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■21759 / 親記事)  純白の花嫁
□投稿者/ シロ 一般♪(2回)-(2013/09/23(Mon) 06:45:11)



    ―――――ああ、これで一体何度目かしら。
    そんな風な思いが頭をもたげずにはいられない。




    『ただいまご紹介に預かりました、佐々木と申します。
     私は新婦である里奈さんとは小学生の頃からの友人で・・・』




    折角の友人代表のスピーチも右から左へと流れ、内容が頭に入ってこない。
    白とピンクを基調に飾られた室内も、テーブルの上の生花も、全てが夢のよう。




    高砂で、微笑みを浮かべながら友人のスピーチを聞く新郎新婦の方へ目をやる。
    2人とも性格がよく、人望が厚いようで、結構な人数が集まっている。
    招待客も皆いい人そうで、2人はきっと幸せな夫婦生活が送れるだろうと思った。




    (里奈・・・・・・。)




    眩しいほどの純白のウエディングドレスで身を包んでいる、美しい新婦。
    いつもよりも少しだけ濃いメイクをして、幸せそうな表情を浮かべている。
    隣の白いタキシードを身にまとった新郎も、幸せそうに座っている。




    友人代表のスピーチが終わり、会場が拍手の音でいっぱいになった時。
    私は今日の主役である里奈との出会いを、思い出していた―――――



引用返信/返信

▽[全レス12件(ResNo.8-12 表示)]
■21768 / ResNo.8)  返信
□投稿者/ シロ 一般♪(10回)-(2013/09/24(Tue) 04:18:25)



    まる様


    一気に読んで頂いたとのことで、感想ありがとうございます。
    思いつきで一気に7話分を更新した作品ですが、お褒め頂き恐縮です。
    最後までこの作品の行方を見守って頂けたら嬉しいです。



    作者・シロ



引用返信/返信
■21769 / ResNo.9)  
□投稿者/ シロ 一般♪(11回)-(2013/09/24(Tue) 04:55:25)



    20分ぐらいでシャワールームから出てきた明美は、スキンケアを始めた。
    私も明美ももう若くはなく、既に20代後半の世代だ、ケアには気を遣う。




    化粧水や乳液を肌に叩き込む明美を横目に、私もシャワールームへ入った。
    ツインルームだからなのか、シャワールームも心なしか広く感じる広さだった。
    久しぶりに着たドレスを脱ぎ、軽く畳んで棚にしまうと、カーテンを閉める。
    そして指先で確認しながら少し熱めのお湯になるように調節し、体を濡らした。
    緊張とフォーマルな衣装で固まっていた体が、芯からほぐれていくようだ。




    俯いて髪の毛も濡らすと、アメニティのシャンプーで頭を泡で包み込む。
    シャンプーは普段自分が使っているメーカーのものではないが、いい匂いがする。
    リンスインシャンプーらしいので、泡を流すと軽く水を切り、今度は体を洗う。
    ボディーソープもアメニティとして置いてあったものだが、いい匂いだった。
    シャンプー同様泡立ちがよく、何だか幸せな気分になっていくのを感じた。
    最後に持ってきた洗顔剤でメイクを落として、ようやく全身がさっぱりした。




    明美と同じぐらいの時間をかけてシャワールームを出ると、明美はベッドにいた。
    最近流行りの番組を見ながら、時々楽しげな笑い声を1人であげている。
    時々聞こえる明美の笑い声を聞きながら、ドライヤーで髪を乾かしていく。
    そして明美と同じく化粧水と乳液を肌に叩き込み、ようやくベッドに腰掛けた。




    「今何の番組をしてるの?」



    「え、玲奈、この番組知らないの!?」



    「最近全然テレビ見ないから分かんない」




    明美が説明してくれたものの、私からすれば興味をそそられない内容だった。
    再び番組に夢中になる明美に多少呆れながらも、私はデジカメの電源を入れる。
    そこには、今日撮ったばかりの、新婦姿の里奈の写真が何枚も並んでいた。
    満面の笑みを浮かべる姿や、新郎と一緒にケーキに入刀しようとしているところ。
    勿論、新郎の写真も撮ったし、久しぶりに会った友人や知人達も写っている。
    しかし気付かない間に、カメラのレンズは、里奈の姿ばかりを収めていた。




    (これじゃあまるで、未練たらたらの女のよう―――――)




    里奈とは、里奈が大学を卒業してから、たまに連絡を取り合うぐらいだった。
    私は6年間は大学に通わなければならなかったし、医学部とだけあって忙しい。
    里奈も実習や課題に追われていたらしく、自然消滅のようになっていた。
    ふと思い出した時に、近状を尋ねたり、報告したりする程度の関係になった。




    とは言っても同じ大学の同じサークルで活動をした先輩と後輩の仲だ。
    疎遠になっていたわけでも何でもない私を結婚式に招くのは、至って通常。
    見送りの時に、すぐそこの喉まで出てきていた質問を、もう1度自分に問う。




    (里奈は私のことを、どう思っていたんだろうか・・・)




    恋人だろうか、友人だろうか、それともただの先輩だろうか、知人だろうか。
    それは里奈に聞かなければ永遠に分からないが、私は聞く勇気を持っていない。
    聞いて気まずい関係になるよりも、今までのような関係を保っていたいのだ。
    私は明美に勘付かれない程度に深く深呼吸をし、ベッドの上に寝転んだ。
    明美は依然番組に夢中のようで、1人でテレビを見ながら楽しそうにしている。




    壁にかけられている時計を遠目に見ると、とっくに22時を過ぎていた。
    明美は明日は1日休みらしいが、医者である私は午後からは仕事の予定だ。
    そこまでデリケートでもないし疲れているので、今日はこのまま眠れるだろう。




    きちんとベッドに潜り込み、携帯のアラームをセットすると、そっと目を閉じた。



引用返信/返信
■21770 / ResNo.10)  
□投稿者/ シロ 一般♪(12回)-(2013/09/24(Tue) 05:16:40)



    明美が番組を見終わり、テレビを消すと、玲奈はもう眠りに就いた後だった。
    確か明日は午後から勤務予定だと言っていたから、早めに寝たのだろう。
    長い付き合いの明美にでさえ気を遣うところは、玲奈の長所であり短所だ。




    大学1年生の時、共通の知人を介して知り合った2人は、友人歴が2桁になる。
    明美が卒業して幼稚園教諭として働き始めた後も、玲奈とは頻繁に会っていた。
    というより、玲奈は無理しがちなところがあり、明美が世話を焼いていた。
    レポートや論文に追われて録に食事も摂らず、目の下にクマをつくって過ごす。
    そんな玲奈に軽食を差し入れ、少しは休憩するように促すのが明美の役目だ。




    幸い、勤務している幼稚園は土日が休みのため、週末には玲奈の家へと行った。
    そして彼女から預かった合鍵で入り、玲奈の安否を確認して世話を焼く。
    玲奈も無事卒業して医師として病院に勤務しているが、性格は変わっていない。




    (本当は、辛いんでしょ?)




