ビアンエッセイ♪

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■21891 / 親記事)  少女たちの物語
□投稿者/ 無花果 一般♪(1回)-(2015/04/08(Wed) 09:50:40)


    少女たちの物語(1) 「水槽の魚とミルクティー」










    透明な水槽に入れられた魚は、死ぬまで水槽の外には出る事が出来ない。
    ただ、他の数匹の魚と水中に揺らめく人工の草と一緒に生きて死ぬ。
    もしかしたらそこには、他に灰色の砂利が沈んでいるかもしれない。
    水は汚いかもしれないし、自分以外の魚は生きていないかもしれない。
    何であれ、狭い世界に生きて、狭い世界の中で死んでいくのだ。
    空の広さも地上の広さも海の広さも知らないまま、その生涯を終える。





    ぽちゃん、と音を立てて紅茶に垂直に飛び込んだ砂糖が沈んでいく。
    立て続けに3個がダイブし、少しだけ角が崩れ、溶け込んでいく。
    私は銀の細いスプーンでぐるぐると紅茶をかき回し、紅茶の渦を作る。
    2、3回混ぜた後、スプーンの裏で固形の砂糖を押し潰した。
    ぐしゃり、と形を崩し、ティーカップの底に沈殿する小さな粒たち。
    その粒も銀色の楕円にかき乱され、紅茶に溶け込んでいく。
    砂糖は少しずつ姿を消していき、最後には1粒も残らず消えていった。


    「はい、」


    角砂糖を3個入れた以外には、レモンもミルクも何も入れていない紅茶。
    そんな甘めの茶色いだけの紅茶を、彼女はとても好んで飲む。


    「・・・・ありがとう」


    分厚い書物を読みふけっていた彼女は顔を上げ、銀色の眼鏡を外した。
    眼鏡の銀色の細いフレームと、あまり日焼けをしていない色白の肌。
    それらのコントラストはとても綺麗で、私の視線を釘付けにする。
    その白い指が白い陶器のティーカップに絡まり、空中に持ち上げる。
    彼女の指と同じく白い喉が上下に動き、液体は彼女の体内へと吸収される。
    彼女自らの意志で彼女の体内に取り込まれる紅茶が、心底羨ましい。
    私だって彼女の体内に吸い込まれて吸収されて、彼女の一部になりたい。






    私も、水槽の中で生きる魚のように、彼女の中で生きる魚になりたい。



引用返信/返信

▽[全レス2件(ResNo.1-2 表示)]
■21892 / ResNo.1)  少女たちの物語
□投稿者/ 無花果 一般♪(2回)-(2015/04/08(Wed) 10:07:35)


    少女たちの物語(2)「付喪神」










    いつのことであったか、ひとりの少女はその短い生涯の中で恋をした。
    彼女の名前も何も知らない、ただ自分を使い捨てるだけの存在に恋をした。




    彼女はまだ高校生になりたての若き少女で、青春真っ只中の時期の女の子だった。
    本当は黒いはずの髪は明るい金色に染められ、濃いめのメイクが顔を彩る子。
    制服のスカートは短く、いつもだるそうに退屈そうに時間を過ごしている。
    それでも少女は知っていた、その瞳の中には寂しさと諦めがあることを。
    本当は誰か頼れる人が、傍に居てくれる人が欲しいと少女が願っていたことを。
    少女は、自分がその女の子の願いを叶えてやることができないことも知っていた。
    だから少女は願った、誰かが彼女の本当の気持ちに気が付きますようにと。
    毎日毎日、太陽にも星にも月にも雲にも何にでも祈りの気持ちを捧げ続けた。




    最近の彼女は機嫌がいい、分かりづらいが前よりも少し表情が明るくなった。
    一見無表情で無愛想に見える彼女の隣には、知らない女の子が笑って立っている。
    明るい彼女は少女の願いを聞き入れ、そして叶えてくれたいわば恩人である。
    孤独な少女の寂しさも、諦めも、微かな表情も、全部を包み込める「おともだち」。
    自分がなりたくてもなれなかった、彼女の理解者、彼女の支え、彼女の恩人。
    毎日願った必死の願いが聞き入れられたというのに、少女は素直に喜べなかった。
    本当は自分があそこに立ちたかった、本当は自分の方が先に彼女の魅力に気が付いたのに。
    願いが聞き入れられたのにも関わらず、無邪気な救世主である彼女の存在を憎んだ。




    だからだろうか、せっかくの彼女の恩人を憎むような真似をしたからであろうか。
    遂に少女は大好きな彼女の元を離れる時、すなわち別れの時がやってきてしまった。
    彼女はひどく辛そうな顔で少女の身体を持ち上げ抱き締め、そして手放した。


    「さよなら、どうか貴女が幸せであらんことを」




    次の日、彼女のお気に入りのぼろぼろになった筆箱は、炎に消えた。



引用返信/返信
■21893 / ResNo.2)  少女たちの物語
□投稿者/ 無花果 一般♪(3回)-(2015/04/08(Wed) 10:26:32)


    少女たちの物語(3)「独占欲」










    義理の母は今日も私を殴る、殴って殴って殴って、この身体を痛めつける。
    ほんとうのおかあさんの妹である彼女は、私のことが心底嫌いなのだろうか。
    何年も前から服で隠れるような場所を殴って抓って蹴って傷をつける。
    だから先生も友達もみんな傷のことは知らない、義理の父は帰ってこない。




    義理の母は言う、私の娘でありたいならば完璧な人間になりなさい、と。
    とうの自分は完全ではない癖に、私に対しては常に完璧を求め続ける。
    成績も一番、運動も一番、クラスの人気者で先生にも信頼される女の子。
    それが私が被り続ける仮面であり、私が掲げ続ける努力の結晶だ。
    周りの人間も私のことを完璧だと感心し、褒めたたえ、頼りにする。
    それでも義理の母は私のことを認めてはくれないし、見てもくれなかった。
    もとより私のことを義理の娘とすら思う気持ちが微塵もないのだから。




    今日も義理の母は帰宅した私を呼び出し、制服姿のままの私を痛めつける。
    拳で殴って、手のひらで叩いて、勢いをつけた足で殴って、そして床に転がす。
    近所の人にばれないように口にはガムテープを貼って、私の全ての声を奪う。
    そして自分の気が済むまで私のことを痛めつけた後、放置という名の解放。
    私は自分の部屋で傷の確認と手当てをして、毎日毎日それの繰り返し。




    本当はこのどこか狂った人に抗う術も、この人から離れる方法も知っている。
    だって私は賢い子、勉強も運動もできて性格もいい完璧な子なんだもの。
    それでも私はそれをしない、この痛みから抜け出す方法はずっと使わない。
    それは私がこの人に義理でもいいから娘だと認めてもらいたいからじゃない。
    この人に一度でもいいから褒めて欲しい、私のことを見て欲しいわけでもない。
    実の姉に恋をしてその姉を亡くしてその姉の娘である私に恋をしたこの人に。
    私が寝ている真夜中に、私の部屋の中でひとり淫らに乱れるこの人に。
    寝た私の身体を使って自分の欲を発散し、日中は暴力を振るうこの人に。
    本当は私の気持ちも部屋にある隠しカメラも盗聴器も全て把握しているこの人に。




    おかあさんごめんなさい、私は悪い子です、なんて思ってもいないけど。


引用返信/返信

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■21869 / 親記事)  アイヒト
□投稿者/ 燃草 一般♪(1回)-(2015/01/18(Sun) 00:36:59)
    適当です。

