納得する。
    ざっくばらんで面倒見が良い先生の人気は高いから、怪我人や病人だけでなく元気な生徒でさえもお喋りにやって来るのだ。
    だから校内の情報には事欠かない。
    私の考えを察した先生は、
    「芹澤はなかなか有名なようだからね。話はよく聞くよ」
    ゆるりと笑った。

    「…一方的に馨が私の所に来るだけで、いつも一緒にいるわけじゃありません」

    「苛立っているのはそれが原因だと思ったんだが」

    「違いますっ」

    「そうか」

    ふっと笑うこの瑞樹先生には敵わないのだと、いい加減認めるべきなのだろうか。
    何もかも見透かされているみたいだ。


    気にしているわけではない、と思う。
    けれどももやもやとするものは。
    何でだかはわからないけれど、馨の襲撃がここ最近ぱったりと止んだ事。
    授業が終わって休み時間に入っても、背後の気配を警戒したところで抱きつく大型犬はいない。
    登校中や廊下で偶然会った時だって、いつ飛びついてくるかと身構えているとぺこりと頭を下げるだけで呆気なく行ってしまう。
    一体全体何なのだと、首を傾げるばかりである。
    それはともかくようやく穏やかな日常を取り戻したのに、その静けさに物足りなさを感じている自分が嫌だ。
    本来こうあるべきなのだ、目を覚ませと言いたい。
    大体あいつこそなんだ、尻尾を振るのも突然なら見向きもしなくなるのも突然なんて。
    今まで散々振り回しておいて飽きてしまったというのか。
    そうなったらさっさと撤収?冗談じゃない、ふざけんなっ!
    と、また考えてしまっている自分が堪らなく嫌だ。

    「神谷」

    瑞樹先生が苦笑している。
    私の手元を指差すのでその人差し指の示す先を見ると、シャーペンの芯が三分の二ほど出ていた。
    何やってんだろ、自身に呆れながら芯を引っ込めようとして。

    「気になるのなら自分から会いに行ってはどうだ」

    指先に妙な力が入って、ベキッと折れた芯がいずこかへ吹っ飛んだ。

    「顔を出さなくなって寂しいんじゃないか?」

    「そんな事ないです!清々してますよ」

    ふんと鼻を鳴らしてみせると、

    「──神谷がそれでいいのなら私は何も言わないが」

    口の端を上げて笑む先生は、幾分真剣な眼差しを私に向けた。

    「もし誤魔化しているのならやめなさい」

    先生の声はよく通って、耳の奥まで響いていく。

    「気付いた時には思い出になってしまうよ」

    「…どういう意味ですか?」

    「さあ」

    「──…混乱させるだけならやめてください」

    つい責めるような言い方をしてしまって、しまった、と思う。

    「それはすまなかったね」

    けれど先生は、いつもの調子でゆるりと微笑むだけだった。








    きっと。
    この半年間の騒々しさに慣れてしまっているだけで、久しぶりの安息に戸惑っているだけなのだ。




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