    本当は、玲奈は里奈のことを本人が思っている以上に想っていたのだと思う。
    パッと見は普段の玲奈だが、玲奈の友達として長い付き合いのある明美は分かる。
    里奈を見る時の、切なそうで辛そうで悲しそうで寂しそうな、玲奈の目―――――
    スピーチの時も上の空でいたような気がして、少しだけ玲奈が心配だ。




    (だけど・・・)




    だけど、もう玲奈も立派な大人の女性だ、自分で自分のことはできるだろう。
    ただでさえ、他人に自分の領域に土足で踏み込まれることを嫌う玲奈のことだ。
    明美という人間が聞いても、きっと何も答えてはくれないのは分かりきっている。
    玲奈に明美がしてやれることは、ただ玲奈のことを見守ることだけだ。




    明美は玲奈のことを大切に思い、最高の友人だと思っているし、愛しいと思う。
    しかしそれは人間として、友人としてであり、決して恋人としてではない。
    それは明美1人だけのことではなく、玲奈にも当てはまることである。




    だから、明美が眠る玲奈の頬に唇で軽く触れたのは、何の意味もないことだ。
    明美は昔から眠る玲奈の頬にキスをする、すると玲奈は軽く身じろぐのだ。
    しかし次の日には必ず、よく眠れた、そうやって玲奈は満足げに微笑む。
    これは玲奈には知られていない、玲奈だけのための明美のおまじないだった。




    (玲奈・・・玲奈・・・好き・・・大好きだよ・・・)




    今日も玲奈は明美からのキスで左側に寝返りを打ってしまい、明美に背を向ける。
    すやすやと眠る玲奈に安堵の溜め息をついた明美は、枕元のランプをつけた。
    そしてリモコンで部屋の電気を消し、自分もアラームをセットして目を閉じる。
    脳裏には、綺麗に着飾ったフォーマルな玲奈と、綺麗な純白の花嫁姿の里奈。
    明美にとっては2人とも大切な人だが、大切の度合いが大きく違う人でもある。




    (玲奈・・・好き・・・)



引用返信/返信
■21771 / ResNo.11)  10
□投稿者/ シロ 一般♪(13回)-(2013/09/24(Tue) 19:15:00)



    次の日の早朝、同時に鳴ったアラームの音楽が、騒がしい朝を演出する。
    私は自分の分のアラームを止め、ついでに明美の分のアラームも止めた。
    明美もいかにも眠たそうな顔で目を擦って起き上がり、ぼうっとしている。




    「・・・おはよう」



    「ん〜・・・玲奈ぁ?おはよ〜・・・」



    「早く顔洗って着替えて。朝ご飯に遅れる」



    「ふぁ〜い・・・」




    おぼつかない足取りで洗面所に消える明美を見送って、ベッドから降りる。
    そして両方のベッドのシーツを綺麗に整えると、荷物の再確認をする。
    部屋を軽く見渡したが、私も明美も特に忘れ物をしているわけではなさそうだ。
    旅行カバンのファスナーを閉め終わった時、明美が洗面所から出てきた。
    先程よりもすっきりした顔をして、今度は着替えに取り掛かっている。




    私も洗面所に行って冷たい水で顔を洗うと、さっぱりした気分になった。
    柔らかい真っ白なタオルで顔を拭いて出ると、明美は着替え終わりそうだった。
    黒いシンプルなワンピース姿の明美は、ジーンズのシャツを羽織っている。
    シャツの裾を結ぶと、髪の毛をくしでとき、軽くまとめて身なりの確認をする。
    私も黒いシンプルなレディースのパンツスーツに着替え、髪の毛をとく。




    「玲奈、早くご飯食べに行こ!」




    時計を見ると、針は朝ご飯のバイキングが始まる6時の5分前を指していた。
    ここは7階だし、そろそろ1階の食堂に降りてもいいぐらいの時間だった。
    玲奈は身なりの確認をしてから、薄い部屋のカードキーを手に取った。




    「じゃあ、行こうか」



    「新幹線の時間、何時だっけ?」



    「えーっと・・・8時過ぎ」



    「じゃあそこまで急いで食べなくても大丈夫だね!」




    朝から機嫌がいい明美を先に部屋から出し、明美に続くように私は部屋を出た。



引用返信/返信
■21772 / ResNo.12)  Re[10]: 10
□投稿者/ まる 一般♪(3回)-(2013/09/24(Tue) 23:27:18)
    返信ありがとうございました。 ^^

    日常、どこにでもありそうな場面の中で進んでいくお話だから
    親しみながら読ませていただいています。

    洋服や表情なども細かく描写されているのでイメージもしやすいですね。。

    これからの展開が楽しみです。^^

    応援しています。

引用返信/返信

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■21750 / 親記事)  首元に三日月
□投稿者/ なな 一般♪(1回)-(2013/06/16(Sun) 01:30:04)
    #1 ハル、出会い

    太陽が沈む放課後。

    学校の門てのは物騒な事が起きない限り、授業中でもいつも開きっぱなしだ。この高校もそうだった。
    いつもながら門を潜り抜けて、ハルはこっそりと例の場所に行く。ここは誰も通らない校舎の裏側で、教員らですら通らない。安心して目的を果たせた。


    …カンッカンッカンッカンッ…

    リズムに乗せて金属と何かがぶつかる音が聞こえてくる。その音の正体はわからないが、聞こえてくるのは決まって音楽室だ。それから…
    「ちがう!何回言えばわかるんだよ!」
    恐らく女性の音楽教師であろう声が、校舎を揺らす勢いで怒鳴った。姿は見た事はないが、よく通る声でいつも生徒を叱っているようだった。そうしてしばらくすると、綺麗な歌声と吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。カンカンカン…という金属音も聞こえなくなり、音が校舎を包みハルも包んだ。
    この学校の合唱部と吹奏楽部は関東では、ずば抜けてレベルが高い。ハルはこの春自分の通う中学を卒業した後、この学校に進学する気でいた。校舎中に響いている合唱部の美しい歌声につられて、ハルも歌い出した。
    ―あ、なんだか今日はすごく調子が良い。きっと何か素敵な事が起こる、そんな気がしてハルは心を躍らせた。


    …そうしていつの間にか夜を迎えていた。ハッとしてハルが慌てて腕時計を見る
    と、あれから二時間が経過していた。どうやら寝てしまっていたようだ。
    辺りは真っ暗で、校舎の窓から漏れる光にたくさんの虫が集っている。
    夕方になると慌しくなるカラス達の鳴き声も、響き渡る合唱部の歌声ももう聞こえてはこない。
    そこには夜の生暖かい風の音だけが聞こえた。
    ―また寝ちゃったんだ…
    それは今回が初めてではなかった。自分も歌っていた筈なのに、その心地良さに溜まらずつい寝てしまう。溜め息をついてから、ハルがそそくさと立ち上がって退却しようとした時だった