    (携帯)
引用返信/返信

▽[全レス2件(ResNo.1-2 表示)]
■21870 / ResNo.1)  音叉
□投稿者/ 燃草 一般♪(2回)-(2015/01/18(Sun) 00:51:04)


    ーーーその声出さないでーーー



    そう言うと消え入るように箏子は布団に顔をうずめた。

    きいろは僅かに暗澹の表情を浮かべる。

    何故そんなことを言われなければならないのか

    こんなに辛く苦しいのに


    その時箏子が身を縮ませた。


    あぁ、この子は私の声に反応しているのだ


    酷く辛い詰まる喉から出した声は

    いつも耳許で囁いていた箏子のタガを外す声に似ていた。


    そうじゃないのに


    暗くなる気持ちを打ち消したのは

    まだきいろを求めている身体だと思ったからだ。


    そう聞こえるなら

    そうするよ


    二人はぐちゃぐちゃな気持ちのまま

    ちくはぐな気遣いのまま

    とうに別れを済ませているのに

    身体が1番最初に正直になっていた。




    (携帯)
引用返信/返信
■21871 / ResNo.2)  蕩揺
□投稿者/ 燃草 一般♪(3回)-(2015/01/19(Mon) 02:08:21)

    本当は私の中で歌など流れていない。
    静寂というものもないし、無音でもない。
    音を知らなければその意味さえわからないように、
    目が見えなければどんよりとした曇り空も知らない。

    ただ肌に触る空気があり、それが好ましいものでも
    嫌悪までいかないものでもないのがわかるだけだ。



    きいろは年の離れた姉と家族の食事を作るために
    台所に立つ。
    毎回2人で歌謡曲やクラシック、アニメソングを口ずさむ。
    時折、姉貴の部屋で映画を観たり、甥の宿題の監督をする。
    その後、離れにある子猫が待つ物置を改装した部屋へと戻る。



    今日も姉の部屋に立ち寄った。
    アメリカの救命救急ドラマを4話観た後、冗談を言いながら部屋を出た。

    玄関に立ち明かりをつける。
    靴の位置を確認して電気を消し、重いドアを開けた。

    明るいのは騒がしい。
    真っ暗に近いこの階段は、冬の空気があまり入らず少し暖かい。
    壁に手をつきながら、一段一段確かめながら降りる。


    明るすぎる光はうるさくて暗すぎるのは重たい。
    本当は歌なんか流れていない。無理矢理絞り出している。
    努めて不器用な家族に、努めて不器用ながらも空気を柔らかくするために
    口ずさんだり鼻歌を歌っているのだ。
    生きる気も無い。
    死にたい訳じゃなく、ただ生きる理由が見つからない。
    可愛く憎たらしい甥も生きたいと思う理由にはならない。
    数時間空けただけで、ガラガラ声で鳴く可愛い子猫も生きたいと思う理由にはならない。
    美味しい食べ物も、素晴らしい音楽も、心掴まれる芸術も、一日一冊と決めた小説も
    タバコの煙が作る輪に触れるように、薄く消えていく。


    きいろは人生で幾度か自殺しようと試みた。
    最初は10歳、最後に試みたのは、箏子と別れた後だ。
    幸せがまだ色濃い内に終わりにしようと何度も試みた。
    風邪薬や鎮痛剤を買い、家にある分も足し、ウイスキーをストレートで流し込み
    心が幸せの体温を覚えているうちにと急ぐように首に縄を通した。

    結果、全て失敗に終わった。
    ハイネックを着て仕事をこなし、掠れ声をマスクで覆い、むくみ黒ずんだ顔を笑顔で消した。

    あれから数ヶ月、きいろは自分がどの淵に居るのかわからなかった。
    今、箏子ですら生きたい理由にはならない。
    ただただ、やることをこなし、冬の夕暮れを眺めてため息をつく。

    生きたい理由がないのは、どうしたらいいのか皆目見当がつかなかった。

    ただ、10歳の時より幸せだと感じる。
    愛し愛され過ごした日々は、あの悲痛な諦めよりもずっとあたたかい。
    思い出せば微笑むこともできるし、愛しくなり嬉しさがこみ上げたりする。

    子猫が鳴く。
    しっぽを真っ直ぐにして、あごをくすぐる。
    この大層可愛くない声で鳴く子猫は、冬の始めに車庫に捨てられていた。
    はち切れんばかりにゴロゴロと喉を鳴らすようになるまでに、幾分時間がかかった。
    両手に抱き上げ頭と足が出ていた子猫は、今や手が四本あっても足りない程成長した。

    寒いのに本を読む私の胸に寝転がり、キスをしたり、ザラザラした舌で指を舐め顔を舐め甘噛みをする。

    きいろはこんなに愛情を示す小さな生き物も、生きたい理由にならないのかと暗澹の表情を浮かべる。

    子猫が甘えた声で鳴いた

    小さな頭を優しく撫でる
引用返信/返信

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■21809 / 親記事)  天使の声
□投稿者/ K. 一般♪(1回)-(2014/08/21(Thu) 04:51:05)




    みんみんとうるさく、それでも一生懸命に鳴きわめく蝉の声を背に、担任から半ば押し付けられる形で渡されたプリントをホッチキスでまとめていく。
    プリントとは来月に行われる林間学校についてのしおりで、この学校は多分一学年の人数が多い方だから、きっとこれだけの量を印刷するだけで一苦労なのだろう。
    ひとりきりの教室で、わずかな紙の摩擦の音と、ぱちん、ぱちん、という、プリントを針が貫通しまとめる音だけが、やたらと大きく聞こえる。
    本当は部活動が行われる教室以外の教室は、放課後になると特別な事情がない限り、エアコンのスイッチが切られることになっている。
    しかしながら担任も罪悪感やら申し訳なさやらがあるのか、エアコンのスイッチを切ることはせず、そのままにして教室を出て行った。
    お陰でこうして涼しい教室で、孤独で地味な作業を淡々と黙々とやれているのだが、エアコンごときでこのやるせなさは消えるわけがなかった。
    窓際の後ろから3番目の自分の席からは、左側に広がる広い校庭全体がよく見え、放課後の今は陸上部が部活動を行っていた。
    汗だくで、しかし楽しそうに一生懸命練習に取り組む彼女たちを羨ましいと思わないわけではなかったが、生憎運動は得意な方ではない。
    とりあえず今は陸上部の彼女たちよりも、担任から頼まれたこの林間学校のプリントを全てまとめてしまうのが先決である。




    (アヴェ・マリア・・・・・・と、何かのクラシック、)




    この学校にはいくつかの部活動が設けられているが、その中でも音楽部と合唱部は毎年コンクールで優れた成績を残している部活動のひとつだ。
    流石に合唱と吹奏楽を同じ教室で一斉にするわけにはいかないため、2つある音楽室をそれぞれ使って部活動を行なっている。
    自分たちの林間学校同様、来月に大きなホールかどこかで行われるコンクールでいい成績を残すべく、今頃は熱心に練習に打ち込んでいることだろう。
    綺麗な歌声と演奏が微かに聞こえてくる中、やはりひとりで黙々と林間学校のプリントを手にとっては手の中でそろえ、ホッチキスでとめていく。










