■13813 / ResNo.9) |
りょうて りょうあし 白い花 (7)
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□投稿者/ 平治 一般♪(10回)-(2006/03/04(Sat) 10:30:33)
| キスがこんなに気持ち良いことだなんて知らなかった。 私は今まで一人しか経験ないけど、そのひとがしたキスとは全然違っていた。 やわらかくてふわふわしているような、キス。
「紗祈は、泣きそうな顔するね」 「え?」 「キスした後、泣きそうな顔になってる。ほら、真っ赤」
そう言って西本さんは私の頬に触れた。
「泣かないですよ」 「泣かれたら困るよ」
西本さんはくすくす笑った。 私もつられて笑ってしまったけど、驚いて鼓動が早くなった。 −−−紗祈、って呼んでくれた。
テスト期間中の三日間、私達はずっとこの【秘密の部屋】でキスをしたり抱き締め合ったり、それから色んな話をした。 好きな本やテレビのこと、近所の美味しいケーキ屋さんのこと、もうすぐ公開の映画のこと、昨日の晩御飯が好物だったこと、段段寒さが厳しくなってきたこと。 でも名前を呼んでくれたのは初めてだった。 彼女自身は何も気にしていないかのようだけど。
「名前で呼んでくれたの初めてですよね」 「うん、呼んでみました。・・・もしかして嫌?」 「いやっそんなことはっ、何でも好きなように呼んでください」 「好きなように、じゃなくて。どう呼んでほしい?」 「・・・じゃあ、紗祈と」 「うん。わかった」
言わされたような感じだけど、西本さんは満足そうに微笑んだ。 彼女はそういう風に、自然に、私を支配する。
−−−−キーン・・・コーン・・・
「あ、もう終わっちゃったね」 「本当。あっという間でしたね」 「早く出よっか」
これまでの時限のテストで、今期のテストは終わりだ。 この後のHRが終わったら、全生徒ががやがやと外にあふれ出る。 それまでに私達は職員室に鍵を返しに行って帰宅する。 【秘密の部屋】に鍵をかけて。明日からはまた保健室登校だ。
まだ誰もいない校庭の隅を、廊下を、階段を、並んで歩く。 「紗祈は手袋もマフラーもしないの?」 「はい。ちくちくするの好きじゃなくって」 「でも寒いでしょう」 「はい」 「今日時間あったらデパート寄ろうよ」 「え、今日ですか?」 「予定ある? まっすぐ帰らないと怒られるかな」 「そんなこと、ないです」 「じゃ、いいよね。あたしも欲しいから一緒に見よう。ちくちくしないやつ」 「はい」 「じゃ、鍵返してくるね」 そう言って西本さんだけ職員室へ入ってしまったので、私はその扉のまえで、廊下の壁に背中を預けた。
「あれ? 藤野さん?」 嫌な声が聞こえた気がした。 顔を上げると、目の前にショートカットの女の子がいた。 もうずっと会うこともなかった私のクラスの委員長だった。 「あ・・・」 「藤野さん、久しぶりね。元気そうね」 「ええ、まぁ」 「心配だったのよ。あれ以来教室へ来ないし、学校もそのうち来なくなってしまうんじゃないかしらって・・・あることないことみんな言っているし」 「みんな、なんて?」 「田中先生の子供でもデキたんじゃないかって」 わざとらしく心配そうにくす、と笑った。 私は自分の背筋が強張って、動けなくなるのを感じた。 こわい。 こわい。 どうしよう。 「ねえ、教室へいらっしゃいよ。みんなを安心させてあげて。『出来てません』って。あ、『もう堕胎しました』かしら?」
−−−−カラカラ。 職員室の扉が開いた。 西本さんが出てきた。 私が誰かといるのを見て、不思議そうに立ち尽くした。
「おともだち?」 「初めまして。同じクラスの五島です」 「あ、どうも」 「先輩は藤野さんと仲良くしてくださってるんですか? 良かったわ、新しいところでお友達が出来たみたいで。それじゃ教室に無理して戻ることないわね」 私は何も言えなくて俯いていた。 「藤野さん? そんな態度じゃ先輩に失礼よ」 「いいのよ。放って置いてあげて」 西本さんが庇うように委員長と私の間に立ってくれた。 「優しいんですね。もしかして、先輩はあのこと知らないんじゃないですか。こんな人、わざわざ庇う必要ないですよ」 「なんなの」 「このひとね、」 「やめて」 「どうして? 本当のことでしょう? 先生誘惑して、不倫してたなんて、まともな生徒には考えられないことだけど。あなたのような人にしたら、なんてことないんでしょう?」 「ちょっと、やめてったら」 「先生とのことくらいなんてことないでしょう? みんな言ってるよ、他にも援助交際したりしてるって」 「なにそれ・・・」 鼓動が早くなるのを感じる。 委員長は面白がって、次々言葉をつむぐ。 私は何も言えなくなる。 「何か言いたいなら言い返せばいいわ」 何も、言えなくなる。
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