    「こら!」
    「っ…ごめんなさいっ…」
    突然誰かに怒鳴られ、驚いて顔をあげると、ハルの目の前には綺麗な女性が、怪訝な顔をして立っていた。肩に触れる位の長髪ボブ、顔立ちも声も中性的な女性だったが、貫禄が何よりも際立っていた。相手は少し小柄な女性なのに、ハルは彼女から大きな威圧感を感じた。
    「何やってんの」
    「歌を…聞いていました…」
    ―どうしよう…。
    ハルは怖くなって涙目になった。
    「あ、そう。歌が好きなの?」
    「…はい。」
    女性はハルが見当していた事とは全く別の話に触れた。
    「ふ〜ん。さっき歌ってたのはあんた?」
    「…え、あ、そうです。」
    歌声を聞かれていた事に、ハルは顔を赤くした。女性はハルを凝視すると、思い立ったように切り出した。
    「ちょっとおいで」
    「えっ?!」
    「それともこのまま家族を呼ぶ?」
    意地悪そうに不適な笑みで言う女性。 ハルは何も言えず、彼女についていく事にした。スリッパを履いて、校舎内へ一緒に入る。綺麗な作りの校舎は廊下や壁が輝くようにキラキラとしていて、蛍光灯の光を反射させていた為、中は思っていたよりもずっと明るかった。
    女性は先導するように先を歩き、ハルは後ろについていった。
    「あの、いいんですか?」
    「大丈夫。それより何歳?」
    「15です」
    「ふーん。学校はどこ?部活は?」
    「七蔵中学の、コーラス部です」
    「すぐそこだね。部活はやっぱり合唱だったんだ。部活は楽しい?」
    「はい。私にとって音楽は幸せそのものなんです」
    つい乗り気になり蔓延の笑みで話してしまったハルに、女性はやけに頬笑ましそうだった。その表情が余りにも美しかったので、少し照れて顔を赤くしたハルはそれを隠すように俯いた。それから少しして、気になっていた事を聞こうとハルは彼女に話しかけた。
    「あの…何かの先生ですか?」
    「あれ?分かってると思ってた。音楽だよ。で、合唱部と吹奏学部の顧問。」
    「え!じゃあ、いつも生徒に大声で叱っているのは…」
    「あー…あたしだね」
    先生は苦笑した。
    「そうだったんですか。」
    日頃、憧れを抱いていたあの合唱部の顧問でもある音楽の先生だと聞いた瞬間、ハルの心が躍り出した。
    「先生、名前はなんて言うんですか?」
    「んー…」
    先生は少し考えたように黙り込み、しばらくして口を開いた。
    「まどかって呼んで。」
    意外にも下の名前を言われた事にハルは少し驚いた。
    「え…えっと、まどか先生…私は、久吹ハルと言います。」
    「じゃあ、ハルって呼ぶよ。」
    まどかが微笑んでそう言うので、ハルはまた照れてしまった。


    まどかの後ろをついて行って着いた先、そこは音楽室だった。
    「…」
    ハルは言葉に出来ない程の感動に浸った。
    「ハル、早速だけどこの曲はわかる?」
    突然名前で呼ばれ、まどかはピアノの蓋を開けると、椅子には座らずに立ったままピアノで伴奏を弾き始めた。その姿を見たハルは、自分の心臓が''ドキン''と激しく跳ねたのを気にしながら、彼女の弾く伴奏に合わせて歌いだした。
    『心の瞳』という、学校で教わる合唱曲としてもかなり有名な曲だ。まどかはハルが歌ってる最中に伴奏を止め、ピアノから離れた。
    「ハル、もっと喉を開けて。腹使って。」
    まどかの目付きが変わったのがハルにはすぐに分かった。そしてハルのお腹をぐっと強く押した。
    「うっ」
    「なんでもいいから声出して。」
    お腹を強く押されながら声を出す。するとハルの声はまるで、魔法が掛かったように声量を増した。
    「ぅぁ…凄い声出た」
    確かに声楽にも吹奏楽にも腹式呼吸は不可欠であって、学ぶにあたって誰もが身につけなければならないものではあった。無論、ハルも随分前から腹式呼吸については知っていたし、日頃トレーニングも欠かさない。ところが、まどかが押して発せられた声は、自分でも聞いたこともないような深いボリュームのある声だった。ハルは自分の腹式の価値観を覆す程に驚いた。
    「それでもう一回歌ってみて」
    まどかは伴奏を再開した。突然リズムに合わせてカンカンカンッと響かせたのは、まどかの右手に嵌めている指輪がピアノにぶつけるあの音の正体だった。
    ハルの瞳はより一層輝きに満ちた。校舎内にはまどかのピアノの音と、ハルの深く美しい歌声が響く。二人は真っ直ぐに互いを見つめ合い、音楽という至福の時間を堪能した。
    いつも遠くからしか感じれなかったものが、今現実にすぐ目の前にある。ハルはまだ15年という短い人生で、永遠に輝く何かを見つけたような、そんな気がした。

    …暫らくして気が付けば、音楽室の窓から見える空は更に暗くなっていた。
    「あ、やべ。やっちった」
    「なんだか、真っ暗っていうより真っ黒って感じですね」
    「ごめん。教師のくせにこんな時間まで。」
    まどかは申し訳なさそうだった。無理はなかった。なぜなら時計の針は既に22時過ぎを指していたからだった。けれどハルは何も気にしていなかった。時間の事よりも伝えたい事を言った。
    「それよりも先生、私今とても幸せです」
    「…そっか」
    ハルのその言葉を聞いてまどかは安堵したように微笑むと、ハルの頭をポンポン、と撫でるように叩いた。
    「送るよ。」
    そう言ってハルの頭から手を優しく離して、帰りの支度をした。ハルはまどかのその後ろ姿を見つめたまま、また顔を赤くした。

    音楽室の角隅にはどうやらもうひとつ部屋があったようで、まどかはそこにあるドアを開けて中に入っていった。

    ―あの部屋には何があるんだろう。

    それは単なる好奇心だった。そして今が絶好のチャンスでもあった。ハルはそのドアにそーっと近付いて、中にいるまどかに気付かれないよう静かにドアを開けた。入ってすぐ目の前には見た事もない楽器の数々や、大量の楽譜が床に散らばっている。

    ―汚い…

    左側を見ると奥にはデスクがあるようで、まどかはこちらに背を向けて帰り支度をしていた。デスクは日頃から整頓しているとは思えないほど、乱雑に楽譜やら筆記用具が散らばっていた。
    ー忙しくて片付けれないか、元々片付けれない人か。…うん、多分絶対後者だ。
    ハルは一人心の中でクスクスと笑っていた。
    「こら!」
    「ひっ!はぁ、びっくりした…もしかして、気付いていましたか…?」
    背中を向けたままのまどかの声に、ハルは苦笑した。
    「まぁね。背中にも目があるって生徒達からよく言われてるからねぇ」
    ハルは笑った。
    「お待たせ!さぁ、帰ろう。」
    そう言ってハルの前に立つまどか。その姿にハルはキョトンとした。
    「先生…いつもそんな格好なんですか?」
    「うん」
    しれっと言うまどかが羽織った上着は、正に映画に出てくる悪役ヒロインの女性の様だった。細身の、足先まで見えなくなりそうなほどの丈の真っ黒なロングコート。
    「先生…」
    「なに?」
    「とっても格好良いけど、とっても目立ちますし、暑くないですか…?」
    「全然。これ、いいでしょ?」
    まどかは得意気にへへっと、笑った。
    「先生って、なんだか存在が素敵な人ですよね」
    ハルが笑顔でまどかを見つめて言うと、まどかは照れたのを誤魔化すかのように、ハルの頭をクシャクシャと撫でた。二人の明るげな笑い声が、静かな音楽室に響いた。