    「ありがとう間宮さん、本当に助かったわ」



    大量の林間学校のプリントをまとめ終わったのは辺りが薄暗くなり始める頃で、職員室にいる担任のもとに届けると、担任はパソコンに向かっていた。
    エアコンのスイッチは自分が帰ってから責任を持って担任が切っておくという話だったため、職員室には自分のかばんも一緒に持ってきていた。
    にこにこしている担任に一礼をし、職員室のドアをくぐると、ドアのすぐ横に置いておいた自分のかばんをじっと見つめるひとりの生徒がいた。
    相手も自分を見つめるこちらの存在に気がついたようで、かがんでいた腰を真っ直ぐに伸ばし、しっかりとした真っ直ぐな目でこちらを見つめ返す。



    「このかばん、間宮さんのだった?」



    彼女は、同じ学年、そして同じクラスに所属する生徒のひとり、天城八代(あまぎやしろ)だった。
    自分が大勢よりは少人数を好み、少人数よりは単独を好み、無口で表情を顔に出さないタイプの生真面目な人間であるのに対し、彼女は正反対の人間だ。
    いつもクラスメイトたちの中心にいる、明るくて表情がころころ変わる人間で、何かあるたびに彼女が中心になって物事を進めていることが多い。
    そんな彼女と自分が普段から積極的に関わるわけがなく、おそらくまともに会話を交わしたのは今日が初めてではなかろうか、というぐらいである。



    「・・・・・・ええ、私のかばんだけど。それがどうかした?」


    「別にどうもしないよ、ただ、かばんだけぽつんとあったから気になっただけ」



    彼女はにこりと人当たりのいい笑顔を浮かべ、後頭部の高い位置でゴムによってひとつにまとめられた髪の束と、両耳の横の髪の束とを揺らした。
    自分の鎖骨辺りまで伸ばした真っ黒で結んだりしていない髪と比べ、彼女の髪は色素が薄いのか茶色っぽく、それが光に当たると余計茶色っぽく見える。
    ちょうど近くの窓から外の光がいい具合に差し込んできており、彼女のポニーテールは、同じ色のはずなのにいつもよりも少し明るい茶色のように見えた。



    「そう。じゃあ私はもう帰るから。さようなら」


    「待って、間宮さん、よかったら一緒に帰らない?私、間宮さんとこうしてお話してみたかったの」



    彼女の目はどうも苦手だ、いつもこちらを真っ直ぐに見据え、濁りも何もない、澄んだ綺麗な目をしているから。
    断ろうかとも思ったが、特に用事も理由も思いつかず、それに自分たちが暮らしているこの学校専属の寮はすぐ近くであるため、一応頷く。
    この学校は中等部と高等部、そして付属の大学があるが、いずれも女子校で寮があり、ほとんどの生徒はその寮で暮らしている。
    確か彼女も寮で暮らしている一般的な生徒のひとりだったと思うが、寮の中でまで彼女に付き合ってやる気はさらさらない。
    しかしそんな自分の気持ちとは反対に、紺色の襟と深い緑のスカーフで首元を飾った白いセーラー服姿の彼女は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。










    「ねえ、間宮さんは何か部活に入ってないの?」



    昇降口で靴を履き替え、寮への道をひとりの時よりもやや速度を落として歩いている途中、隣に並んでいる彼女がそう尋ねてきた。



    「ええ、特に何も。自慢できるような特技も何もないもの」


    「そうなんだ、何かもったいないな。入る気は一切ないの?」


    「その気になれば入るとは思うけど、今はその気になっていないだけよ」



    終礼が終わった後、クラスメイトと話すことも何もなくすぐに教室を出て行く自分の姿を見ていれば、部活動に所属していないことは明白だ。
    故に先輩、後輩との繋がりも皆無で、一応委員会は図書委員会に所属しているが、仕事上の付き合いであり、事務的な会話しか交わしたことがない。
    彼女は何か委員会や部活動に所属している人間だったかどうか、記憶を辿って考えているうちに、彼女が自分から申し出てきた。



    「私は音楽部員なんだけど・・・・・・間宮さん、音楽部なんてどうかしら」


    「・・・・・・音楽部?合唱の?」


    「そう、合唱。といっても部員のほとんど全員が未経験者だし、部の雰囲気も悪くないと思うわ」



    先ほど教室で聞こえていた綺麗な合唱に自分も加わって歌っているのを想像するが、あまりいいイメージは思い浮かばなかった。



    「なぜ私なんかを音楽部に誘うの?」


    「この間の音楽の授業のテスト、ひとりひとり歌を歌ったじゃない?間宮さんの歌、綺麗で上手だったから、もったいないなって思ったの」



    1、2週間ほど前の音楽の授業の時に歌のテストがあり、ひとりずつ教科書に載っている曲の中から1曲選び、みんなの前で披露したのだ。
    その時の他のクラスメイトの歌はあまり覚えていなかったが、彼女は合唱をやっているだけあって上手かったのはうっすらと記憶の片隅にあった。



    「ねぇ、今度、音楽室においでよ」




引用返信/返信

▽[全レス2件(ResNo.1-2 表示)]
■21810 / ResNo.1)  そのに
□投稿者/ K. 一般♪(2回)-(2014/08/21(Thu) 05:27:28)




    「初めまして、あなたが間宮凛さん?」



    彼女を目にした途端、私は彼女に思考も感情も全てを奪われた。










    結局、林間学校のプリントの時と同様に、次の日の放課後、天城さんに半ば無理矢理音楽室へと連れてこられた。
    音楽室に入るなり、天城さんが自分のことを見学者だと紹介したお陰かどうかは分からないが、周りの部員からの好奇の目が痛い。
    そんな中、大勢いる部員の中から、ひとりの生徒が自分とその隣の天城さんの元へとゆっくりと歩んできて、自然と部員は道をあけた。
    音楽部の集団の中から現れたのは、微笑みを浮かべた、腰近くまでのふわりとした長い髪をなびかせた美しい生徒だった。



    「初めまして、あなたが間宮凛さん?私は音楽部の部長、高等部3年の月見翔子(つきみしょうこ)です。よろしくね。今日はゆっくりしていって」



    白いカチューシャで頭をかざった部長、月見先輩は可愛らしいよく通る声でそう挨拶した後、部員に準備に取り掛かるよう指示を飛ばした。
    正式な音楽部の部員のひとりである天城さんも楽譜や譜面台なんかの準備へと行ってしまい、入口の前にひとり取り残された。
    とりあえず近くにあった椅子を持ってきて、邪魔にならないよう、入り口付近の教室の隅の方で座って部活動の様子を眺めることにした。



    (月見、先輩)



    準備を終えた音楽部の部員たちは発声練習を済ませた後、それぞれが楽譜を持って、部員であろうピアノ演奏者の演奏に合わせて練習を開始した。
    月見翔子だと名乗った自分よりも2学年上の部長はソプラノパートを担当しているらしく、時々彼女のソロパートがあったりなんかもした。
    部長を務めているだけあって彼女の歌声は透き通っていて美しく、またよく響く歌声であり、合唱に興味がない自分でも魅了されるような声だ。
    それは他の部員にとっても同じらしく、彼女は常に憧れの熱を持った目で見つめられており、他の部員たちに慕われているのがよく分かった。
    天城さんはアルトパートの担当のようだったが、やはり部長である月見先輩のことを尊敬しているらしく、表情がとても柔らかい。



    「どう?、音楽部は」



    ぼうっと練習風景を見ている最中、突然背後から声をかけられ、大げさなぐらい肩が跳ね上がってしまい、勢いよく身体を半回転させた。
    後ろには満面の笑みを浮かべた背の高い、ショートヘアの生徒が立っており、その格好はセーラー服ではなく、学校指定のジャージ姿だった。
    その隣には逆に背が低く、天城さんのように色素が薄い髪を下の方で緩く三つ編みにした病弱そうな印象を受ける、優しく微笑んだ生徒が立っていた。



    「林先輩に木下先輩、こんにちは」


    「こんにちは、彼女は見学者かな?」



    ショートヘアの生徒は林響子(はやしきょうこ)、三つ編みの生徒は木下絵美里(きのしたえみり)と名乗り、共に高等部3年だった。
    彼女たちは今日、自分たちのクラスで用事があったために遅れてきたらしく、荷物を置いてすぐに合唱の練習に加わった。
    林先輩はメゾパート、木下先輩は指揮者兼伴奏者を担当しているらしく、2人とも月見先輩同様に上手く、また後輩に慕われているようだ。
    合唱のことはよく分からないし知識としても知らないが、音楽部の部員たちは本当に楽しそうに歌うのは見ていてすごく伝わってきた。










    「・・・・・・はい、じゃあ顧問の先生に私から渡しておくわね」



    担任は学年、クラス、出席番号、氏名が書かれた入部届をしっかりとチェックした後、その入部届を自分の机の引き出しの中にしまった。
    本当は自分で顧問の教師に渡してもよかったのだが、運悪くその顧問の教師が昨日から出張に出かけているというので、担任に任せることにした。



    「それにしても突然ね、どうして7月というタイミングで音楽部に?」



    担任であり英語担当の教師でもある松田先生は、次の授業の準備だろうか、クリアファイルを引っ張り出しながら尋ねてきた。
    あの後結局私は音楽部に入部することを決めたのだが、それはまだ先輩方にも、天城さんにでさえ伝えていない。
    なぜ今まで全く興味を持たなかった音楽部なんかに入部しようとしているのかは、自分でもよく分からない。



    「・・・・・・何となく、です」



    そう、と自分の担当するクラスの生徒のひとりに控えめに微笑んで見せた松田先生は、どこか嬉しそうだった。




引用返信/返信
■21859 / ResNo.2)  Re[2]: そのに
□投稿者/ 理恵 一般♪(2回)-(2014/11/18(Tue) 14:22:25)
    こんにちは。

    続きが読みたいな。
    書いてもらえませんか。
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■21750 / 親記事)  首元に三日月
□投稿者/ なな 一般♪(1回)-(2013/06/16(Sun) 01:30:04)
    #1 ハル、出会い

    太陽が沈む放課後。

    学校の門てのは物騒な事が起きない限り、授業中でもいつも開きっぱなしだ。この高校もそうだった。
    いつもながら門を潜り抜けて、ハルはこっそりと例の場所に行く。ここは誰も通らない校舎の裏側で、教員らですら通らない。安心して目的を果たせた。


    …カンッカンッカンッカンッ…

    リズムに乗せて金属と何かがぶつかる音が聞こえてくる。その音の正体はわからないが、聞こえてくるのは決まって音楽室だ。それから…
    「ちがう!何回言えばわかるんだよ!」
    恐らく女性の音楽教師であろう声が、校舎を揺らす勢いで怒鳴った。姿は見た事はないが、よく通る声でいつも生徒を叱っているようだった。そうしてしばらくすると、綺麗な歌声と吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。カンカンカン…という金属音も聞こえなくなり、音が校舎を包みハルも包んだ。
    この学校の合唱部と吹奏楽部は関東では、ずば抜けてレベルが高い。ハルはこの春自分の通う中学を卒業した後、この学校に進学する気でいた。校舎中に響いている合唱部の美しい歌声につられて、ハルも歌い出した。
    ―あ、なんだか今日はすごく調子が良い。きっと何か素敵な事が起こる、そんな気がしてハルは心を躍らせた。


    …そうしていつの間にか夜を迎えていた。ハッとしてハルが慌てて腕時計を見る
    と、あれから二時間が経過していた。どうやら寝てしまっていたようだ。
    辺りは真っ暗で、校舎の窓から漏れる光にたくさんの虫が集っている。
    夕方になると慌しくなるカラス達の鳴き声も、響き渡る合唱部の歌声ももう聞こえてはこない。
    そこには夜の生暖かい風の音だけが聞こえた。
    ―また寝ちゃったんだ…
    それは今回が初めてではなかった。自分も歌っていた筈なのに、その心地良さに溜まらずつい寝てしまう。溜め息をついてから、ハルがそそくさと立ち上がって退却しようとした時だった

    「こら!」
    「っ…ごめんなさいっ…」
    突然誰かに怒鳴られ、驚いて顔をあげると、ハルの目の前には綺麗な女性が、怪訝な顔をして立っていた。肩に触れる位の長髪ボブ、顔立ちも声も中性的な女性だったが、貫禄が何よりも際立っていた。相手は少し小柄な女性なのに、ハルは彼女から大きな威圧感を感じた。
    「何やってんの」
    「歌を…聞いていました…」
    ―どうしよう…。
    ハルは怖くなって涙目になった。
    「あ、そう。歌が好きなの?」
    「…はい。」
    女性はハルが見当していた事とは全く別の話に触れた。
    「ふ〜ん。さっき歌ってたのはあんた?」
    「…え、あ、そうです。」
    歌声を聞かれていた事に、ハルは顔を赤くした。女性はハルを凝視すると、思い立ったように切り出した。
    「ちょっとおいで」
    「えっ?!」
    「それともこのまま家族を呼ぶ?」
    意地悪そうに不適な笑みで言う女性。 ハルは何も言えず、彼女についていく事にした。スリッパを履いて、校舎内へ一緒に入る。綺麗な作りの校舎は廊下や壁が輝くようにキラキラとしていて、蛍光灯の光を反射させていた為、中は思っていたよりもずっと明るかった。
    女性は先導するように先を歩き、ハルは後ろについていった。
    「あの、いいんですか?」
    「大丈夫。それより何歳?」
    「15です」
    「ふーん。学校はどこ?部活は?」
    「七蔵中学の、コーラス部です」
    「すぐそこだね。部活はやっぱり合唱だったんだ。部活は楽しい?」
    「はい。私にとって音楽は幸せそのものなんです」
    つい乗り気になり蔓延の笑みで話してしまったハルに、女性はやけに頬笑ましそうだった。その表情が余りにも美しかったので、少し照れて顔を赤くしたハルはそれを隠すように俯いた。それから少しして、気になっていた事を聞こうとハルは彼女に話しかけた。
    「あの…何かの先生ですか?」
    「あれ?分かってると思ってた。音楽だよ。で、合唱部と吹奏学部の顧問。」
    「え!じゃあ、いつも生徒に大声で叱っているのは…」
    「あー…あたしだね」
    先生は苦笑した。
    「そうだったんですか。」
    日頃、憧れを抱いていたあの合唱部の顧問でもある音楽の先生だと聞いた瞬間、ハルの心が躍り出した。
    「先生、名前はなんて言うんですか?」
    「んー…」
    先生は少し考えたように黙り込み、しばらくして口を開いた。
    「まどかって呼んで。」
    意外にも下の名前を言われた事にハルは少し驚いた。
    「え…えっと、まどか先生…私は、久吹ハルと言います。」
    「じゃあ、ハルって呼ぶよ。」
    まどかが微笑んでそう言うので、ハルはまた照れてしまった。