    しばらくして二人は門を出た。

    「本当に良いんですか?」
    「当たり前でしょ。危ないし、心配だし…それ以前に教師の務めだよ」
    「んー…はい、じゃあお言葉に甘えさせて頂きます」
    ハルとまどか、二人は同じ歩幅で歩き始めた。
    「ハルは、いつから歌う事が好きだった?」
    「うん〜…お母さんが言うには幼稚園の時からだったそうです。」
    「へぇー」
    「うちの幼稚園て少し…というよりズバ抜けて変わった幼稚園だったんですよ。」
    「どんな風に?」
    「私の通っていた幼稚園はキリスト教だったので、先生はみんなシスター様方でした。その長のシスタークレア様はゴスペルがとっても大好きなお方で、そのクレア様ご自身も加入している海外のゴスペル集団を、わざわざ日本の幼稚園に招き、園児達に歌を披露して下さったんです。」
    「それはすごいね。」
    「はい。私はそのクレア様とゴスペルの団体に魅了されました。圧倒させられ、私は釘付けになりました。あの深くパワフルで感情豊かな歌声と、彼女彼らから感じる生命の強い強いエネルギーは、まだ園児だった私の中にある何かを、目覚めさせたんです。」
    「絶対に忘れられないね。ハルの身体が覚えてると思う。」
    「はい、私の音楽への愛の始まりとなりました。」
    「ハルは本当に素敵な経験をしたね。あ、ここ?家。」
    「あ、ここです。」
    話しをしている内にどうやら着いたようだった。
    「まどか先生、今日は園児の時の気持ちがより一層強くなりました。幸せなお時間を頂いて、ありがとうございました。」
    「あはは、丁寧だなぁ。あたしにはタメ口でも、名前だけで呼んでもらっても良いよ。」
    「それは…時間をかけて頑張ってみます。」
    「ははっ!じゃぁ、今日は本当に悪かったね。」
    「全然大丈夫ですよ。お気を付けて帰って下さいね。」
    「ありがと。あ、忘れ物」

    まどかはそう言って、ハルに近寄り両腕を抑えた。突然の状況に、ハルの息がぐっと止まる。お互いの鼻と鼻がぶつかりそうなくらいの近い距離。まどかは自分の唇を、ハルの耳元へ持っていくと、囁くように小さな声で耳打ちをした。まどかはハルの耳元から唇を離して、ハルの顔を一層近くで見ると、満足そうな顔をして掴んでいた両腕を離し、サっとこちらに背中を見せて、帰路を歩いた。

    「じゃ!」
    背中越しに手をヒラヒラさせて、バイバイをするまどかの後ろ姿を、ぼーっと見つめるハル。
    今日で一番真っ赤な顔をした。



引用返信/返信

▽[全レス2件(ResNo.1-2 表示)]
■21751 / ResNo.1)  Re[1]: 首元に三日月
□投稿者/ なな 一般♪(2回)-(2013/06/16(Sun) 01:32:59)
    #2 ハル、入学式早々

    「ハルー!」
    オレンジ色の屋根をした一軒家の一階から、母がハルを煽る様に呼ぶ。
    「ちょっと待ってー」
    母にそう言うと、ハルは初めて身に纏う制服にうっとりとした。
    ―先生…今、行きます。
    この春、ハルは念願のまどかの居る歌仙高校に入学する事となった。そして今日こそが、大きな第一歩を踏む事となる入学式の当日だった。ハルは鏡に映る自分を見つめて、深く深呼吸した。今日までの道のりは決して平坦なものではなかった。歌仙高校は県の誇る大きな学校で、偏差値は県内トップ、多種の競技やコンクールでは数多くの成績を残している為、当然夢へ向かう第一歩として、他県から歌仙高校を選ぶ受験生も数多く居た。
    ハルはあの日以来、毎日毎日寝る時間を惜しんで猛勉強に明け暮れた。母校の合唱部では自分の力も蓄えた。そしてついに、その努力が形となり、幕を開ける事になる。ハルはなんとも言えない高揚感に、頬笑んだ。
    「もー早くしなさーーい!!」
    母の苛立ちは絶頂に達したようだった。ハルは慌てて部屋を後にした。

    学校に着くと、あの頃毎日見ていた校舎が改めて目の前に大きくそびえ立っていた。門は華々しく飾られ、続々と親族を連れた新入生たちが門をくぐる。
    「ふぅっ…」
    ―今日、先生に会えるかな。一体どんな顔をするだろう…。
    そう思いながら門を見つめた。

    ―来年の春、音楽室で。

    あの日の帰り、耳元で囁かれた言葉を思い出してハルはまた顔を赤くした。母に促され、ハルは足を踏み出し門をくぐる。式が始まる体育館までの距離は近くはなかった。驚く事に、この学校には体育館が第一、第二、第三と三つある。式が始まる第一体育館の中に入り、辺りを見渡すと、そこにいる大勢の人たちが米粒のように小さく見えるほど大きな体育館だった。その様子に、母も驚いた様子で、口をあんぐりと開けたまま視線をあちらこちらへと飛ばした。
    案内人に指導され母と別れたハルは新入生の席へ、母はその後方に並べられた保護者の席へ座った。
    ハルはすぐさま辺りを見渡し、まどかを探したがその姿はなかった。暫らくすると館内に始業式開幕のアナウンスが流れた。それまでがやがやと騒がしかった新入生達も静かになり、会場は無音の状態になる。会場にいる新入生たちの顔に少しの緊張が走った。そして式が始まり全員が起立した時だった。
    「ハルっ」
    真後ろから小さくハルを呼ぶ声がした。振り返るとそこには母校のクラスメイトだった天野ゆいの姿があった。
    「…ゆいちゃん?」
    教壇をチラチラ見ながら、ハルは小さく歓喜の声と驚きの声を挙げた。
    「やっぱりハルだ!同じ高校だったんだ!」
    ゆいは嬉しそうに言った。
    「なんでここに居るの?違う高校合格したでしょ?」
    「ねぇここ、感動の再会だよ?!言う事全然違うでしょ!もう…。まぁ、やっぱり自分の道を追いかけたかったしね。けどここって倍率半端なく高いんだもん、本当にすごく苦労した。」
    「…にしても驚くでしょ。でも、ゆいちゃんと一緒だって分かったら少し不安だった気分も晴れた。」
    そんな他愛のない話をしていると、歌仙高校の学園長が教壇に立ち、マイク越しに話を始めたので、ハルもゆいもここぞと静かに話を聞いた。しばらくして、ハルはまた辺りをキョロキョロとした。ゆいはその様子を見てハルに注意をしかけた時だった。体育館の左端に教員の席があり、その端の席にまどかは居た。
    −あ、いた。
    「あの先生…」
    ゆいがハルの目線の先を見て、話かけようとしたが、ハルはまどかの方に夢中で聞いていない様子だったので、話を後回しにした。
    静かな体育館の中で、ハルの心臓は大音量で弾み始めた。前もにも見たあの黒のコートに相変わらずの風格と威圧感。まどかは一際目立ってはいたが、ハルにはもっと特別輝いて見えた。それからしばらく経つと、ハルに気付いたまどかと目が合った。ハルは息を飲む思いだった。が、まどかはハルに顎で教壇を指し、話を聞け!と叱った様だったので、ハルはキリっとなって教壇を見た。学園長の話が終わると、今度は女生徒が教壇に立った。
    「皆様、ようこそ歌仙高校へ。」
    腰まである長い黒髪で、凛とした佇まいをした歌仙高校の生徒会長。その美しい容姿とは真逆のはっきりとした口調と、少しハスキーな声に入学生たちは皆釘づけだった。
    ―なんか、まどか先生に似てるなぁ。
    生徒会長のその立ち振る舞いや仕草がまどかととても重なったので、ハルはなんだか可笑しくなって苦笑してしまった。
    話をしばらく聞いていると、横から手元へと小さめの書類が配られた。
    「この高校では自分の進む道、又、その視界を広げる為の選択科目など何十種類もあります。皆様の手元に配られた書類には、その種別などが細かく書かれていますので、よく読んだ上で一人ひとり目的の欄にチェックをしてください。チェックは何個でも構いませんが、全てに審査があります。チェックし終わり次第、この式場内に後に用意されるポストへと投降するように。」
    生徒会長は話を終えると、まどかの方をチラっと見た。ハルはその様子を見ていたが、何やらまどかに合図を出したように見えた。それからすぐに、まどかは席から立ち上がり、教壇横の幕の奥へと姿を消した。
    「さて、今から皆様を祝福致します。」
    生徒会長が真横を見て誰かに合図を送ると、式場が少し薄暗くなった。幕が閉じ、これから一体何が起こるのかと入学生たちも保護者たちも騒がしくなった。しばらくして幕が開けたが、暗くて何も見えない。
    「ショータイムの始まりです。それでは、お楽しみください。」
    生徒会長が指を鳴らすと、オレンジ色の光が教壇へと集中して照らされた。そしてそこには数々の楽器を抱える歌仙高校の吹奏楽部の生徒達が約40名、その後ろには合唱部の生徒達が約30名、そしてその中央には後姿のまどかが立っていた。教壇がほんの数分で大きな舞台となったのだ。まどかは振り返り式場を見た。そして自分をじっと見つめるハルを見つめ返して、微笑んだ。
    ハルの心臓がドキン、と跳ねる。
    静寂に満ちた式場の中、まどかが一礼をしこちらに背を向け、指揮棒を使わずに手振りで指揮をする。その瞬間、ハルの息が止まった。吹奏楽部の創大な音色が式場を包んだ、というよりも突き抜けたようだった。その音色には温かみもあった。しばらくして合唱部の歌声が会場を突き抜ける。数多くの入学生達と保護者、更には教師や学園長までもが恍惚の表情を見せた。何よりも、指揮をし出したまどかのその光り輝く姿に、ハルは感動の涙を流した。
    ―すぐそこに、女神がいる。
    恥ずかしくも思える言葉だが、ハルは純粋にそう思った。その女神は荒々しくも優しさに溢れていた。それは園児だった自分がゴスペルと出会って味わったものよりも、ずっと鮮明にずっと明確にハッキリとした感動がハルの心を突き抜けた。




    「ハル」
    さっきまで舞台となっていた教壇をぼーっと見つめるハルに、ゆいは声を掛けた。
    「…あ、ゆいちゃん。」
    「演奏、すごかったね」
    「うん…」
    演奏も終わり、式が終わると生徒達は続々と会場を後にした。皆渡されたチェック用紙を手に持ている。中には会場に残ってチェック用紙と睨めっこをしている者もいた。
    「あの先生、すっごい人気高いよね」
    「え!そうなの?」
    突然思わぬ事を友人から言われ、ハルはぼーっとしていた目を覚ました。
    「初瀬まどか、28歳。日本の音楽教師として名が高く、彼女がいた学校は100%の確率で賞を貰ってる。ついでに告白率が高く、男女問わずかなりの人気を誇る、と。」
    ゆいはポケットから小さなノートを出して、めくりながら言うのでハルはきょとんとした。
    「…何それ」
    「私、新聞部に入って革命を起こす。いずれは名の通る著名人になるわ。」
    「相変わらず…」
    「ハルはもちろん合唱部だもんね」
    「そう。歌は私の総てだから。」
    「さすが…」
    ハル達は思わず声をあげて笑ってしまい、体育館に残り真剣に悩む新入生たちが、ハル達を刺すような目で見た。まどかは会場の隅から密かにハルの様子をクスクス笑って見ていたが、しばらくするとその場を後にした。
    「よし、ハル。行こう!」
    突然ゆいが立ち上がり、ハルの腕を掴んだ。
    「どこ行くの。」
    「校内見学〜」
    「今から?」
    「そうそう」
    そう言われて着いた先は、職員室だった。ハルはゆいと職員室の小窓を覗いた。
    「あれー、どこに居るんだろう」
    「誰か探してるの?」
    「まぁねぇ…」
    ゆいの不可思議な行動にハルはため息をついたが、ゆいのそんな所がハルは面白いと思っていた。ところがここは職員室。ハルはまどかが居ないのを確認すると一人ほっと肩をおろした。
    「そろそろ行かない?」
    「もうちょっとね〜」
    ハルが声を掛けても、ゆいは一向に職員室の小窓を覗くのを止めなかった。
    ―誰を探してるんだろ。
    内心疑問だらけだったが、ハルは気にも留めず、職員室の前の大きな窓から見える校庭を見つめた。舞台に立つまどかの姿が目に焼き付いている。耳の奥で演奏が鳴り止まない。まるで今もまだ目の前で演奏しているかのような気分になって、ハルは嬉しそうだった。数分ほど、ゆいが小窓から職員室を覗き、ハルが校庭をぼーっと見つめていると、突然後ろから声がした。
    「何やってんの。」
    −あ。
    ハルにはその声の主が誰なのか、すぐに分かった。また“ドキン”と心臓が跳ねた。
    「私天野って言います。初瀬先生ですよね!」
    ゆいが目を輝かせて言うと、ハルはゆいの袖を引っ張って止めさせようする。
    「ゆいちゃん、お母さん待ってるから」
    正直、心臓がはち切れそうな上に泣きそうだった。
    まどかはハルのその様子を見てまた笑いそうになったが、一息ついてゆいの肩に手をそっと置いた。
    「天野、情報なら3階の第二会議室に新聞部がいるから直接行くといいよ。あっちには初瀬が思う以上にスケールのでかい話が大量に用意されてるから。」
    ゆいはさっきよりも嬉しそうに目を輝かせると、ありがとうございます、と一礼しハルを置いて2階に伸びる階段へ颯爽と走り出した。
    「え?!どういう事?!」
    まどかはははっと笑うと、背中を向けてゆいの後姿を見るハルを呼んだ。
    「ハル」
    はっとして、ハルはそっとまどかの方へ向き直した。
    「あの約束…」
    ハルがそう言いかけた時、まどかの手がハルの頬を触れた。
    「音楽室で」
    まどかの手の体温と同時に、その言葉を聞いたハルは耳まで顔を真っ赤にした。
    まどかはハルの頬に触れた手を離すと、じゃあ、とあの日の帰りの時のように、背中越しに手をひらひらさせてバイバイをした。