    まどかの後ろをついて行って着いた先、そこは音楽室だった。
    「…」
    ハルは言葉に出来ない程の感動に浸った。
    「ハル、早速だけどこの曲はわかる?」
    突然名前で呼ばれ、まどかはピアノの蓋を開けると、椅子には座らずに立ったままピアノで伴奏を弾き始めた。その姿を見たハルは、自分の心臓が''ドキン''と激しく跳ねたのを気にしながら、彼女の弾く伴奏に合わせて歌いだした。
    『心の瞳』という、学校で教わる合唱曲としてもかなり有名な曲だ。まどかはハルが歌ってる最中に伴奏を止め、ピアノから離れた。
    「ハル、もっと喉を開けて。腹使って。」
    まどかの目付きが変わったのがハルにはすぐに分かった。そしてハルのお腹をぐっと強く押した。
    「うっ」
    「なんでもいいから声出して。」
    お腹を強く押されながら声を出す。するとハルの声はまるで、魔法が掛かったように声量を増した。
    「ぅぁ…凄い声出た」
    確かに声楽にも吹奏楽にも腹式呼吸は不可欠であって、学ぶにあたって誰もが身につけなければならないものではあった。無論、ハルも随分前から腹式呼吸については知っていたし、日頃トレーニングも欠かさない。ところが、まどかが押して発せられた声は、自分でも聞いたこともないような深いボリュームのある声だった。ハルは自分の腹式の価値観を覆す程に驚いた。
    「それでもう一回歌ってみて」
    まどかは伴奏を再開した。突然リズムに合わせてカンカンカンッと響かせたのは、まどかの右手に嵌めている指輪がピアノにぶつけるあの音の正体だった。
    ハルの瞳はより一層輝きに満ちた。校舎内にはまどかのピアノの音と、ハルの深く美しい歌声が響く。二人は真っ直ぐに互いを見つめ合い、音楽という至福の時間を堪能した。
    いつも遠くからしか感じれなかったものが、今現実にすぐ目の前にある。ハルはまだ15年という短い人生で、永遠に輝く何かを見つけたような、そんな気がした。

    …暫らくして気が付けば、音楽室の窓から見える空は更に暗くなっていた。
    「あ、やべ。やっちった」
    「なんだか、真っ暗っていうより真っ黒って感じですね」
    「ごめん。教師のくせにこんな時間まで。」
    まどかは申し訳なさそうだった。無理はなかった。なぜなら時計の針は既に22時過ぎを指していたからだった。けれどハルは何も気にしていなかった。時間の事よりも伝えたい事を言った。
    「それよりも先生、私今とても幸せです」
    「…そっか」
    ハルのその言葉を聞いてまどかは安堵したように微笑むと、ハルの頭をポンポン、と撫でるように叩いた。
    「送るよ。」
    そう言ってハルの頭から手を優しく離して、帰りの支度をした。ハルはまどかのその後ろ姿を見つめたまま、また顔を赤くした。

    音楽室の角隅にはどうやらもうひとつ部屋があったようで、まどかはそこにあるドアを開けて中に入っていった。

    ―あの部屋には何があるんだろう。

    それは単なる好奇心だった。そして今が絶好のチャンスでもあった。ハルはそのドアにそーっと近付いて、中にいるまどかに気付かれないよう静かにドアを開けた。入ってすぐ目の前には見た事もない楽器の数々や、大量の楽譜が床に散らばっている。

    ―汚い…

    左側を見ると奥にはデスクがあるようで、まどかはこちらに背を向けて帰り支度をしていた。デスクは日頃から整頓しているとは思えないほど、乱雑に楽譜やら筆記用具が散らばっていた。
    ー忙しくて片付けれないか、元々片付けれない人か。…うん、多分絶対後者だ。
    ハルは一人心の中でクスクスと笑っていた。
    「こら!」
    「ひっ!はぁ、びっくりした…もしかして、気付いていましたか…?」
    背中を向けたままのまどかの声に、ハルは苦笑した。
    「まぁね。背中にも目があるって生徒達からよく言われてるからねぇ」
    ハルは笑った。
    「お待たせ!さぁ、帰ろう。」
    そう言ってハルの前に立つまどか。その姿にハルはキョトンとした。
    「先生…いつもそんな格好なんですか?」
    「うん」
    しれっと言うまどかが羽織った上着は、正に映画に出てくる悪役ヒロインの女性の様だった。細身の、足先まで見えなくなりそうなほどの丈の真っ黒なロングコート。
    「先生…」
    「なに?」
    「とっても格好良いけど、とっても目立ちますし、暑くないですか…?」
    「全然。これ、いいでしょ?」
    まどかは得意気にへへっと、笑った。
    「先生って、なんだか存在が素敵な人ですよね」
    ハルが笑顔でまどかを見つめて言うと、まどかは照れたのを誤魔化すかのように、ハルの頭をクシャクシャと撫でた。二人の明るげな笑い声が、静かな音楽室に響いた。

    しばらくして二人は門を出た。

    「本当に良いんですか?」
    「当たり前でしょ。危ないし、心配だし…それ以前に教師の務めだよ」
    「んー…はい、じゃあお言葉に甘えさせて頂きます」
    ハルとまどか、二人は同じ歩幅で歩き始めた。
    「ハルは、いつから歌う事が好きだった?」
    「うん〜…お母さんが言うには幼稚園の時からだったそうです。」
    「へぇー」
    「うちの幼稚園て少し…というよりズバ抜けて変わった幼稚園だったんですよ。」
    「どんな風に?」
    「私の通っていた幼稚園はキリスト教だったので、先生はみんなシスター様方でした。その長のシスタークレア様はゴスペルがとっても大好きなお方で、そのクレア様ご自身も加入している海外のゴスペル集団を、わざわざ日本の幼稚園に招き、園児達に歌を披露して下さったんです。」
    「それはすごいね。」
    「はい。私はそのクレア様とゴスペルの団体に魅了されました。圧倒させられ、私は釘付けになりました。あの深くパワフルで感情豊かな歌声と、彼女彼らから感じる生命の強い強いエネルギーは、まだ園児だった私の中にある何かを、目覚めさせたんです。」
    「絶対に忘れられないね。ハルの身体が覚えてると思う。」
    「はい、私の音楽への愛の始まりとなりました。」
    「ハルは本当に素敵な経験をしたね。あ、ここ?家。」
    「あ、ここです。」
    話しをしている内にどうやら着いたようだった。
    「まどか先生、今日は園児の時の気持ちがより一層強くなりました。幸せなお時間を頂いて、ありがとうございました。」
    「あはは、丁寧だなぁ。あたしにはタメ口でも、名前だけで呼んでもらっても良いよ。」
    「それは…時間をかけて頑張ってみます。」
    「ははっ!じゃぁ、今日は本当に悪かったね。」
    「全然大丈夫ですよ。お気を付けて帰って下さいね。」
    「ありがと。あ、忘れ物」

    まどかはそう言って、ハルに近寄り両腕を抑えた。突然の状況に、ハルの息がぐっと止まる。お互いの鼻と鼻がぶつかりそうなくらいの近い距離。まどかは自分の唇を、ハルの耳元へ持っていくと、囁くように小さな声で耳打ちをした。まどかはハルの耳元から唇を離して、ハルの顔を一層近くで見ると、満足そうな顔をして掴んでいた両腕を離し、サっとこちらに背中を見せて、帰路を歩いた。

    「じゃ!」
    背中越しに手をヒラヒラさせて、バイバイをするまどかの後ろ姿を、ぼーっと見つめるハル。
    今日で一番真っ赤な顔をした。



引用返信/返信

▽[全レス2件(ResNo.1-2 表示)]
■21751 / ResNo.1)  Re[1]: 首元に三日月
□投稿者/ なな 一般♪(2回)-(2013/06/16(Sun) 01:32:59)
    #2 ハル、入学式早々

    「ハルー!」
    オレンジ色の屋根をした一軒家の一階から、母がハルを煽る様に呼ぶ。
    「ちょっと待ってー」
    母にそう言うと、ハルは初めて身に纏う制服にうっとりとした。
    ―先生…今、行きます。
    この春、ハルは念願のまどかの居る歌仙高校に入学する事となった。そして今日こそが、大きな第一歩を踏む事となる入学式の当日だった。ハルは鏡に映る自分を見つめて、深く深呼吸した。今日までの道のりは決して平坦なものではなかった。歌仙高校は県の誇る大きな学校で、偏差値は県内トップ、多種の競技やコンクールでは数多くの成績を残している為、当然夢へ向かう第一歩として、他県から歌仙高校を選ぶ受験生も数多く居た。
    ハルはあの日以来、毎日毎日寝る時間を惜しんで猛勉強に明け暮れた。母校の合唱部では自分の力も蓄えた。そしてついに、その努力が形となり、幕を開ける事になる。ハルはなんとも言えない高揚感に、頬笑んだ。
    「もー早くしなさーーい!!」
    母の苛立ちは絶頂に達したようだった。ハルは慌てて部屋を後にした。

    学校に着くと、あの頃毎日見ていた校舎が改めて目の前に大きくそびえ立っていた。門は華々しく飾られ、続々と親族を連れた新入生たちが門をくぐる。
    「ふぅっ…」
    ―今日、先生に会えるかな。一体どんな顔をするだろう…。
    そう思いながら門を見つめた。

    ―来年の春、音楽室で。

    あの日の帰り、耳元で囁かれた言葉を思い出してハルはまた顔を赤くした。母に促され、ハルは足を踏み出し門をくぐる。式が始まる体育館までの距離は近くはなかった。驚く事に、この学校には体育館が第一、第二、第三と三つある。式が始まる第一体育館の中に入り、辺りを見渡すと、そこにいる大勢の人たちが米粒のように小さく見えるほど大きな体育館だった。その様子に、母も驚いた様子で、口をあんぐりと開けたまま視線をあちらこちらへと飛ばした。
    案内人に指導され母と別れたハルは新入生の席へ、母はその後方に並べられた保護者の席へ座った。
    ハルはすぐさま辺りを見渡し、まどかを探したがその姿はなかった。暫らくすると館内に始業式開幕のアナウンスが流れた。それまでがやがやと騒がしかった新入生達も静かになり、会場は無音の状態になる。会場にいる新入生たちの顔に少しの緊張が走った。そして式が始まり全員が起立した時だった。
    「ハルっ」
    真後ろから小さくハルを呼ぶ声がした。振り返るとそこには母校のクラスメイトだった天野ゆいの姿があった。
    「…ゆいちゃん?」
    教壇をチラチラ見ながら、ハルは小さく歓喜の声と驚きの声を挙げた。
    「やっぱりハルだ!同じ高校だったんだ!」
    ゆいは嬉しそうに言った。
    「なんでここに居るの?違う高校合格したでしょ?」
    「ねぇここ、感動の再会だよ?!言う事全然違うでしょ!もう…。まぁ、やっぱり自分の道を追いかけたかったしね。けどここって倍率半端なく高いんだもん、本当にすごく苦労した。」
    「…にしても驚くでしょ。でも、ゆいちゃんと一緒だって分かったら少し不安だった気分も晴れた。」
    そんな他愛のない話をしていると、歌仙高校の学園長が教壇に立ち、マイク越しに話を始めたので、ハルもゆいもここぞと静かに話を聞いた。しばらくして、ハルはまた辺りをキョロキョロとした。ゆいはその様子を見てハルに注意をしかけた時だった。体育館の左端に教員の席があり、その端の席にまどかは居た。
    −あ、いた。
    「あの先生…」
    ゆいがハルの目線の先を見て、話かけようとしたが、ハルはまどかの方に夢中で聞いていない様子だったので、話を後回しにした。
    静かな体育館の中で、ハルの心臓は大音量で弾み始めた。前もにも見たあの黒のコートに相変わらずの風格と威圧感。まどかは一際目立ってはいたが、ハルにはもっと特別輝いて見えた。それからしばらく経つと、ハルに気付いたまどかと目が合った。ハルは息を飲む思いだった。が、まどかはハルに顎で教壇を指し、話を聞け!と叱った様だったので、ハルはキリっとなって教壇を見た。学園長の話が終わると、今度は女生徒が教壇に立った。
    「皆様、ようこそ歌仙高校へ。」
    腰まである長い黒髪で、凛とした佇まいをした歌仙高校の生徒会長。その美しい容姿とは真逆のはっきりとした口調と、少しハスキーな声に入学生たちは皆釘づけだった。
    ―なんか、まどか先生に似てるなぁ。
    生徒会長のその立ち振る舞いや仕草がまどかととても重なったので、ハルはなんだか可笑しくなって苦笑してしまった。
    話をしばらく聞いていると、横から手元へと小さめの書類が配られた。
    「この高校では自分の進む道、又、その視界を広げる為の選択科目など何十種類もあります。皆様の手元に配られた書類には、その種別などが細かく書かれていますので、よく読んだ上で一人ひとり目的の欄にチェックをしてください。チェックは何個でも構いませんが、全てに審査があります。チェックし終わり次第、この式場内に後に用意されるポストへと投降するように。」
    生徒会長は話を終えると、まどかの方をチラっと見た。ハルはその様子を見ていたが、何やらまどかに合図を出したように見えた。それからすぐに、まどかは席から立ち上がり、教壇横の幕の奥へと姿を消した。
    「さて、今から皆様を祝福致します。」
    生徒会長が真横を見て誰かに合図を送ると、式場が少し薄暗くなった。幕が閉じ、これから一体何が起こるのかと入学生たちも保護者たちも騒がしくなった。しばらくして幕が開けたが、暗くて何も見えない。
    「ショータイムの始まりです。それでは、お楽しみください。」
    生徒会長が指を鳴らすと、オレンジ色の光が教壇へと集中して照らされた。そしてそこには数々の楽器を抱える歌仙高校の吹奏楽部の生徒達が約40名、その後ろには合唱部の生徒達が約30名、そしてその中央には後姿のまどかが立っていた。教壇がほんの数分で大きな舞台となったのだ。まどかは振り返り式場を見た。そして自分をじっと見つめるハルを見つめ返して、微笑んだ。
    ハルの心臓がドキン、と跳ねる。
    静寂に満ちた式場の中、まどかが一礼をしこちらに背を向け、指揮棒を使わずに手振りで指揮をする。その瞬間、ハルの息が止まった。吹奏楽部の創大な音色が式場を包んだ、というよりも突き抜けたようだった。その音色には温かみもあった。しばらくして合唱部の歌声が会場を突き抜ける。数多くの入学生達と保護者、更には教師や学園長までもが恍惚の表情を見せた。何よりも、指揮をし出したまどかのその光り輝く姿に、ハルは感動の涙を流した。
    ―すぐそこに、女神がいる。
    恥ずかしくも思える言葉だが、ハルは純粋にそう思った。その女神は荒々しくも優しさに溢れていた。それは園児だった自分がゴスペルと出会って味わったものよりも、ずっと鮮明にずっと明確にハッキリとした感動がハルの心を突き抜けた。