引用返信/返信
■21776 / ResNo.2)  おもしろい!!
□投稿者/ 夢 一般♪(2回)-(2013/11/13(Wed) 16:02:14)
    とても面白いと
    思います。
    また続きを
    見させて下さい。
    心待ちにしてます。

    (携帯)
引用返信/返信

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■21714 / 親記事)  (削除)
□投稿者/ -(2013/01/17(Thu) 10:45:23)
    この記事は(投稿者)削除されました
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▽[全レス32件(ResNo.28-32 表示)]
■21743 / ResNo.28)  お疲れ様でした。
□投稿者/ k 一般♪(1回)-(2013/02/23(Sat) 09:35:53)
    こうすると、本文を邪魔しなくて済むんですね。ずっとガラケーでしか見てなかったので…スミマセン(^^ゞ

    ここ最近の流れから、終わりが近いなぁと思っていましたが…。ついに完結ですね。お疲れ様でした。
    最後、短くまとまり過ぎた感がなくもない様な……要は終わって欲しくないだけなんですけどね(笑)。

    また次回作あるんでしょうか?楽しみにしてます( ̄▽ ̄)b

引用返信/返信
■21744 / ResNo.29)  Re[2]:kさんへ
□投稿者/ zoo ちょと常連(64回)-(2013/02/23(Sat) 10:01:14)
    ご期待に添えない雑なストーリーになってしまい、申し訳ありません!
    退屈な話だったと思います。
    でも、世界のどこかに、こんな恋をした人がいたんだと、少し想像してもらえたら・・・って思ったりします。
    本当は、これよりもう少し短い短編にするつもりでした。が、私の力不足で失敗しました(笑)。
    最後まで読んでくれて、ありがとうございます^^
引用返信/返信
■21745 / ResNo.30)  但竄テ|qヲ但竄タ敕ヱ、但竄テ|ヱィ但竄烙挈但竄テ|窶γ≒fテ|qウ但竄テ|qサテつ。
□投稿者/ k 一般♪(2回)-(2013/02/24(Sun) 06:30:16)
    但竄テ|qッ但竄テ|q「但竄テ|qオ但竄テ|ヱァ但竄テ|窶テつ、但竄烙悳但竄タチqエ但竄テ|ヱョテ遜テ窶白A竄烙恍A竄テ|≒fテ|qウ但竄テ|ν但竄テ|qォ但竄テ|窶榲つ催δ〓竄テ|ン]但竄テ|ヱッ但竄テ|窶γ≒fテ|qオ但竄テ|窶甲つ。但竄テ|qカ但竄テ|δ£A竄テ|窶テ窶僵テ窶剪A竄タ庵窶儕テつー但竄テ|窶γ≒fテ|qウ但竄テ|qァテ窶凖qァ但竄テ|窶梺A竄テ|ν但竄テ|qァ但竄テ|δ£A竄テ|qサ但竄テ|η鋳A竄テ|窶γつ…テ窶儿テ窶凭テ窶凩テ窶兒テ窶剪A竄テ(^^テつゞ

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引用返信/返信
■21746 / ResNo.31)  Re[3]: ヨ
□投稿者/ miya 一般♪(13回)-(2013/02/28(Thu) 19:19:34)
    完結まで、ありがとうございました<(_ _)>
    退屈だなんてとんでもないですよ。

    まさか、もしかして、実話(?)ですか?
    すてきな恋ほど切ないものはないですよね。

    また、次があるのなら、楽しみに待っています。
    脚色なしのありのままので・・

引用返信/返信
■21747 / ResNo.32)  感想
□投稿者/ スズ 一般♪(2回)-(2013/02/28(Thu) 20:32:52)
    完結おめでとうございます。
    なんだか切ないけど、とても良い話でした。
    もう終わっちゃうもっと読みたい!って思いながら読んでました。
    次回作があればまた読みたいです。
    お疲れ様でした☆


    (携帯)
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■21709 / 親記事)  愛してるから、愛してるから、
□投稿者/ 匿名希望 一般♪(44回)-(2013/01/01(Tue) 03:13:26)
    「嘘つくときの、いつも癖出てるよ」

    まりこが言った最後の言葉だった。

    私が愛してるって言葉で、いくら伝えても伝わらなくなっていたのは、この癖のせいだったらしい。

    「愛されてないことぐらい気づいてたよ」

    そんなことはなかったんだけども、彼女にとってはそうだったようだ。

    気持ちをそのままに伝えるっていうのは、言葉では難しすぎる。

    「私たちに意味なんてあるのかな?」

    責める言葉だけが、二人の間には積もっていく。

    何とかして、何とかして逃げ出さなきゃと、妥協案を考えてる時点で、終わりは近づいている。

    「お別れだよ、ほんと」

    ストレートに別れを切り出した彼女を引き止めるだけ引き止めても、結果は同じだった。

    「伝わらない」

    僕らの終わり。
    僕らの始まり。






    (携帯)
引用返信/返信

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■21710 / ResNo.1)  愛してるから、愛してるから、A
□投稿者/ 匿名希望 一般♪(45回)-(2013/01/01(Tue) 03:27:17)
    始まりは、単純。
    ペンを拾ってくれた君に一目惚れ。

    可愛い、第一印象から君に恋していた。

    けど、可愛い子なんていっぱいいる。会話のチャンスもなかなか巡ってこない君のことなんて忘れて、他の恋に夢中だった。

    「隣いいですか?」

    他の恋に傷ついてるときに、君に再会。

    「どうぞ」

    あの時の可愛い子だと気づくのに時間はかからなかった。

    「あっ、そのペン覚えてますよ!」

    同じ笑顔で、微笑まれた。

    二度目の一目惚れ。
    「あっ!あのときの!」

    偶然だけど、二人とも覚えてた奇跡。

    「そりゃ、覚えてるか…このペンじゃ」

    苦笑する私に、興味津々にペンを上にしたり下にしたりする君。

    そりゃ、そうか。
    ナイスバディな外人美女が…裸になったり、ならなかったりするペンだ。

    そりゃ、そうか。

    「すごーい、おっぱい大きいー」

    感動する笑顔もまた可愛い。

    三度目の一目惚れ。




    (携帯)
引用返信/返信

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■21661 / 親記事)  永遠の願い 1
□投稿者/ あんず 一般♪(1回)-(2012/10/10(Wed) 18:46:44)