    「ハル」
    さっきまで舞台となっていた教壇をぼーっと見つめるハルに、ゆいは声を掛けた。
    「…あ、ゆいちゃん。」
    「演奏、すごかったね」
    「うん…」
    演奏も終わり、式が終わると生徒達は続々と会場を後にした。皆渡されたチェック用紙を手に持ている。中には会場に残ってチェック用紙と睨めっこをしている者もいた。
    「あの先生、すっごい人気高いよね」
    「え!そうなの?」
    突然思わぬ事を友人から言われ、ハルはぼーっとしていた目を覚ました。
    「初瀬まどか、28歳。日本の音楽教師として名が高く、彼女がいた学校は100%の確率で賞を貰ってる。ついでに告白率が高く、男女問わずかなりの人気を誇る、と。」
    ゆいはポケットから小さなノートを出して、めくりながら言うのでハルはきょとんとした。
    「…何それ」
    「私、新聞部に入って革命を起こす。いずれは名の通る著名人になるわ。」
    「相変わらず…」
    「ハルはもちろん合唱部だもんね」
    「そう。歌は私の総てだから。」
    「さすが…」
    ハル達は思わず声をあげて笑ってしまい、体育館に残り真剣に悩む新入生たちが、ハル達を刺すような目で見た。まどかは会場の隅から密かにハルの様子をクスクス笑って見ていたが、しばらくするとその場を後にした。
    「よし、ハル。行こう!」
    突然ゆいが立ち上がり、ハルの腕を掴んだ。
    「どこ行くの。」
    「校内見学〜」
    「今から?」
    「そうそう」
    そう言われて着いた先は、職員室だった。ハルはゆいと職員室の小窓を覗いた。
    「あれー、どこに居るんだろう」
    「誰か探してるの?」
    「まぁねぇ…」
    ゆいの不可思議な行動にハルはため息をついたが、ゆいのそんな所がハルは面白いと思っていた。ところがここは職員室。ハルはまどかが居ないのを確認すると一人ほっと肩をおろした。
    「そろそろ行かない?」
    「もうちょっとね〜」
    ハルが声を掛けても、ゆいは一向に職員室の小窓を覗くのを止めなかった。
    ―誰を探してるんだろ。
    内心疑問だらけだったが、ハルは気にも留めず、職員室の前の大きな窓から見える校庭を見つめた。舞台に立つまどかの姿が目に焼き付いている。耳の奥で演奏が鳴り止まない。まるで今もまだ目の前で演奏しているかのような気分になって、ハルは嬉しそうだった。数分ほど、ゆいが小窓から職員室を覗き、ハルが校庭をぼーっと見つめていると、突然後ろから声がした。
    「何やってんの。」
    −あ。
    ハルにはその声の主が誰なのか、すぐに分かった。また“ドキン”と心臓が跳ねた。
    「私天野って言います。初瀬先生ですよね!」
    ゆいが目を輝かせて言うと、ハルはゆいの袖を引っ張って止めさせようする。
    「ゆいちゃん、お母さん待ってるから」
    正直、心臓がはち切れそうな上に泣きそうだった。
    まどかはハルのその様子を見てまた笑いそうになったが、一息ついてゆいの肩に手をそっと置いた。
    「天野、情報なら3階の第二会議室に新聞部がいるから直接行くといいよ。あっちには初瀬が思う以上にスケールのでかい話が大量に用意されてるから。」
    ゆいはさっきよりも嬉しそうに目を輝かせると、ありがとうございます、と一礼しハルを置いて2階に伸びる階段へ颯爽と走り出した。
    「え?!どういう事?!」
    まどかはははっと笑うと、背中を向けてゆいの後姿を見るハルを呼んだ。
    「ハル」
    はっとして、ハルはそっとまどかの方へ向き直した。
    「あの約束…」
    ハルがそう言いかけた時、まどかの手がハルの頬を触れた。
    「音楽室で」
    まどかの手の体温と同時に、その言葉を聞いたハルは耳まで顔を真っ赤にした。
    まどかはハルの頬に触れた手を離すと、じゃあ、とあの日の帰りの時のように、背中越しに手をひらひらさせてバイバイをした。

引用返信/返信
■21776 / ResNo.2)  おもしろい!!
□投稿者/ 夢 一般♪(2回)-(2013/11/13(Wed) 16:02:14)
    とても面白いと
    思います。
    また続きを
    見させて下さい。
    心待ちにしてます。

    (携帯)
引用返信/返信

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■21656 / 親記事)  scene
□投稿者/ もの 一般♪(1回)-(2012/10/08(Mon) 18:04:06)
    「そういうことじゃなくてさ」

    灯子が澄まし顔で言う。
    澄まし顔…と表現していいものか、いつもの、涼しげな顔で。
    指先が、グラスに触れて持ち上げた。細くも女性的でもない、ただ、お母さんみたいな、生活に使っていることがよく分かる指で。

    「私が益田に好きって言ったとするじゃん。そしたらさ、………。
    別に今更、友達って関係を壊すのが怖いとか、
    疎遠になるのが怖いとかね。そんなことは言わないんだけどさ」

    口元にだけ仄かに笑みが浮かぶ。大きめの、意思の強そうな黒目が此方を見て。あー…その笑い方、不敵って感じ。
    その後に瞼を伏せたりなんかするから、ちょっと色っぽい、なんて思ってしまった。

    「益田と私は、付き合い長いじゃん?
    えーと…何年だろ、高校からだから…、…12年?
    その間さ、あいつ、何度も失恋して私に泣きついてるし、私達そういう。
    ……こう、さばさば?したみたいな、関係だったからね。
    何かあると頼り合うけど、何もなければ特につるまない、っていう」

    「うん、知ってる」

    「そしたらさ、私が…まあ、好きとか言い出したらって話しね。
    益田ってさあ、あいつ、悩みそうじゃない?
    あの時はどうだったんだろう、あの時は…って延々と。
    自分を好きな灯子に、あんな話した、泣きついた、慰めてもらってたって」

    益田沙織の名前を出す灯子の顔が妙に優しい。穏やかっていうんだろうか。
    そんなに好きなのに、どうして気持ちを伝えないの?
    素朴な疑問をぶつけたあたしに返ってきているのがこの答え。

    「そうやってね、私達の思い出…ってもう、言っていいよね!?
    28だもん」

    からからと笑う明るい声が、強がっているわけじゃなく、本心だとあたしに伝えてくる。

    「私達の時間、汚したくないなって。自分の気持ちで」

    長めの黒髪が頬に影を作る。
    二人で薄暗い、バーと言って差し支えないお洒落な場所の椅子に座って。
    そうだ、あたし達、もう28歳だ。
    こんな場所に腰掛けて、割り切った恋の話しなんかをするようになった。

    存在感を感じさせない優しい曲が流れている。
    あたしの目の前にはピンクのカクテル、灯子の前には透明のカクテル。
    お互いにグラスに口をつけて、沈黙が流れた。

    「ねーねー」

    「ん?何?」

    「あたしはさあ、灯子に恋愛感情とかまじでないけど」

    「知ってるから!」

    吹き出さないで欲しいんだけど!

    「でも、応援してるよ。
    灯子が益田と12年ってことは、あたしと灯子も12年でしょ?
    二人のことずっと見てきたからさ。
    気持ちが通じるとか、そういうのを幸せの形と考えずにね。
    上手くいくといいなあって」

    「それを言うなら、今、上手くいってるんじゃない?」

    あたしは黙り込む。
    ……ああ、うん、そうだ。
    今、上手くいっている。
    灯子の長い片思いと、益田の思いやりが、全部を上手く運んで来たんだ。

    「……本当だ」

    あたし達は、小さく笑った。
引用返信/返信

▽[全レス2件(ResNo.1-2 表示)]
■21657 / ResNo.1)  scene-before3years.0122
□投稿者/ もの 一般♪(2回)-(2012/10/08(Mon) 18:24:48)
    「ふーらーれーたー…」

    益田がそう電話してきたのが、今から大体13時間も前。
    もう2年も3年も前からくっついたり別れたりしてきた彼女と、ついに今日、本当に破局したらしい。
    にも関わらず益田がどうしようもない程荒れたりしていないのは、もう随分前から今日のことを予感していたからだろう。

    益田の彼女は私に言わせれば、端的に言えば、あざといこだった。
    益田がそういうところを好きなことも分かっていて、愚痴に付き合いながらいらいらした日もあったんだから、私なんていう人間も相当マゾい。

    なんだかんだと沈んだ顔はしている彼女を飲みに誘ったけれど、人のいるところでは口数が少なくて。
    ただ料理ばかり見ているから、程よく酒が入ったところで自宅に誘った。
    それが夜中過ぎ。
    飲んだり、寝たり、DVD見たり、そんな風にしながらぽつぽつと零れる益田の言葉を全部聞いて、拾った。
    どれだけ好きだったかよく知っているから、どれだけ同じことが繰り返されても面倒だとは思わなかった。

    一頻り飲んだり食べたりすれば、いくら在庫豊富な私の冷蔵庫の中身もそろそろ心もとなくなってくる朝。
    勿論、心もとないのは酒類部門だけれど。
    お互い仕事のない日曜日。二人でなんとなく、言葉にすることもなく、コンビニへ向かう朝。

    益田は来た時の格好そのまま、ジーンズに深い緑のファー付きジャケット。
    私はもういい加減着古して捨てた方がいいだろうという感じの、擦り切れかけたジャージプラス白色パーカー。
    指先があんまりにも寒いからポケットに突っ込んで擦り合わせていたら、隣にいる益田も同じことをしていたから、なんだかおかしくなった。

    二人とも無言。
    喋ることもないし?
    唇から零れる息が白い。
    あー…そうだ、煙草買おう。そろそろ切れるんだった。

    「なんか、さ」

    「ん?」

    益田の声が弱い。
    横を見たらちょっと笑ったりなんかしている。
    あーもう、嫌だな。そんな遠く、見ないでよ。戻って来い。

    「人のでもいいから、…傍、……居て欲しかった」

    「……………」

    背の高い益田を睨みつけると、自然と視線が上を向く。

    「そういうこと言う?」

    「…だって、ほんとだし…」

    こいつ、本当に、だめなやつ。
    そんなことちっとも思ってないくせに。
    本当は、誰のものでもなく自分のものでいて欲しかったくせに。
    自分で分かってて言っているから、そんな風に遠く見て笑うことになるんだって、知ってるんなら、さあ。
    言うな。

    でも、私は黙っていた。

    本人が分かっているだろうことを、もう一度他人が言うなんて馬鹿げている。
    だから代わりに空を見た。

    「煙草買わなくちゃなあ。切れそう」

    「灯子、禁煙しなよ……」

    余計なお世話だっつーの。

引用返信/返信
■21658 / ResNo.2)  scene-before3years.0122
□投稿者/ もの 一般♪(3回)-(2012/10/08(Mon) 18:49:13)
    益田と私は高校の同級生だった。
    今時?って思われるかも知れないけど、私はどっちかっていうとヤンキーみたいなすれたグループにいて、美術部の益田は穏やかな人たちばかりが集まる、地味なグループの成員だった。
    だから当然の如く関わりなんて何もなくて。
    でも、私は割りと始めの方から益田が気になっていたんだから、今思えば長い片思い。

    高校入学当時から益田は背が高くて、156cmあるかないかの私は羨ましい人だなあなんて思っていた。
    それが、入学式で益田を見た第一印象。
    正面から見たら、綺麗な子だなと思った。
    綺麗っていうか…造りが繊細?
    私は鋭い猫目で造作もきついし、どうやら表情も冷たいみたいで、よく怖い、って言われていた。
    チビだけど怖いってどういうことよ、と思いながら、可愛いなんて言われるよりは嬉しかったから、あーそって。
    そんな自分を受け入れていたけど。
    でも、益田を見たら、この人私の理想だって思ってしまったんだよね。
    全体的に色素が薄くて、優しい顔立ちをしていて。
    睫が長くて、顔の濃くない外国人みたいな。

    「……何?」

    コンビニに入ると中が暖か過ぎて脱力。
    そのままぼんやり益田の顔なんか鑑賞してしまっていたらしい。
    不思議そうに聞かれたから眉をしかめたら、益田が笑った。

    「また、そんな顔してる」

    「不機嫌そうな?」

    「うん」

    「………慣れてんでしょ」

    「うん」

    口数の少ない益田は、私といても大体聞いていることが多い。
    高校の頃からグループの中では聞き役をやっていた。
    大勢に囲まれて大勢の話を聴いているけれど、自分からはあんまり喋っている様子のない益田が、気になっていた。
    十代の女の子って構って欲しがりじゃない?自分の話、沢山しない?
    でもあの人は穏やかに笑いながら聞いているだけだなあと思ったら、なんだか気になって。

    「灯子ー」

    「何?」

    「もうこれくらいでいいんじゃない?」

    益田の声を合図に会計をして、行きと同じ道を帰る。
    私達は行きよりも更に無口で。

    なんでだろう、コンビニなんて人の多い空間に出向いたからだろうか。
    それとも途中で、益田が手に取っていた炭酸飲料のせいだろうか。
    益田が、彼女が好きだからなんて、いかにも幸せボケしたへらへら笑いでそれを買い込んでいるのを、幾度か見たことがある。

    隣を行く足は長くて、歩幅も大きいから、自然私は早足になる。
    益田はさあ、絶対、気付いてないけど。

    コンクリートの上、彼女の歩幅に合わせて歩くことに専念していたら、益田がぽつりと言った。

    「………一人だなあ」

    「………………」

    自分が思わず半眼になったのが分かる。
    あーあーあー。
    それは他のどの台詞より言っちゃいけない台詞でしょうが。
    隣に誰がいるか、見えてないの!?あんたの親友、灯子様でしょうが。
    私の怒りのオーラが伝わったらしく、こっちを見た益田がへらへら笑う。
    幸せそうじゃない、なんだか諦めたみたいな顔で。

    「違うよ、そういう意味じゃないよ」

    「知ってるっつーの」

    地を這う自分の声。でも気遣ったりなんかしない。
    仕事の後の半日と、貴重な休日を潰して付き合っているのにその台詞はあんまりだ。
    思い切り睨みつけたら、嬉しそうに益田が微笑む。
    何こいつ、前から思ってたけどMなんじゃない?

    「……灯子、いつも変わんないね」

    「それ、10年後にもっかい言って。30越えたらきっと喜ぶから」

    「……救われてるなあ」

    そうでしょ?
    当たり前でしょ。

    この私があんたのために、どれだけ我慢して苦労して、今の私になったと思ってるんだろう。
    この私がそれだけやってるんだから、あんたはそうやって救われてくれてないと困る。
    コンビニで買った煙草に、もとからパーカーのポケットに入っていたプラスチックの安物ライターで火をつける。
    あー…煙草美味い。

    「帰ろ、寒い」

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