    背中まで伸ばされた髪が持ち主の俯く動作に合わせ、背中や肩を滑り落ちた。
    ストレートパーマでもかけたかのように、定規で引いた線のように真っ直ぐな髪。
    お手入れに気を配っているらしく、傷んだ毛なんて1本もないように見える。
    傷むどころか寧ろつやつやでサラサラの髪は、少しでもいいから触ってみたい。
    アジア人らしく真っ黒な髪は、多分今まで1回も染めたことがないと思う。
    前髪を眉毛が隠れる程度の長さのぱっつんにしているから、余計アジア人らしい。
    シャンプーやトリートメントのCMに出演していても、絶対何の違和感もない。




    “彼女”の髪の毛ばかり見ている訳じゃない、けど、髪の毛に目がいってしまう。
    昔は女性が美人かどうかの判断基準として、髪の毛が重要視されていたという。
    現に平安時代の女性は、長くて美しい髪の女性が美人だと言われていたと習った。
    勿論髪の毛の美しさは今でも憧れ追及されるものだし、好かれるものだと思う。




    前から3番目の机の1番右端の席、それが“彼女”―――――瀬尾麻椰の特等席。
    “麻椰”って最初は何て読むか分からなかったけど、どうやら“まや”らしい。
    彼女、いや、瀬尾さんはいつも1人でいるか、少人数のグループに混ざっている。
    大人数で騒ぐのがあんまり好きじゃない感じの、大人しい真面目なタイプの人。
    でも髪の毛だけじゃなく、顔もそこそこ可愛い瀬尾さんは、結構注目の的。
    話しかけたいらしい人はたくさんいるけど、なかなか勇気が出せないみたいだ。
    ・・・・まあ、私もその“勇気が出せない”たくさんの人の中の1人だけど。




    今日も瀬尾さんは教授の講義を特等席で真面目に聞きつつノートを取っている。
    スカートやワンピースなどの女の子らしい恰好をしている日が多い瀬尾さん。
    今日も膝上丈の花柄ワンピースに真っ白なカーディガンを羽織って登校して来た。
    最近冷えるようになったから寒さ対策か、黒のニーハイに茶色いブーツ姿。
    いかにも男性が好みそうな格好だと思っていたら、その予想は当たっていた。
    周りの男性は講義そっちのけで瀬尾さんを見つめて、頬を緩ませていた。




    男性に人気がある瀬尾さんだけど、女性にも人気があるらしいから珍しいと思う。
    瀬尾さんと仲良くなりたいと願っている女性は少なくないし、実際私もそうだ。
    だけどやっぱり勇気が振り絞れなくて、いつも遠目に見つめているだけ・・・・。
    瀬尾さんと仲良さげに話せる人は、みんなからとったらかなり羨ましい存在だ。
    別にクールな訳でも何でもないのに、なぜかみんな、なかなか話しかけられない。
    クールとは真逆で、よく笑う、ほんわかして可愛らしい感じの女性なのに。




    あれこれ考えている内に時間がきて、今まで受けていた講義は終わってしまった。
    ノートやら筆記用具やらをまとめて片付けながら、やっぱり瀬尾さんを盗み見。
    瀬尾さんはトートバックに勉強道具をしまい、さっさと教室を出て行ってしまう。




    (今日も瀬尾さんに話しかけられなかったぁ〜・・・・)




    今日も瀬尾さんに話しかけられなかった、と思うのは、今日で何回目だろうか。
    春に瀬尾さんを見かけてから毎日思ってるんだから、何百回と思っているだろう。
    友達に講義が始まる前に今日こそは、と意気込む人がいるけど、その人も同じ。
    講義が終わってから、やっぱり今日も話しかけられなかった、と落ち込む始末だ。
    本当、なぜ大半の人がなかなか話しかけられないのか、誰もが理由を知らない。
    高嶺の花、というほどの美人でもなく、近寄りがたい雰囲気をまとってもいない。
    なのに大勢の人がただ願うだけで、彼女とは話せない・・・・とても不思議だ。




    「あ〜あ、今日も瀬尾さん行っちゃったぁ〜・・・・ほんと、移動早いなぁ〜」




    隣で机に突っ伏してそう呟いているのは、入学式当日に友達になった、志藤真冬。
    さっき言った“毎回意気込むけど話しかけられない友達”とは、真冬のことだ。
    明るい茶色に染めた髪を緩く巻いた真冬は、目がぱっちりとして大きい二重。
    中学生ぐらいの時までの私がなりたいと思っていた理想の目を持っている友達だ。




    「はぁ〜・・・・なんでいっつも話しかけられないんだろ・・・・?」



    「さっさと瀬尾さんのところに行かないからじゃない?」



    「だってぇ〜・・・・ってかアンタも話しかけられない人の1人じゃん!」



    「そりゃそうだけど・・・・私は今のままで十分だから」



    「えぇ〜?この間『1回でいいから話してみたい』って言ってたじゃ〜ん」




    あはははは、と笑う真冬は、名前通り真冬の1月生まれなのに、太陽みたいだ。
    笑顔と同じように性格も明るくて、入学式の時は真冬から話しかけてきてくれた。
    住んでいる家もそれなりに近いから、よくお互いの家を行き来したりする仲だ。




    「ところでさ、もうご飯の時間だよ?今日はどこで食べる?」




    私たちが通っているこの大学の敷地内には、食事が出来る場所が4カ所もある。
    生徒数が多いため、自然と食事をする広い場所がたくさん必要になるからだ。
    和食、洋食、イタリアン、カフェのスペースがあり、利用する生徒も教員も多い。
    私も真冬も安くて美味しいのをいいことに、毎日それらの場所で食事をする。




    「昨日は和食だったし・・・・今日はイタリアンが食べたいなー」



    「おおっ、いいねぇ♪じゃあイタリアン食べよー!」




    ショルダーバックを肩にかけ、真冬と2人で並んでイタリアンの場所へと向かう。
    今年の春に入学したばっかりだけど、もう10月だ、大体の場所はもう覚えた。
    ましてや春から何度も通っている場所だから、真冬も私も間違える訳がない。
    今日はトマトとナスのパスタを食べようなどと思いながら、騒がしい廊下を進む。




    「・・・・・あれ?」




引用返信/返信

▽[全レス1件(ResNo.1-1 表示)]
■21662 / ResNo.1)  永遠の願い 2
□投稿者/ あんず 一般♪(2回)-(2012/10/10(Wed) 22:20:41)





    「ひよ〜、どうかした?」




    ひよ、というのはみんなの私に対する呼び名だ、私の名前が宇治原日和だから。
    他には日和、と呼び捨てにする人も、ひぃちゃん、と呼んでくれる人もいる。




    「・・・・・」



    「ひよってば、ねえ、どうしたの?」




    数歩先をご機嫌な様子で歩いていた真冬が、立ち止まる私の近くまで戻ってきた。
    私は大きな窓の外に視線を合わせたまま、そこから一歩も動けなくなっていた。
    不審に思ったらしい真冬は私の隣に来ると、私の視線の先に自分の視線を向けた。




    「あれ・・・・ねえ、あれって瀬尾さん?・・・・と、誰だろ」




    そう、私と真冬の視線の先にいたのは、瀬尾さんと、もう1人の知らない女性。
    大学の敷地内にいるんだから、きっと同じ大学に通っている学生の1人だと思う。
    でも名前も知らないし見たこともないから、違う学部の人か、先輩か・・・・。
    とりあえず、160センチぐらいの瀬尾さんと大差ない背丈の女性が一緒にいた。
    何かを話しているようだけど、何しろ外での会話だ、全然聞くことが出来ない。
    窓を開けて気付かれるのは嫌なので、頑張って口の動きを読み取ろうとしてみる。
    ・・・・って、私も(真冬も)、2人でこそこそと何をやっているのだろうか。




    「・・・・真冬、行こ」



    「待って!・・・・気になるね、あの2人・・・・先輩かな?」



    「誰かは分からないけど・・・・見たことない」



    「多分この大学の関係者だよね・・・・誰だろ?」




    見知らぬ女性は瀬尾さんと同じ黒髪を、茶色いバレッタで後ろにまとめていた。
    彼女の髪の毛も綺麗だと思うけど、やっぱり瀬尾さんの髪の毛には負けると思う。
    白いブラウスに紺のフレアスカート、黒いレギンスに茶色いパンプスという姿。
    顔は横顔しか分からないけど、可愛いというよりは美人という系統に入る。




    「あの人と恰好が似てるんだけど・・・・」




    そう言う真冬を見れば、彼女は白い七分袖のトップスに茶色いフレアスカートだ。
    まあジージャンを羽織っているから、あの人よりも数段カジュアル風だけど。
    なぜか少しショックを受けたような顔をしている真冬は、つくづく不思議な人だ。
    今までも突拍子もないことを言ったりやったりしては笑わせてくれている。




    「あー・・・・そうだね?」



    「まあいいけど・・・・多分読んでる雑誌一緒だよ、あの人」




    真冬に向けていた視線を窓の外に戻すと、瀬尾さんと女性はまだ一緒にいる。
    でも、楽しそうに話しているようには見えない、喧嘩をしているように見える。
    それは真冬から見ても同じなようで、少し心配そうに2人を眺め続けている。
    大声で怒鳴りあってはいないだろうだけど、明らかにいい感じではない様子だ。
    相手の女性は眉間に微かにしわを寄せ、何だか悲しげな感じの顔をしている。
    それに対し瀬尾さんは全く動じていないみたいで、淡々としている様子に見える。




    「やっぱりここからだと何を言ってるか全然分からないね」



    「うん・・・・・大丈夫かな、瀬尾さん」



    「大丈夫だと思うよ?だからさ、ほら、お昼ご飯行こ」




    未だに心配そうに眺める真冬の腕を引っ張り、騒がしい廊下を再び歩き始める。
    ずっと眺めていたってキリがないし、何しろ私は結構お腹が減っているのだ。
    他人の様子を覗き見して心配をするよりも、まずはこの空腹をどうにしかしたい。




    「も〜、お腹が減ったからって・・・・・」




    最初は引きずられるように歩いていた真冬だったけど、最終的には元通り。
    逆に私の手首を掴んでぐいぐい進むようになってしまって、立場が逆転した。
    2人とも瀬尾さんともう1人の女性のことは、食事をするなり忘れてしまった。
    私はトマトとナスのパスタとティラミスを、真冬はランチセットを注文した。
    大学側が提供してくれる食事は、4カ所全てが安くて、美味しくて、最高。
    2人とも空腹だったというのもあるけど、あっという間に食べ終わってしまった。




    「ふう〜・・・・お腹いっぱい♪あ、ひよは次もあるんじゃない?」



    「うん、次で最後ー・・・・真冬はもう終わりだっけ?」



    「今日はさっきので終わりだよー、夕方からバイト!」



    「そっか、頑張ってね!」



    「ありがと〜」




    しばらく空になったお皿を前に話し込んで、講義が始まる15分前に別れた。
    真冬は自宅の近くの居酒屋で週に数回、夕方から夜までバイトをしている。
    そこには何度か行ったけど、アットホームな雰囲気で、店員の人柄もよかった。
    料理も手頃な値段で美味しく、お酒のバリエーションも豊富で楽しかった。




    真冬と別れた後、1人で次の講義が行われる教室へと向かった、最後の講義だ。
    これが終わったら私も家に帰って、真冬同様、夕方からバイトが待っている。
    私のバイト先はレストランで、そこのホールスタッフとして働いている。
    厨房スタッフの人も同じホールスタッフの人も仲が良くて、時々飲みに行く仲だ。




    (そういえば最近飲みに行ってないから、久しぶりに行きたいなあ・・・・)




    確か一昨日のバイトの時、新しいアルバイトが入るっていう話を聞かされた。
    でも店長は何も言ってなかったし、今までにも思わせぶりなことはあった。
    今回も前例通り、先輩がアルバイトの面接に鉢合わせたのがきっかけだった。
    前もそういう話になってどきどきしていたけど、結局入ってこなかった。
    店長の真澄さんはどこからそんな話が?、って言ってすごい笑ってたけど。




    帰ってからのことを考えながら教室に入ると、既に定位置に座っている瀬尾さん。
    もう大体の人が席に着いていて、私も半分より後ろの方の席に座って準備する。
    途中で同じ学部の子が来たから隣の席に誘って、授業内容について話をしていた。
    その子は田辺玲、ベリーショートのダークブラウンの髪で、スポーティな子だ。
    サークルも女子サッカーのサークルに所属していて、この間大会に出場した。
    1年生にしてレギュラーでフル出場し、チームメイトや監督から信頼されている。




    「お、日和久しぶりじゃん!元気だった?」



    「久しぶり〜、元気にしてたよ!玲は?」



    「あたし?あたしは・・・・見てわかるでしょ?」



    綺麗に並んだ真っ白い歯に少し黒めの肌でスレンダーな玲は、とても健康的だ。
    次の講義で最後だという玲は、今日も夕方からサークルの練習に参加するという。
    サッカーが大好きで小学生の頃から続けてきたという玲は、かなり楽しそうだ。
    元々話し上手の玲の話に引き込まれていると、この講義の担当教授がやって来た。
    この教授の講義が1番好きだ、女性の教授なんだけど、講義が分かりやすい。
    講義が分かりやすく親しみやすいという理由で、多くの生徒に慕われる教授だ。
    見た目は白髪交じりの可愛らしいおばあさん、っていう感じで、実際お茶目。
    たまに講義をせずにパーティーなんかをしたりするから、余計に構内の人気者だ。




    瀬尾さんを見ると、いつもの場所で、バインダーのルーズリーフを眺めていた。
    彼女は勉強熱心らしく、よく何かの本や今までの講義のノートを見たりする。
    瀬尾さんと割とよく話しているのを見かける人が、彼女は頭がいいと言っていた。
    分からないところがあって尋ねても、答えが返ってこなかったことはない、と。
    それにいろんなことを知っているらしく、話していても飽きないとも言っていた。




    「では、今日の講義を始めますねぇ〜」




    いつもののんびりした口調で、おばあちゃん教授による90分の講義が始まった。




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